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第二百十六話 仙人の語る秘密

ダンジョンの奥深く、外界から切り離されたこの空間は、まるで時の流れすら忘れ去ったかのように静まり返っている。


壁を走る亀裂からはかすかな風が吹き込み、砂のような微粒子が宙を舞っているのが見えた。


鼻を抜ける空気はひんやりとしていて、まるで地下深くに閉じ込められた古い記憶の匂いがするようだ。


部屋の中央には無骨な木製テーブルがどっしりと据えられ、その上には茶器や古めかしい巻物が無造作に置かれていた。


どこか異国の装飾品が壁際に並び、不思議な神像や仮面がこちらを睨んでいる。


むき出しの石壁から伝わる冷たい感触にもかかわらず、この空間だけは妙に温もりを感じる。


テーブル越しに座る老人が湯飲みを傾ける。


湯気がゆらりと立ち昇り、彼の静かな佇まいを際立たせていた。


血走った気配もなければ、肌を刺すような殺気もない。


ただひたすらに深く、静か――まるでこのダンジョンに根を下ろした仙人そのものだ。


「そういえば、仙人さんの名前をまだ聞いてません」


俺はその言葉を口にしながら、わずかながら胸の奥がざわつくのを感じていた。


普通、何らかの異能を持つ者がダンジョンの深奥で暮らしていると知れば、もっと警戒すべきなのかもしれない。


それでも、この老人の醸し出す空気に、どこか安心感を覚えてしまうのだ。


仙人は湯飲みをゆっくりと置くと、小さく息をついた。


「……もう忘れてしまったな」


「忘れた……?」


思わず聞き返してしまう。


名前を忘れるなんてことが、果たしてあり得るのか。


「長くダンジョンで暮らしていると、俗世の名など意味をなさなくなるのさ」


穏やかに微笑む老人。


その表情は柔らかいが、その瞳にはあらゆるものを見通すかのような鋭さが潜んでいた。


「仙人、で構わんよ」


「仙人さん……」


俺はその言葉を噛みしめる。


名前を捨て、ここで一人穏やかに過ごす覚悟は、いったいどれほどの年月を要するのか。


もしかすると、人が想像できる時間のはるか先を体験してきたのかもしれない――そんな考えが頭をよぎった。


「仙人さん、大魔導士スペシリアのこと、そしてスペシリア・チルドレンのことを、どうしてそんなに詳しくご存じなんですか?」


俺は思い切って核心に踏み込む。


先ほどから感じる不思議な既視感――この老人はただの隠遁者ではない。


何か重大な秘密を握っているはずだ。


仙人は一瞬、視線を落とし、沈黙した。


まるで遠い昔の光景を思い出しているかのように。


やがて、決意したように顔を上げると、そっと湯飲みをテーブルに戻した。


「なぜならワシも覚醒者——」


その言葉に息を呑む。


続く言葉を聞き逃すまいと、俺はごくりと唾を飲み込んだ。


「——ではなく、覚醒者と呼ばれる者を一流のストレンジャーとして鍛えておったからな」


「!!」


彼の言葉の意味を理解するのに数秒かかった。


覚醒者――いわば人ならざる力を引き出したストレンジャー。


その存在を実際に導き鍛え上げた者が、今こうして俺の目の前に座しているというのか。


「つまり、覚醒者になったストレンジャーの……師匠、だったんですか」


震える声で問いかけると、仙人は静かに頷く。


その眼差しには一切の虚飾がなく、何とも言えない重みを帯びている。


「そうともいうな」


「じゃあ、その弟子って……?」


どうしても聞かずにはいられない。


胸の奥が熱くなり、呼吸が少し早くなる。


何かとんでもない事実に触れようとしている――そんな予感が脳裏を駆け巡っていた。


「あやつは……古来、1万年前の記憶を備えており、ワシにその記憶を語っておった」


「1万年前……!」


仙人は淡々と続ける。


「そうだ。彼らは口をそろえてこう言った——『人類の脅威、悪神が目覚めようとしている』、と」


悪神。


その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥がズキリと痛む。


記憶のオーブで見たスペシリアの過去が脳裏をよぎる。


(まさか……この仙人までが同じことを知っているとは。しかも、弟子たちが1万年前の記憶を語っていたって……どういうことだ?)


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