第二百七話 ダンジョンに何十年も潜り続ける存在
ぎこちなくリンの家を後にした俺は、夜道を歩きながら思考を巡らせていた。
銀髪の少年・神楽坂 玲司との邂逅と激突。
スぺシリアの記憶、そしてリンからの思い……正直、頭が混乱している。
(いま一番優先すべきは、あのノクターン・グリムってギルドの幹部・玲司の存在。何か大きな陰謀が動いているのかもしれない)
アカツキ・ブレイドのリーダー、イザナに話を聞く必要がある。
彼なら世界中のギルド事情や覚醒者に関する情報にも通じているかもしれないし、何よりこの危機感を共有しなければならない。
翌日、俺はアカツキ・ブレイド本部ビルの最上階にあるリーダー室を訪ねた。
白を基調とした広い室内、壁際にはダンジョン攻略に関するモニターやホログラムが投影されている。
窓際で外を見ていたイザナが振り向き、落ち着いた表情で俺を見やる。
「来たか、天城くん。座ってくれ」
「はい。失礼します、イザナさん」
勧められるまま、椅子に腰を下ろすと、イザナはデスクへ戻りながら小さく息をつく。
俺は切り出すタイミングを探ったが、イザナが先に口を開いた。
「まずは藤堂の家族についてだが、君たち日本団への感謝を伝えている。彼は誇りを持って最期まで戦えた……と」
藤堂さん。
ロシアで散った仲間の顔が脳裏に浮かび、胸が痛む。
拳を握りしめながら、イザナの言葉を受け止める。
「そうですか……ありがとうございます。藤堂さんのことは、俺も絶対に忘れません」
「うむ。そして、記憶のオーブの解析も少し進展がある。まだ時間はかかりそうだが、近日中にある程度の結果が出るだろう」
オーブの解析か……スぺシリアの記憶を見た俺としては、あの映像の裏側にさらなる情報が隠れている可能性が高い。
イザナが小さく頷き、俺を見た。
「だが……君は、もっと別の話があってここに来たのだろう? 顔を見れば分かる」
「はい……実は、イザナさんに聞いてほしいことがあるんです」
深呼吸して、俺は銀髪の少年玲司との激突を一から報告する。
ノクターン・グリムというギルド、幹部の玲司が《過去視》の使い手であること、彼が圧倒的な力で襲ってきたこと……そして、結果的には引き分けの形で決着したものの、完全に敵対したまま姿を消されたこと。
「――その男、神楽坂 玲司という名前で、S級以上の力を感じました。あの……イザナさん。ノクターン・グリムは、どれほど危険なギルドなんでしょうか?」
イザナは目を伏せ、思考するように唸る。
少しして、彼はモニターを操作して世界ギルドランキングの一部を呼び出した。
「ノクターン・グリム……最近、急成長したギルドだ。よくない噂もきいている。スカウトのためなら、PKのようなこともいとわないと。その実力は我々アカツキ・ブレイドに匹敵するか、あるいはそれ以上かもしれない」
「そんなに強いんですか」
「神楽坂 玲司……聞いたことはある。だが、細かい情報はまだ掴めていなかったな。まさか覚醒者の可能性があるとは……これは大きな問題だ」
イザナの声には珍しく緊迫感が滲む。
俺は拳を握りしめ、苦々しい思いを吐き出す。
「俺……あいつを倒さないといけないと思うんです。同じ覚醒者である以上、無視できません」
もしも仮に、仮にだが、スぺシリア・チルドレンであるはずの奴が、悪神側につくようなことがあれば、世界がどうなるか分からない。
「分かった、天城くん。君のその決意、私も支持しよう。ノクターン・グリムの動向を改めて調査する必要があるね。幸い、君がこうして報告してくれたのは大きい。ありがとう」
イザナが静かにホログラムを消し、こちらを振り向く。
その表情は落ち着きながらも、内に燃える闘志が見えるようだ。
イザナはさらに言葉を続ける。
「いまや世界中でS級ストレンジャーが増加し、モンスターのランクもインフレしている。その事実は君もよくわかるだろう。かつて10年前はS級なんていなかったのに、今では当たり前だ」
「……ええ」
「それはまさに、いずれくる脅威の前触れ、予兆なのかもしれない。しかし、これはチャンスでもある。S級以上、人類未踏の領域にたどり着く可能性がある」
「そう……ですね」
「いま、そこにもっとも近づいているのは、きみかもしれないな、天城くん」
「いや、自分は全然そんな立場では……!!」
「ともあれだ。ノクターン・グリムが、神楽坂 玲司のような複数の覚醒者を抱えているとしたら……我々アカツキ・ブレイドが動かないわけにはいかない」
「はい……俺も、できる限りの情報を集めたいと思います」
イザナは小さく頷き、デスクの端末から一枚のデータを取り出すように操作する。
「天城くん」
「はい?」
「今のきみになら、この情報を渡すことができる。ここ……渋谷のA級ダンジョンへ行ってみるといい。ボスはすでに討伐されているが、最深部に“仙人”と呼ばれる男がいる」
「せ、仙人、ですか?」
「そうだ。彼のスキルは【千里眼】。万物を見通す力を持つ、いわば現代の賢者だ。“覚醒者”について、私よりも有益なことを教えてくれるだろう」
そんな人間がいたなんて、世の中は広い……そう感じる俺だった。
「その仙人は、何十年にもわたって、一度もダンジョンから出たことがない。だから仙人と呼ばれている」
「え!? そ、そんなこと可能なんですか!? ダンジョンに住むストレンジャーなんて……!!」
驚きを隠せないが、イザナは真顔で頷く。
「百聞は一見に如かずだ。あとは自分の目で見てくるがいい」
「わかりました。すぐに向かいます」
イザナとの会話を終え、ギルドのリーダー室を出る。
廊下にはアカツキ・ブレイドのメンバーたちが行き交い、それぞれの任務に向かっている。
すれ違う何人かが「天城、調子はどうだ?」と声をかけてくれる。俺は「いい感じです。ありがとう」と返すに留める。
(まずは“仙人”って人に会いに行こう。何かきっと手がかりがあるはずだ)




