第二百二十三話 闘技場での決着
観客席のストレンジャーたちも声を失っている。まるで目の前で起きている光景を信じられないといった表情だ。
握りしめた闇の刃が脈動し、俺の鼓動が高鳴る。
バルド・カイゼルの瞳には、凶暴な闘争心が宿り続けているのがわかった。
俺の右腕に宿った闇の剣が、まるで意思を持つかのように脈動していた。
漆黒のオーラが揺らめき、ドクンドクンと血液のようにその刀身を巡っているのを感じる。
闘技場には灼熱の空気が立ちこめ、観客席のストレンジャーたちは興奮と戦慄を混ぜ合わせた視線を俺たちに注いでいた。
バルド・カイゼルが僅かに後退する。
「くっ……!!」
今まで余裕を漂わせていた男が、この闇の力を前にして初めて動揺を見せている。
俺は闇の剣を構え直し、深く息を吸って地を蹴った。
瞬時に踏み込んで繰り出す連撃は、以前よりも遥かにキレが増しているのが自分でもわかる。
ガキィン!!
金属同士が激しくぶつかる音が轟き、火花が舞う。
「くっ……!」
バルドが巨大な剣を振り回して必死に防御するが、その腕には明らかに力が籠もりきっていない。
(……追い詰めている!)
心臓が高鳴る。俺はさらに踏み込み、一撃、二撃、三撃と執拗に攻め立てる。
「そ、そんな……!!」
バルドは苛立ちを隠せず、咆哮を上げると同時に魔法を連発した。
【S級魔法:獄炎魔陣】
効果:周囲に炎の陣を展開し、敵の行動を封じる。
【S級スキル:雷刃衝撃】
効果:雷の剣撃を放ち、広範囲を焼き尽くす。
灼熱の炎がドーム状の闘技場全体を覆い尽くし、雷の閃光が空間を切り裂く。
観客席からはどよめきや悲鳴が入り混じった声が上がり、熱と光で視界さえ霞むほどの激烈な攻撃となる。
しかし——
「無駄だ」
俺は手をかざし、闇の力をさらに高める。
背筋を駆け巡る漆黒のエネルギーを解き放つように、胸の奥で脈打つ“何か”に意識を合わせる。
【S+級スキル:闇波動展開(Shadow Wave Expansion)】
効果:闇の波動を広範囲に放ち、敵防御を無効化する。
ゴゴゴゴゴ……!!!
黒い波動が俺の周囲に渦巻くように広がり、バルドの猛攻をまとめて呑み込んでいく。
炎の奔流も雷の刃も、黒い闇の渦へと吸い込まれ、まるで存在しなかったかのように消滅してしまった。
「な……!? 俺の魔法が……!!」
バルドの口調には明確な恐怖が混じる。
周囲のストレンジャーたちも驚愕を隠せず、思わず席を立ち上がる者までいる。
鼓動が高鳴り、全身が熱と闇の力で満たされる。
俺は息を吐き、剣を振り上げた。
「終わりだ、バルド・カイゼル!!」
その一言に闘技場中の視線が集まるのを感じる。
痛ましいほどの静寂が訪れ、次の瞬間——
【S+級スキル:闇槍乱舞(Dark Lance Barrage)】
効果:闇の槍を無数に形成し、圧倒的な物量で敵を攻撃する。
ズシャアアアアア!!!
黒い闇の結晶のような槍が幾百も出現し、一斉にバルドを襲う。
空間に走る漆黒の軌跡はまるで濁流で、回避の余地など微塵も残されてはいない。
「ぐあああああ!!!」
槍の奔流が次々とバルドの身体を貫き、火花と血飛沫が同時に舞い上がる。
轟音が闘技場の壁を何度も反響し、その余波で細かい破片が落ちてくるほどだった。
(……決まったか?)
凄まじい音が鳴り止んだ瞬間、闘技場には一転して静寂が訪れた。
まるで世界から音が消えたかのように、黒い槍だけがいくつも突き刺さったまま静止している。
俺はゆっくりと息を整え、漆黒の剣を下ろす。
熱で乾いた唇を舌で湿らせながら、目の前の光景を見据えた。
足元の石畳がひび割れ、煙がわずかに立ち込めている。
その向こうでバルドの胸がかすかに上下しているのが見えたが、もはや自力で立ち上がるのは困難そうだ。
胸の奥に、奇妙な安堵と凶暴な達成感が湧き上がる。
だが、同時に不安も押し寄せる。この闇の力を完全にコントロールできているのか、俺自身、確信が持てないのだ。




