第三十七話 巨大ギルド『暁の刃』
翌朝。
教室の窓際、いつもの席に座る俺は、ノートにペンを走らせながら授業を聞いている――ふりをしていた。
ノートに書かれているのは、授業の内容ではない。数字と計算式、そして過去視スキルの「指数関数表」だった。
(30年前に戻るには……)
俺は小声でぶつぶつと呟きながら計算を続ける。
(1秒を60回で1分、60分で1時間……1日なら……いや、もっとだ)
ノートにびっしりと書かれた数字を見つめる。過去視でどれだけ遡ることができるのか、その可能性を計算し続けるのは、もはや日課になっていた。
ふと、教室の隅に視線を向けると、城戸の姿が見えた。彼はあれ以来、俺に何も言ってこない。それどころか、あの日以降、彼からの嫌がらせは完全に消えていた。
(平和が戻った……のか?)
いじめられることもなくなり、教室の中で過ごす時間は明らかに楽になった。それでも、胸の中にある不安や焦燥感が完全に消えたわけではない。
放課後、俺はジャンク商会へ向かった。古びた看板と油の匂いが漂う店内に入ると、店員がいつものように顔を上げた。
「おう、坊主か。最近よく来るな」
「また情報が欲しいんです」
「ああ? どんな情報だ?」
俺はカウンターに手をつき、店員の目を見ながら言った。
「廃墟の迷宮で行方不明になった冒険者のことです。何か知りませんか?」
「廃墟の迷宮か……」
店員は腕を組みながら少し考え込んだ後、頷いた。
「エドガーって名前のやり手の冒険者だよ。あのダンジョンで行方不明になったって話だが、あいつの強さを考えると信じられねえんだよな」
「信じられない、ですか?」
「ああ。D級ダンジョンなんてエドガーにとっちゃ遊びみてえなもんだろ。それなのに……」
店員の表情が曇る。エドガーの名前に込められた信頼感が、その言葉から伝わってきた。
「エドガーの所属していたギルド名って、分かりますか?」
俺が尋ねると、店員は少し驚いたように眉を上げた。
「お前、エドガーのことをそんなに知りたいのか? まあ、いいぜ」
彼は少し考えた後、答えた。
「あいつが所属してたのは『暁の刃』だよ」
「暁の刃……」
その名前を聞いた瞬間、胸の中がざわめいた。『暁の刃』――日本屈指の巨大ギルドであり、誰もが憧れる最前線での冒険を主とするストレンジャーたちの集まり。
(あのギルドに……エドガーが)
俺の中に驚きとともに、新たな感情が芽生えた。
「お前、もしかして『暁の刃』に入りたいのか?」
店員がニヤリと笑いながら尋ねてきた。
「いや……」
曖昧に答えると、彼はカウンターの下から一枚のチラシを取り出した。
「ちょうど入団試験やってるぜ。これを持って行ってみたらどうだ?」
手渡されたチラシには、『暁の刃』入団試験の詳細が記されていた。場所、日程、試験内容――全てが明確に書かれている。
「ありがとう。でも、俺なんかじゃ……」
「ははは! とりあえず行ってみりゃいいだろ。で、どうだ坊主、最近入ったジャンク品でも見ていかねえか?」
「……分かりました」
俺は愛想笑いを浮かべながら、店員の提案に頷いた。
店員からジャンク品を見せてもらいながら、頭の中には別の考えが巡っていた。
(もし……『暁の刃』に入れたら)
エドガーを殺したストレンジャーたち――その装備、顔、ギルドのマーク。その全てが頭に焼き付いている。彼らの正体を探る手がかりが、『暁の刃』の中にあるかもしれない。
ギルドのチラシを握りしめながら、俺は静かに息を整えた。




