第二百二十二話 おそるべき体力
バルド・カイゼルは豪快に笑いながら、節くれだった拳を鳴らしている。
その姿はまるで超巨大な猛獣のようで、闘技場の空気を振動させていた。
「ハハハハ!! どうした!? 俺の力に驚いたか、天城蓮」
息を飲むほどの異常事態を目の当たりにし、俺は思わず身構える。
(ランクダウンを復活させただと……!? どう考えても普通じゃない。ラディアントディスペルで一度ランクが下がったら、しばらくは影響が残るはずなのに……)
だが、この男にはまるで通用しない。
すでに視線を外す暇さえ与えられず、鋭く燃え上がる殺気が肌を刺してくる。
(何かしらの特殊スキルか、それとも……元から身体の構造がおかしいのか?)
思考を巡らせようとした刹那、バルドが再びこちらへと突進してきた。
「さあ、行くぜ!」
その巨体から繰り出される拳は、大気を歪ませるほどの質量と勢いを帯びている。
「S級スキルの連続だ!! まずは【剛拳衝破】!!」
突き出された拳が空を切るだけで、轟音が走った。
俺は咄嗟に体をひねって回避するが、拳が地面に着弾した衝撃だけで石畳が砕け散る。
「くっ……!」
破片が飛び散り、顔に生温い風圧を感じる。
この一撃が直撃したら、ひとたまりもない。
(ヤバい、当たれば一撃で吹っ飛ばされる……!)
「【震脚烈波】!!」
「はああっ!」
バルドが足を踏みしめると、低周波のような衝撃波が床一面に広がる。
崩れた足場が波紋となって地面をうねらせ、俺のバランスを一気に崩してきた。
「しまっ——!!」
なんとかバックステップを踏むが、体勢が乱れて避けきれない。
足下がぐらりと揺れて、思わず息が詰まる。
「まだまだぁ! 【烈炎破砕】!!」
バルドの拳が真紅の炎を纏い、灼熱の爆風を伴って振り下ろされる。
「ぐっ……!!」
剣でかろうじて防御するも、炎の衝撃波が防御をすり抜け、皮膚を焦がした。
熱さと痛みが瞬間的に脳髄を刺し、思わず歯を食いしばる。
(クソッ……まだ……!)
それでも俺は崩れ落ちるわけにはいかない。
玲司の元へたどり着くために、ここで倒れるわけにはいかないんだ。
「【雷刃衝撃】!!」
雷をまとったバルドの拳が一直線にこちらを襲う。
狂暴なスパークが火花を散らし、まるで稲妻そのものが飛んでくるようだ。
断罪剣を前に突き出し、なんとか弾こうとするが——
ドゴォォォォン!!
拳と雷の衝撃が剣ごと俺の身体を吹き飛ばし、頭の中で何度も警鐘が鳴り響いた。
爆発的な炎と雷が交錯し、視界が一瞬真っ白になる。
煙がもくもくと辺りを覆い、闘技場の石畳が崩れた破片で散乱する。
耳鳴りで鼓膜が震え、息も整わない。
「やったか?」
バルドが余裕の笑みを浮かべ、煙の向こうを探るように声を出す。
その瞬間——
ゴオオオオッ!!
まるで暴風のような力が煙を吹き飛ばし、視界を切り拓く。
黒いオーラが俺の身体を包み込み、激しい熱量を放ち始めた。
「!!」
周囲のストレンジャーたちが息を呑むのがわかる。
観客席から伝わるざわめきが波紋となって押し寄せる。
「【闇の一部覚醒】」
俺の右手には、漆黒の闇の刃が顕現していた。
まるで生きているかのように脈打ち、闘技場の暗がりを一層黒く染め上げていく。
(この力……俺の中に眠っている“闇”……!)
バルドの表情が一変する。
「なにっ……!? その力……まさか……玲司と同じ……!」
「……さあ、続きをやろうか」
自分の声が低く響き、笑みがこぼれる。
まるで狂気に引きずられるような感覚がするが、同時に圧倒的な力を感じずにはいられない。
体内を駆け巡る闇の衝動に身を任せ、俺は瞬時にバルドへ突撃する。
「ズシャッ!!」
漆黒の闇が大きくうなりを上げ、バルドの巨体を斬り裂いた。
血飛沫が舞い上がり、場内が一瞬で静寂に包まれる。
「ぐおおおお!!!」
バルドが苦悶の声を上げながら後退し、闘技場の床を何度も引きずるようにして踏みとどまろうとする。




