第三十六話 ゴミスキルの自分にできること
俺は目の前の骸骨――エドガーだった男を見つめた。その記憶を感じ取り、胸の中に込み上げるものを覚える。
(この人は、未知の力を守るために命を賭けた……それなのに)
彼の人生の最期は、仲間による裏切りで幕を閉じた。その無念が胸に刺さる。彼が遺した使命――未知の力をギルドに届けるという願いを果たすのは、今この瞬間、俺しかいない。
「よし……背負っていこう」
俺は骸骨をそっと持ち上げ、マントで丁寧に包み込んだ。そして、崩れた天井の穴を通り抜け、廃墟の迷宮を進んでギルドまで戻る決意を固めた。
(財宝やレアアイテム以上に、大切なものを見つけた気がする)
ギルドの扉を押し開けると、そこにはいつものような喧騒が広がっていた。広いロビーには多くのストレンジャーが集まり、それぞれに情報交換や談笑をしている。
「おい、新しいダンジョンが見つかったって話、聞いたか?」
「Sランクの討伐クエストだとよ! 報酬がとんでもない額らしい」
耳をすませると、聞こえてくるのは新しいクエストやダンジョン情報の話題ばかりだ。その中には、カフェスペースでコーヒーを片手に談笑するストレンジャーたちの姿も見える。
「この前のA級ダンジョン、結局どこもクリアできなかったんだろ?」
「そうらしいな。でも、コアの位置が分かったって情報が出回ってる」
そんな話を横目に、俺はエドガーの遺骸を抱えたままギルドの奥へと進んだ。ロビーの活気とは対照的に、胸の中には静かな決意が広がっていた。
応接室のような場所に案内された俺は、ギルド職員と向き合い、エドガーの遺骸を渡した。
「本当にありがとうございます。あれは、Aランクのストレンジャーだったエドガーさんです」
「エドガー……やはり」
彼の名前を聞いて、胸の中に込み上げるものがあった。彼の記憶を感じた俺には、今更驚きはない。それでも、彼の存在が再確認されることで、妙な実感が湧いてきた。
「エドガーさんの所属していたギルドから、ダンジョンで行方不明になったと捜索願いが出されていました」
職員はそう付け加える。
「……そうですか」
俺は短く答えた。行方不明ではない――殺されたのだ。彼を嵌めて殺したのは、彼のギルドメンバーたち。そして、おそらくあの隠された空間にあった宝石は、その罪を隠蔽するための鍵だった。
(ギルドの名誉や利益のために……)
そんな考えが頭をよぎり、無意識に拳を握りしめた。
一通りの手続きを終え、部屋を出ようとした時、俺はふと思い出した。
「あ、そうだ」
振り返り、職員に向けて言った。
「エドガーさんがいたあのD級ダンジョンに、『ブラッククロウズ』ってギルドのメンバーが倒れていると思います。ダメージを受けてる状態なので、助けてあげてください」
「えっ……ブラッククロウズ、ですか?」
職員の顔に驚きが浮かぶが、すぐに丁寧に頭を下げてきた。
「分かりました。救助隊を派遣します。情報をありがとうございます」
「いえ」
俺は短く答え、再び出口へ向かう。
(俺はあいつらを見逃している。けれど……)
最後に受付に立ち寄り、自分のランクアップを反映したIDを更新した。
【冒険者認定証】
名前:天城蓮
スキル:《過去視》
ランク:D
新たに渡された認定証を手に取る。つい先日までFランクだった俺が、今ではDランクにまで到達している。この認定証は、俺が少しずつ前に進んでいる証だ。
(けど、まだ道のりは遠い)
ギルドを後にしながら、俺は脳裏に焼き付いた映像を振り返っていた。
エドガーを嵌めて殺したストレンジャーたち――彼らの装備、顔、そしてギルドのマーク。その全てが、俺の心に深く刻まれている。
(あの出来事をギルドに訴えたところで、証拠もないし、きっと信じてもくれないだろう)
俺は息を整え、静かに目を閉じた。
(自分に何かできることがあるとすれば……)




