第二百三話 ふがいない決着
それに俺は、真正面から対抗する。
「うおおおおお!」
「はあああああ!」
咆哮を上げながら、俺は渾身の力で一撃を振るい、玲司もまたそれに応じるかのように双剣を交差させて迎え撃つ。
金属の激突音――ガキィン!――火花が散り、耳をつんざくような衝撃がこの場に轟く。
肩から腕にかけてビリビリと痛みが走るが、こいつも簡単には崩れない。
(でも……奴の力は確実に落ちてきているはず)
以前、玲司はS級以上のオーラを放っていた。
しかし先ほど俺の“断罪剣”でランクダウンを喰らわせた結果、今はB級まで落ちているはずだ。
その証拠に、俺の剣撃を以前ほど鮮やかに受け流せていない。
防御のときに若干の重さが感じられる。
「このまま……畳みかける!!」
俺は一気に踏み込み、斬撃を連打する。
かつての戦闘スタイルを捨て、予測されにくいトリッキーな動きで近づき、隙あらば大技を叩き込もうとする。
玲司の頬が汗に濡れ、苦しげな表情が見える。
明らかに以前の余裕が消えている。
ここが勝負どころだと思い、さらに力を込めて剣を振り下ろした――
「ぐっ……!! ふざけるな、天城蓮んんん!」
玲司が血走った瞳で叫ぶ。次の瞬間、彼の身体が突如として眩い光を放った。
「なっ……!?」
俺の視界に、明確に文字が映し出される――「SS」。
ランクダウンしたはずなのに、一気にSSランクへ跳ね上がるその異常なステータス変動に、俺は戦慄せずにはいられない。
玲司の銀髪が赤いエネルギーを帯びるように変色し、圧倒的なオーラが周囲に広がっていく。
地面がビリビリと揺れ、廃ビルの壁から砕けたコンクリート片が落ちてくるほどだ。
(ま、まずい……!)
玲司のオーラがSSランクに到達し、先ほどまでのBランクダウンの効果を完全に覆した。
一方、俺も胸の奥で闇の力が呼応するように鼓動を高めている。
脳裏で闇のオーラがざわつき、覚醒者としての本能を呼び起こそうとする気配。
「頼む……俺にも、力を……!」
心の中で静かに願う。
恐ろしい代償を伴うかもしれないが、ここで怯んでは勝機はない。
ドクン……!
心臓が大きく鼓動し、脈動が全身を駆け巡る。
次の瞬間、俺の周囲にも黒いオーラが噴き出していく。
「SS」
視界の片隅に、俺のステータス表記が一気に跳ね上がるのが見えた。
(闇に飲まれないように気をつけろ……でも、こいつに勝つためには、これしかない!)
「おおおおおお!!」
「はあああああ!!」
玲司の身体は赤く染まり、俺の身体は闇のオーラを纏い、それぞれがSS級のパワーを解放している。
辺り一帯に凄まじい衝撃波が走り、地面が波打つようにめくれ上がる。
建物が大きく揺れ、廃材が飛散し、リンが「きゃあああ!!」と悲鳴を上げながら吹き飛ばされかけるほどの威力。
俺は必死に踏ん張り、玲司へ斬りかかろうとするが、玲司もまた双剣を携えて猛然と突進してくる。
「これで終わりだ、天城蓮……!!」
「やらせるか……!!」
互いの剣が振るわれ、オーラがぶつかり合う。
衝撃波の中心に俺と玲司が入り、まるで二つの星が衝突したかのような閃光が走る。
廃ビルの壁が崩れ、粉塵が空へ舞う中、激しいエネルギーの爆発音が耳鳴りを伴って鳴り響く。
バン!!
耳を劈く大音響がした次の瞬間、俺は身体が宙を舞っていた。
玲司の体当たりに似た一撃を受けたのか、それとも衝撃波の反動なのか……ともかく数メートル吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。
「ぐあああっ……!」
勢いで体中がきしみ、視界が歪む。
血が口の端から滴るが、必死に意識を保ち、すぐに起き上がろうとする。
遠くでは、やはり玲司も同様に吹き飛ばされたらしく、荒い呼吸で膝をついている姿が見える。
痛む身体をだまし、俺は歯を食いしばりながら剣を探して手を伸ばす。
あちこちに散乱している瓦礫の中から、かろうじて愛剣を掴むと、視界の端でリンが駆け寄ってくる気配に気づく。
「天城さん! 大丈夫ですか!?」
「な、なんとか……ありがとう」
顔を上げれば、廃墟と化した空き地が視界に入り、その中央に苦しそうな息を吐きながら立ち上がる玲司の姿が見える。
銀髪が乱れ、血の混じった汗が彼の顎から滴っている。
にもかかわらず、その目にはまだ勝負を捨てていない光が宿っていた。
「なかなかやるじゃないか……天城蓮」
玲司は口元を拭い、不敵な笑みを浮かべる。
SS級まで一気に力を引き上げた反動か、足が震えているのがわかるが、それでもプライドが彼を立たせている。
俺も呼吸を整え、再度警戒態勢をとる。
が、玲司はうっすらと唇を歪め、こちらを睨みつけながら苦しそうに言う。
「くっ……今日はここまでにしてやる。引き分け、というところかな」
言い残すや否や、玲司の姿がシュッと消え失せる。
幻影か移動スキルか、いずれにせよ、すでに彼の気配はまったく感じられないほどに消滅していた。
「待て……!」
思わず声を上げて振り返るが、その姿はどこにもない。
闘いの余韻が冷たい風とともに虚無へと溶けていく。
リンは茫然とした表情であたりを見渡している。
「天城さん……大丈夫ですか? お怪我は……」
リンが慌てて駆け寄り、俺の腕や肩に触れてチェックしてくれる。
俺は剣を収めながら荒い呼吸を整え、「なんとかね……ありがとう」と答える。
身体には何本もの裂傷が走り、服もところどころ裂けているが、命には別状はない。
闘いの最中に思った。
スぺシリア・チルドレンを名乗る覚醒者が俺のほかにもいる――そして、ノクターン・グリムという強大なギルドがそれを背後で支えているかもしれない。
俺が今の実力で辛うじて引き分けまで持ち込んだとしても、次に戦うとき、さらに上回る強さをぶつけられたら……正直勝てるか分からない。
「……俺は、まだまだ未熟だ」
すでに薄暗くなった空に、一番星が瞬きかけている。今日の闘いは、引き分け――いや、ある意味俺のほうがダメージは大きかったかもしれない。
(もっと強くならなきゃ……このままじゃ、悪神どころか、玲司にすら勝てない)




