第二十一話 天城蓮、キレる
その姿を確認した瞬間、嫌な汗が背中をつたう。
ゴブリンの“王”というだけで凶悪な強さを持つと知られているが、想像以上の威圧感を放っている。
「くそ……! 今の俺には、アイテムがない!!」
マジックバッグを奪われたまま、ポーションや補助装備を使う手段がない。
だが、それでもこのボスモンスターを倒さない限り、マジックバッグを取り戻すことはできない。
「やるしかない……!!」
俺は拳を握りしめ、冥狼の双剣をギュッと握り直す。
ゴブリンキングがごう音を立てて歩を進めるたび、床がわずかに震える。
視線の片隅では、エメラルドゴブリンが高みの見物とばかりに薄く笑っている姿が見えた。
(負けるわけにはいかない……絶対に倒して、取り戻すんだ)
「グオォォ……!」
ゴブリンキングが雄たけびを上げ、広間に凄まじいオーラを解き放つ。
見る間に周囲の闇がうねり、ゴブリン特有の獣臭い殺気が充満していく。
「来るか……!」
すでにこちらには補助アイテムがなく、純粋な身体能力と過去視のスキルだけが頼りだ。
ゴブリンキングは大きく腕を広げ、【スキル:王の号令】を発動したように見える。
周囲の闇から、また下級ゴブリンが数体うごめきながら現れる。
「雑魚まで呼びやがった……」
複数戦になると一気に不利だが、ここで引くわけにはいかない。
「逃げる気なんかない……!」
声を上げて自分を鼓舞し、ゴブリンキングと雑魚ゴブリンたちを見据える。
拳を握った手がじんわりと汗ばむが、心の中で“覚悟”を固める。
エメラルドゴブリンは不適な笑みを浮かべたまま、マジックバッグを手に椅子にふんぞり返っている。
(あいつを倒してバッグを奪い返す……それしか道はない)
ゴブリンキングが、野太い咆哮とともに一歩踏み出した。
床にひび割れが走り、音だけで圧されそうなほどの威力を感じる。
これがAランクモンスターの王の力……そして、おそらく雑魚ゴブリンたちも“王の号令”で強化されているに違いない。
俺は双剣を構え直し、ゴブリンキングに立ち向かう準備を整えた。
ゴブリンキングが唸るような声を上げた瞬間、床を踏み締めて猛然と突っ込んできた。
巨大な腕が一閃され、地面を抉るように振り下ろされる。
「うおっ……!」
俺は【蒼狼の戦靴】で得た素早さを生かし、斜めに回避する。
床が砕けて破片が宙を舞い、その一撃の重さをまざまざと見せつけられた。
(こいつ……ホントにA級か? 下手したらA+クラスでもおかしくないぞ)
振り下ろされた腕を避けるだけで精一杯だが、ここで怯むわけにはいかない。
俺はでゴブリンキングの直前動作をつぶさにイメージし、攻撃のタイミングを見計らう。
「今だ……!」
双剣を構え直して懐へ踏み込み、一撃を叩き込む。
瞬間、兵士のように群がる雑魚ゴブリン達に阻まれる。
「邪魔だっ……!!」
それらを、連撃で倒していく。
くそ、確実に数を減らしてはいるものの、ゴブリンキングには俺の剣が届かない……!!
何度かそういった戦いを繰り返す。
ようやく、雑魚ゴブリンが少なくなってきた時。
ついに、ゴブリンキングに剣がヒットした!!
しかし、刃が深々と喰いこむ手応えを感じたが、ゴブリンキングの筋肉は想像以上に硬く、一撃で倒すには程遠い。
すると相手は怒り狂ったように腕を振り回し、カウンターを仕掛けてきた。
「ぐっ!!」
かろうじてそれを双剣で受け止める。
息を切らせながらも、じわじわとダメージを与えようと立ち回る俺。
だが、不意に背筋がゾクリとする嫌な予感がした。
(何かが……くる!!)
とっさにバッと横へ飛び退くと、さっきまで俺がいた場所に魔法弾が打ち込まれる。
「な、なんだ……!?」
魔法弾が床を抉り、青白い火花を散らす。
まさか、あんなものを撃ってきたのは誰だ……
視線を走らせた先には、エメラルドゴブリンが俺のマジックバッグをゴソゴソと漁り、主人公愛用の杖を取り出していた。
「クッ……あいつ!!」
どうやら俺の装備を自在に使って魔法を放ったようだ。
もともと杖は俺が魔法併用でサポートするために持っていたが、それをゴブリンが使うなど想定外すぎる。
「ふざけるな……!」
苛立ちがこみ上げる。
遠くの椅子に座ったまま、俺のアイテムを勝手に扱って攻撃してくるなんて最悪だ。
ゴブリンキングは、エメラルドゴブリンの“援護”を得た途端、勢いを取り戻す。
それだけでなく、エメラルドのゴブリンは、今度は“疾風のポーション”を手にしてゴブリンキングにかけ始めた。
「やめろ、そいつは俺の……!」
だが間に合わない。
瓶から放たれた青い液体をゴブリンキングが浴びると、一気に身体の動きが軽快になり、移動速度が大幅にアップした。
さらに、オーブを取り出して詠唱する仕草……こいつは“氷瀑のオーブ”だ。
「まさか……床を……」
すると足元が一気に冷気に覆われ、ツルツルに凍りつく。
主人公である俺が踏ん張ろうにも、滑って足を取られそうだ。
「くそ……こんな邪魔ばかり!」
冷や汗をかきながらも回避に集中するが、ゴブリンキングが攻撃力アップのポーションまでかけられてしまう。
力を増したキングの振り下ろす拳が、巨大な衝撃波となってこちらを襲う。
「ぐあっ……!」
防御しきれずに拳が直撃し、俺はたまらず吹っ飛ばされる。
床を何度か転がり、背中を柱にぶつけながら必死で耐える。
「がはっ……あ、痛い……!」
激しい痛みが全身を襲い、呼吸が乱れる。
目の前が一瞬チカチカして、意識が揺らぐほどの一撃だった。
「……いくらなんでもやりたい放題かよ」
カッと頭に血が上る。
ゴブリンキングだけでも強敵なのに、遠方からエメラルドゴブリンがアイテムを使ってサポート攻撃をしてくるなんて反則もいいところだ。
「そっちがそういうことなら……!」




