第二百一話 過去視による先読み
薄暗い廃ビルの裏手。
夕陽がわずかに差し込むなか、床にはコンクリートの割れ目が走り、鉄骨の残骸が散らばっている。
そこが今の戦場だ。
神楽坂 玲司――“スぺシリア・チルドレン”を名乗る銀髪の少年との激突は、すでに序盤から俺を追い詰めていた。
「遅いよ」
玲司が静かに呟くと同時に、光の残像が走る。彼は《過去視》をフルに活用し、俺の攻撃パターンを完全に予測しているようだ。
たとえ俺が過去視で未来の動きの一端を見ようとしても、玲司はさらにそれを先読みして対処してくる。“先の先”まで見据えた動き――まるで俺の“やり方”が丸裸にされているかのようだ。
「……ならば!」
俺はA級アイテムの靴を使って、一気に高速移動しながら斬撃を試みる。
足を踏み込むと、風を切るように視界がブレる。
俺の身体が高速で玲司の背後へ回り込む形となり、剣を振り上げる――
「はっ!」
だが、その背後にはもう“玲司の幻影”が待ちかまえているのが見えた。
俺はマジックバッグに手をやり、素早く杖を引き出す。
【S++級アイテム:大魔導士スペシリアの杖】
種別:武器/杖
ランク:S++
説明:闇魔法と時空魔法の適性を最大限に高める。使用者の覚醒に応じて進化する。
「これなら……!」
杖を振り上げ、闇の魔力を練り込む。
黒い稲妻のようなオーラが杖先に集まるが……。
「読んでいるよ」
玲司の声が冷たく響く。
カウンターの一撃が飛んでくる。
「くっ……!!」
斬り込まれて、俺は即座に剣で受け止める。
「その杖は、覚醒していないとあまり効果はないんだ。そんなことも知らないんだな!」
右肩に激痛が走る。
攻撃が鋭く的確すぎるせいか、防御しても少しずつダメージを負ってしまう。
「君ごときが、スぺシリア・チルドレンだなんて……何かの間違いじゃないのかな?」
斬撃の合間、玲司が鼻で笑う。
俺は歯を食いしばりながら反撃を狙うが、すべて先読みされてしまっている。
まるで歯が立たない。
「覚醒した力も使いこなせていないようだし、ついこの間までFランクだったんだろう? 落ちこぼれにも程がある」
玲司の言葉が胸を抉る。
事実、俺がFランクだった頃の苦痛や恥辱が脳裏をかすめる。
けれど俺は必死にその感情を抑え、再び身構える。
(俺が落ちこぼれだったのは確か。でも、今は……)
手足が震えそうになるが、ここで折れては仲間たちやスぺシリアの遺志に申し訳ない。
そんなとき――
「天城さんは、おちこぼれじゃない!!」
突如、鋭い声が響き渡る。
視線を向けると、リンが強く拳を握りしめ、毅然とした表情で玲司を睨んでいる。
「天城さんは……私を助けてくれました。ダンジョンじゃ本当に頼りになる最高のストレンジャーです。あなたなんかに、負けるはずがない!」
リンの声には揺るぎない信頼と怒りが混じっている。
その姿を見て、俺の心がグッと支えられる気がした。
(リンさん……ありがとう……)
だが、玲司は“面白い”とでも言うように目を細め、冷酷な笑みを浮かべる。
「ほう……いいこと言うね。でもちょっと、うるさいかな」
そう言うが早いか、彼の幻影の一体が急にリンを狙って動き出した。
「リンさん!!」
俺の声が上ずる。
リンは咄嗟に防御体勢をとるが、S級覚醒者の幻影攻撃をまともに受ければ危険だ。
血が沸騰するような感覚。
悔しいが今の状況では、防戦で手いっぱいだ。
しかし、ここでリンまで巻き込まれたら取り返しがつかない――
「うおおおおお!!」
胸の底から湧き上がる熱量が、全身を駆け抜ける。
黒いオーラが大きく膨れ上がり、俺自身も危険な覚醒状態に近づくのを感じる。
闇に呑まれるリスクを抱えながらも、リンを守るためには力を解放するしかない。
体内で脈動する闇と光、二つの力が渦巻くように混じり、剣先が不規則な稲光を走らせる。
足元にクラックが入り、廃ビルのコンクリートが軋む音を立てる。
「なに……?」
玲司がわずかに眉をひそめる。
彼ほどの実力者でも、俺がここで解放した力には少し興味を示したらしい。
アクションRPGのような閃光が周囲に散り、幻影のいくつかが吹き飛ぶ。
それでも本体に届いたかは不明だが、確かな手応えも感じる。
「面白い。やっと少しは本気のようだね」
玲司の冷ややかな声が遠くから響き、再び幻影が生成される気配がある。
「どうした、天城蓮……やはり僕の《過去視》には勝てないか?」
玲司の口元が冷ややかに歪む。
過去視――かつて俺がゴミスキルと呼ばれながらも、努力によって得た力。
それを玲司は、より先に極めてしまっている。
(くっ……こっちの動きが全部読まれてるのを、どうにしかしないと……!)




