第二百四話 目覚めたその先には……
神楽坂玲司――スぺシリア・チルドレン。
あの銀髪の少年はいったい何者なのか。
俺と同じ《過去視》の力を備えながら、はるかに洗練された使い方を見せ、ノクターン・グリムの幹部として絶大な威圧感を放っていた。
まさかこんな形で、同じ覚醒者に出会うとは……。
(イザナさんの話では、現代に覚醒者は存在しないって言ってた気がするけど……俺以外にもいるのか)
つい先ほどまでの激闘――周囲は砕けたコンクリートと砂埃で薄暗く覆われ、瓦礫の山が散乱している。
その一角で、俺は思わず膝をついていた。
身体中には無数の傷や痛みが走り、剣を杖代わりにしなければ立てないほど消耗している。
「天城さん、大丈夫ですか」
リンの声が耳に届く。
彼女は傷だらけの俺を見て、明らかな不安を滲ませている。
顔を上げようとしたが、視界がぐらりと揺れて足元がおぼつかない。
コンクリートの地面がまるで液体のように揺らいで見え、喧騒が遠のいていく。
「……っ!」
全身から力が抜け、意識がどんどん薄れていくのが分かる。
リンが「天城さん!!」と叫ぶ声が聞こえるが、その声すら遠のき、闇の中へ落ちていく感覚だけが残る。
同じ覚醒者との戦い。
それが、ここまでのダメージを負わせるとは……。
俺は悔しさと虚無感を抱きながら、深い闇に意識を手放した。
※ ※ ※
俺が目覚めた場所はまるで別世界のようだった。
周囲には青白く揺らめく光の粒子が舞い、星の光が水面に反射するかのように、幻想的な空間が広がっている。静かな風が吹いているわけでもないのに、何か柔らかい空気の流れを感じる。
(ここは……?)
不思議な光景に戸惑いつつ、視線を巡らせる。
すると、その中央に大魔導士スぺシリアの姿があった。
かつてオーブの記憶で見たときのスぺシリアは壮絶な戦場で孤軍奮闘する姿だったが、今の彼は輪郭が透き通るように儚く、まるで幽霊のように淡い光を帯びている。
「未来を……繋がねばならぬ」
スぺシリアが静かに呟く。
その声はどこからともなく響き、周囲の空間に溶け込むようだ。
あの圧倒的な威圧感は薄れたが、言葉には強い決意と哀愁が感じられる。
「脅威は確実に迫ってくる。可能性のためには、一人だけではなく、多数の人間に託さねばならない」
(託す? 何をだ……?)
胸がざわつく。
スぺシリアはたった一人で悪神を封じた存在――なのに、なぜ“多数の人間に”力を分散する必要があるのか。
彼は何かを思うように、ゆっくりと目を閉じ、周囲に五つの光の球を浮かび上がらせる。その一つ一つが別の色や輝きで、奇妙な回転軌跡を描きながら漂う。
「リスクを考えれば仕方がない。我が力を、それぞれの託す者に分散していく」
光球はそれぞれ微妙に異なる波長を放ち、かすかな音を奏でているように見える。
スぺシリアが淡々と語り始めた。
「一人は、知力」
「一人は、武力」
「一人は、魔法力」
「一人は、属性」
「そして、一人は……我が想い……」
最後の言葉で、スぺシリアは静かに俺へと視線を移す。
まるで俺がその“後継者”の一部を担う存在だと悟っているかのようだ。
(俺が“闇の力”を宿しているのは、この“属性”の所為……?)
「頼むぞ、我が後継者よ」
スぺシリアの唇が微かに動くと同時に、五つの光球が弾けるように爆ぜ、眩い輝きが視界を埋め尽くす。
何か言葉を返そうとするが、口が動かない。
光が白く溶け、意識ごと引き剥がされるように遠ざかっていく――
※ ※ ※
「……っ!」
息を飲んで、ガバッと身体を起こそうとする。
先ほどの光景は夢……いや幻影のようだったが、やけにリアルで生々しい。
目の前に広がるのは、見慣れない部屋の天井
。柔らかい光を放つ照明と、白い壁が視界に入る。
俺は布団の上に寝かされているらしく、肩には薄いブランケットがかかっていた。
(ここは……どこなんだ?)
廃ビル裏で玲司と戦い、リンが声をかけてきたところで意識を失ったんだっけ……
自分の身体に目をやると、手足にはきちんと包帯が巻かれ、服装もTシャツと短パンのような部屋着に替えられている。
冒険者装備ではない。
「ちょっ……なんで俺、こんな状態になってる……」
顔が赤くなる思いと同時に、痛む体をそっと動かす。
部屋の中を見回せば、薄いピンクのカーテンや可愛い小物が配置されていて、確かに女性らしいセンスを感じる。
まさかここは……!
身体はまだだるさが残っているが、どうにか意識が鮮明に戻ってきた。
思わず身を起こそうとすると、全身に散らばる傷が疼き、頭がくらりと揺れる。
「……っ」
足元がふらつく。バランスを崩すまいと必死に床へ足をつけるが、よろめいてしまった。
「わっ……!」
小さく声を上げると、そのままベッド脇の棚に肘をぶつけ、棚の上に置かれていた小物がガタガタと崩れ落ちて床へ散乱する。
反射的に手で何かを受け止めようとすると、顔の上にフワッと“柔らかい布”の感触が覆い被さってきた。
(何だ、この布……?)
視界を遮られ、思わず手探りでそれを取り払う。
指先に触れるレース状の生地が妙に繊細で、柔らかく、それでいて弾力がある。
不審に思いながら持ち上げると――ブラジャーだった。
しかも淡いピンクと黒のレースが編み込まれた、大人っぽいデザイン。
中央には小さなリボンがちょこんと付いていて、まさに女性の下着感全開である。
「な、なんでこんなものが……!」
頬が一気に熱くなるのを感じる。




