第二百二十四話 バルドの幹部室
※ ※ ※
「——しょ、勝負あり!」
鋭い審判の声が闘技場に響き渡る。
バルド・カイゼルはその巨体を揺らしながら、荒い息を吐きつつ地面に膝をついている。
血と汗が混じった独特の鉄の匂いが鼻を突き、先ほどまでの激戦を思い出させた。
周囲にいたノクターン・グリムのストレンジャーたちが慌てて駆け寄り、バルドの肩を貸して立ち上がらせる。
闘技場の熱気はまだ残っていたが、観客たちの視線はすでにバルドと俺へ集中している。
「お前は……強い」
バルドは苦しげな表情を浮かべつつも、口元にはどこか誇らしげな笑みがあった。
瞳の奥にある闘志の炎はまだ消えていないようにも見える。
「認めよう」
剣を収めたまま、俺は言葉を待つ。鼓動がまだ速く、さっきまでの闘いの余韻が体中を駆け巡っていた。
「だったら……」
問いかける俺に対して、バルドは力強く頷いた。
「ああ。ノクターン・グリムはお前を歓迎するぜ。俺、幹部のバルド・カイゼルの名にかけてな」
彼の宣言と同時に、周囲のストレンジャーたちがどよめき始める。
「マジかよ……」
「バルド隊長がここまで認めるなんて……」
まるで大事件でも起こったかのようなざわめきだ。
バルドの評判がどれほど高いのかを、嫌でも実感させられる。
「ありがとう、助かります」
俺は深く頷く。
玲司に関する情報を得るためにも、まずはこの組織に入り込み、彼らとの交渉ルートを確立しなければならない。
「ついてこい。詳しく話を聞こう」
バルドがゆっくりと歩き出す。彼の背中は先ほどまでの威圧感こそ若干和らいでいるものの、まだ圧倒的な存在感を漂わせていた。
※ ※ ※
この街にはギルドのビルが数多く建っているが、その中でもノクターン・グリムの建物はとりわけ高級感と近未来的な洗練さを感じさせる。
闘技場を出ると、エレベーターへと向かう。
エントランスのあちこちから聞こえる会話や作戦の打ち合わせらしき声が、組織の大きさと緊張感を物語っていた。
俺は少し緊張しながらも、バルドの後を追いかける。
次の瞬間、開いたエレベーターに乗り込むと、彼は迷わず「B5F」のボタンを押した。
ビルの地下まで作り込まれた施設があるとは、相当に大規模なギルドであることがうかがえる。
エレベーターが到着し、扉が開いた瞬間、目の前に広がる光景に言葉を失った。
「……!!」
そこは広大な訓練施設だった。
金属製の壁と床は厳重な防護措置が施されているようで、ところどころに魔法陣や衝撃吸収の結界らしきものが見える。
訓練器具も大小さまざまだが、そのどれもが最新鋭のものらしく、殺傷力を伴う戦闘訓練にも耐えうる造りだと一目でわかった。
数多くのストレンジャーたちが格闘訓練や武器の試し斬り、そして魔法の実践テストに取り組んでいる。
吹き出す炎の熱気、鋼が交わる高音、そして汗や土の匂いが混ざり合い、熱気をさらに増幅させていた。
「……モンスターと戦ってる!?」
驚きを隠せずに呟く俺の視界には、訓練場の一角でモンスターと対峙するストレンジャーの姿が映っていた。
牙をむく巨大オオカミ型モンスターや、翼を持つリザードの群れなどが檻から解き放たれており、それを相手に白熱した戦闘が繰り広げられている。
「ここには“ビーストテイマー”がいる」
バルドが言葉を続ける。
「そいつらがモンスターを飼いならしててな。いまはまだA級までしか扱えねえが、いずれはS級モンスターも視野に入れている。もちろん乱暴に扱うんじゃなく、きちんとケアしているぜ」
彼の目には誇りが宿っているのがわかった。
アカツキ・ブレイドの一件で、モンスターを実験材料にしていた輩がいたことを思い出す。
ここでは、対照的に“共存”とは言わないまでも、一定のルールや管理下でモンスターを使役しているらしい。
「それだけの高ランクモンスターを訓練相手にしてるってことは、当然ストレンジャー側の実力も並じゃないってことか」
思わず呟くと、バルドは薄く笑った。
「当たり前だ。ノクターン・グリムが“トップクラス”と呼ばれる理由が、少しは分かっただろ?」
周囲では、拳を交わす衝撃音や魔法の光が絶えず飛び交っている。
その中には回復魔法を専門とするヒーラーたちもいて、モンスターやストレンジャーの負傷をすぐにケアしていた。まさに実戦さながらの総合訓練場だ。
「……さあ、着いたぞ」
そう言ってバルドが向かったのは、訓練場の奥にある重厚な扉だった。
扉を開けると、中には豪奢なオフィスが広がっていた。
壁際には大きな本棚が整然と並び、高価そうな魔導書や資料がぎっしり詰まっている。
デスクの上には複数のモニターがあり、ギルドの戦闘データやモンスター管理情報などがリアルタイムで表示されているようだ。
バルドはゆっくりと奥の椅子に腰掛け、こちらに手招きする。
「なんでも聞いてくれ」
差し出された席に腰を下ろしながら、俺は深く息を整えた。
さっきまでの闘技場での激戦がまだ身体に残っているせいか、微かな震えが足元に残っているようだ。
「玲司のことを聞かせてください」
その言葉を口にした途端、バルドの表情がピクリと動いた。
まるで考え込み、あるいは何かを思い出すように、重みを帯びた沈黙が室内を満たす。
「……やつは——」




