第二百十八話 玲司との対決の想い
それに気づいた仙人は、その力を極めれば、お前はどんな敵とも渡り合えると思った。
ダンジョン内での死闘の記憶や、かつて仙人自身が見聞きした幻影をうまく利用し、スキルの習得速度を上げる方法を授けていく。
玲司の目は次々と新たな力を吸収し、まるで乾いた大地が雨水を求めるように、貪欲に知識を欲していた。
やがて、十分に力をつけた玲司は、仙人のもとを離れ、地上へと旅立つことになった。
旅立ちの日、玲司は仙人に向かって深く頭を下げ、絞り出すような声で感謝を口にした。
「お前ならやれる」
そう言う仙人の瞳には、ただ誇らしげな光があった。
「ありがとうございます、師匠」
心からの言葉を口にする玲司。
ダンジョンの暗闇から抜け出そうとする小さな背に、仙人は何を思ったのだろう。
俺はその光景を想像するだけで、胸が熱くなる。
地上では、玲司はたちまち頭角を現した。
名門ギルド『ノクターン・グリム』からも声がかかるほど、彼の戦闘力は突出していたらしい。
けれど――世の中は時に、突出した力を持つ者を歓迎しない。
「お前は異端だ」
「ストレンジャーのくせに、人間離れしすぎてる……」
「危険すぎる……」
圧倒的な力を持つ玲司に対し、人々の反応は恐怖と嫌悪に変わっていった。
仲間と思っていた連中でさえ次第に距離を取り、疑惑と不安をぶつけるようになったそうだ。
「……俺は……なんのために……」
苦しみ、孤独を深めていく玲司。
それを見たギルドや周囲の人間は、ますます怯えて彼を避けるようになる。
ひとたび“危険な存在”と烙印を押されたら、世間は冷たい。
そして、ある日――
玲司は再び仙人のもとを訪れ、その胸に渦巻く憎しみをぶつけた。
「……師匠、俺は何のために強くなったんですか?」
「お前自身が答えを見つけるんだ」
「答え……? そんなもの、俺には必要ない」
仙人への尊敬の念すら失いかけているような、暗い瞳の光。
そこに芽生えたのは、深い絶望と激しい怒りだった。
「……!」
仙人が息をのむ。
その瞬間、玲司の周囲に目に見えるほどの不穏なオーラが漂い始めた。
地を這うような、冷たく禍々しい闇の気配。
「そのオーラ……まさか……」
青白い光が玲司の体を包み込み、重苦しい気圧が周囲を圧迫していく。
ゴゴゴゴゴ……!!
鈍い振動が地面を揺らし、壁の岩肌から細かい破片が崩れ落ちる。
空気がビリビリと震えて、まともに呼吸すらできなくなるような異様な圧が満ち始める。
「俺は……大魔導士スペシリアの生まれ変わり……!」
狂気に染まったような玲司の声に、仙人は鋭い眼差しを返した。
「……何を言っている?」
「スペシリア・チルドレン……俺は、その存在なんだ」
憎悪に満ちた瞳が光を放つ。
狂おしいほどの怒りと力が融合し、玲司の意識を塗りつぶしているかのようだ。
「俺は、人間に復讐する……!」
そう叫ぶと、玲司は仙人の呼びかけに耳を貸すことなく、その場を去った。
※ ※ ※
「……そんなことが……」
「《過去》を視れたようだな」
言葉を失うほどの衝撃だった。
ダンジョンで育った玲司の惨い過去、そして“スペシリア・チルドレン”という存在。
まるで悪夢めいた物語のようだ。
(玲司……お前の人生は、苦しみと孤独に満ちていたんだな。そして、その苦しみがあんな形で覚醒を促したっていうのか……)
思わず、拳をぎゅっと握りしめる。
これまで何度か玲司と交戦し、その圧倒的な能力を肌で感じてきたが、そんな悲壮な裏側があったとは。
「……仙人さん、教えてくれてありがとうございます」
そう呟く俺の胸には、新たな決意が燃え始めていた。
彼が抱えてきた壮絶な運命を知った以上、もう逃げることはできない。
(神楽坂玲司……お前が歩んだ道は過酷だ。それは分かる。だけど……その力を復讐のためだけに使うっていうなら、俺は全力で止めるしかないんだ)
この胸の奥に静かに燃え上がる闘志と怒り。
それは、きっと玲司を倒すためだけのものじゃない。
彼が俺の宿敵である以上、いつか真正面からぶつかり、互いの運命を決着させなくてはならないと思う。
(もし、お前が本当は救いを望んでいるのなら――いや、今さらそんな甘い考えは捨てるべきか? どちらにしても、もう引き返せない。俺は覚悟を決めたんだ)
仙人の話を聞き終わり、深く息を吐いてから、俺はそっと目を閉じる。
自分が背負うこの“ゴミスキル”と呼ばれた力だって、ただの無価値じゃないはずだ。
例えわずかな可能性でも、俺には戦わなきゃいけない理由がある。
「玲司……」
そっとその名を噛みしめる。
かつて彼が叫んだ怒りと悲痛を思い浮かべながら、俺は静かに誓った。
(どんな過去を背負っていようと、俺の進む道はもう決まってる。お前を止める――それが、俺の“覚醒者”としての使命だ)
そう、心に決めた。




