第二百十三話 ゴブリンの正体
目の前のエメラルドゴブリン――そう呼ぶには強すぎるその存在と対峙しながら、俺は息を整えていた。
A級どころかS級モンスター並みの動き。
俺が右腕に宿した“部分覚醒”の闇の力をもってしても、まるで意に介さない様子を見せている。
(こんなゴブリン、聞いたこともない……)
不気味なほど穏やかな笑みを浮かべながら、ゴブリンは俺の動きを観察しているようだ。
けれど、俺も覚醒の力がある。
闇のオーラが右腕に渦巻き、一撃でも当たれば相手を仕留められる自信はある。
「くそっ……!」
俺は静かに剣を構え直し、一瞬でゴブリンとの間合いを詰めようと地を蹴った。
「行くぞ!!」
低く声を放ち、過去視スキルから得た自分の戦闘データをフルに再現する。
ズバァァァン!
闇の剣からソニックブームのように衝撃波を放つ。
ところが、エメラルドゴブリンは慌てず騒がず、俺のマジックバッグから取り出した何かを持ち上げる。
「無駄だ」
ゴブリンがにやりと笑い、【金剛の盾】を掲げる。
古代の魔導士が作り上げたというAランク防具で、同ランク以下の魔法攻撃を無効化する力を持つ。
俺の闇の衝撃波が盾に当たった瞬間、すべてが弾き飛ばされて消えてしまう。
「チッ……!」
舌打ちしながら視線を走らせると、ゴブリンは平然と盾を下ろしていた。
しかし、これは逆にチャンス。
攻撃を無効化されたとはいえ、今の衝撃波は囮でもある。
(今だ……背後を取る!)
【アイテム:蒼狼の戦靴】の機能を最大限に使い、一気に相手の背後へステップを踏む。
ゴブリンが盾に気を取られた隙を突き、残像が残るほどのスピードで回り込む。
「なっ……!?」
ゴブリンが驚きの声を上げた瞬間、俺は剣を振り抜いた。
「ここだ!!」
ザシュッ!
鋭い金属音とともに、刃がゴブリンの肩を深く斬り裂く。
……ように見えた瞬間。
ゴブリンが低く呟き、ニヤリと笑う。
するとノイズのようなザザザッという音がし、ゴブリンの身体が緑色の輝きとともに崩れていくように見えた。
「……っ! これは……」
次の瞬間、そこに立っていたのは一人の老年ストレンジャー。
頑丈な鎧をまとい、凄まじい魔力をその身に宿しているのがひしひしと伝わってくる。
先ほどまでのゴブリンの姿とはまるで別人だ。
「まさか……擬態……!!」
「その通り。擬態魔法だよ」
老人は余裕の笑みを浮かべながら、手のひらを軽く返してみせる。
見た目をモンスターに変え、人を惑わす高度な魔法――まさかこんな老ストレンジャーが使っていたとは予想外にもほどがある。
「お前を試していたんだが、気づかぬとは……まだまだ甘いな」
血走った瞳で、老人が刀身を抜く。その動きにはまるで隙がない。
「あなたは……何者だ」
警戒を強めながら問いかけると、老人は不気味な薄笑いを浮かべる。
「スぺシリア・チルドレンどもに勝つには、もっと修練が必要だぞ。まあ、いずれ分かるさ」
「スぺシリア・チルドレン……」
俺が鋭く問い詰めようとするが、老人はニヤリと唇を歪ませるだけ。
そして静かに剣を構えなおす。
その周囲に異様なオーラが渦巻き、空気が震えるようなプレッシャーを感じた。
「さあ、次は本気で行こうか」
ゴォッという音と共に、老人の身体から漆黒とも黄金ともつかない魔力が溢れ出る。
まるでさっきのゴブリンキング以上の圧力だ。
(やるしかない……!)
老年のストレンジャー——謎の男と、俺の激闘はまだ続いていた。
“エメラルドゴブリン”に化けて俺を試していたこの男は、俺のマジックバッグから次々に武器を抜き出し、自分のもののように使いこなしてくる。
いったい、どれほどの実力差があるというんだ。
「はっ!」
気合いとともに俺は双剣を振り抜くが、男はまるで踊るようなステップで巧みに避け、逆に間合いを詰めてくる。
その動きにまったく老いを感じさせない。
「どうした、そんなものか?」
男の声には余裕がにじんでいた。
冷たい視線を向けた先には、俺のマジックバッグから取り出した武器を再度漁る仕草が見える。
案の定、新たなアイテムを手にしていた。
「なっ……!?」
彼の手に握られていたのは、俺が普段使っている【アイテム:氷刃の双剣】だった。




