第二十話 廃墟の迷宮
目の前に広がるのは不気味な光を放つダンジョンゲート。その冷たい空気が肌を刺し、足元から全身に緊張が走る。廃墟の迷宮――初級ストレンジャー向けのD級ダンジョンとはいえ、ソロで入るのは初めてだ。
(初級とはいえ、危険はある……)
胸の中で呟く。これまでの俺はFランク。低ランクのストレンジャーがソロで挑むのは、無謀に等しい行為だ。
思い出されるのは、以前朱音を助けようとしてダンジョンに飛び込んだ時のことだった。あの時は、無我夢中で自分の身の危険など考える余裕はなかった。だが、冷静になれば、あの行動は明らかにありえない無茶だった。
(今回は違う。準備は整っている)
マジックバッグに手を伸ばし、中を確認する。進化させたアイテムたちが光沢を放ちながら収められている。それらは俺の装備の代表格だ。
【マジックバッグの中身】
1.【蒼炎の古杖】(Aランク/炎属性ダメージ+50%)
2.【天狼の槍】(Aランク/物理ダメージ+40%、スキル発動時追加ダメージ)
3.【紅蓮の宝石】(Aランク/炎属性付与素材)
4.【祝福の指輪】(Aランク/魔力+15%、体力自動回復)
5.【蒼狼の戦靴】(Aランク/移動速度+20%、ジャンプ力+30%)
「さて、装備するか」
俺はバッグからアイテムを取り出し、一つずつ装備していく。杖を右手に、槍を左手に握り、指には祝福の指輪をはめる。蒼狼の戦靴を履いた瞬間、その軽さに驚かされた。
(こんなに軽いのか……さすがAランク)
全身にAランク装備を纏い、改めて息を整える。
「行くぞ」
そう呟きながらダンジョンゲートをくぐった。
廃墟の迷宮はその名の通り、崩れた建物や瓦礫が広がるダンジョンだった。薄暗い空間に漂う湿った空気が鼻をつく。天井は低く、苔で覆われた壁が不気味に光っている。まるで時間が止まったような静寂が周囲を包み込んでいた。
最初の一歩を踏み出すと、蒼狼の戦靴の移動速度UP効果がすぐに発揮される。
「……速っ!」
想像以上のスピードで前に進み、自分の動きに追いつけず、そのまま壁に激突した。
「ぐっ……」
肩を押さえながら立ち上がる。だが、そのスピードは単なる速さを超え、次第に興奮へと変わっていく。
(これなら……もしかして、忍者みたいに壁づたいに走ったりできるんじゃないか!?)
憧れのクラス、忍者。かつて教科書で見たその敏捷性と壁走りのスキル。足元の靴があれば、それを再現できるのではないかという妄想が一気に膨らむ。
「やってみるか……?」
少しだけ助走をつけて、壁に向かって走る。スピードは十分、足の軽さも申し分ない――だが。
「うわっ!?」
壁に足をつけた瞬間、そのまま体勢を崩し、地面に尻もちをついた。
「……無理だったか」
肩を押さえながら立ち上がると、苔で汚れたズボンが視界に入る。溜息をつきながら服を払った。
(さすがAランクアイテム……俺にはまだ使い慣れないな)
小さく苦笑しながら進む方向を変える。瓦礫を踏みしめる音だけが響く中、動きの滑らかさに驚きながらも探索を進めた。
途中、瓦礫の山の中に朽ちた武器や防具の残骸を見つけたが、どれも使えそうにはない。それでも、こうして探索を続けるうちに、心の中に湧き上がるものがあった。
(……これがソロ探索か)
不安と期待が入り混じる中で、少しずつ自分のスキルと装備に自信を持ち始めていた。
「……あれは?」
進んだ先に、小さな箱が置かれているのが見えた。埃をかぶっているが、形状からして宝箱のようだ。周囲を確認し、慎重に近づいて蓋を開けると、中には錆びついた小さな指輪が入っていた。
【古びた指輪】
種別:アクセサリー/指輪
ランク:F-
説明:完全に魔力を失った装飾品。かつての魔法効果は不明。
「……これも使えるかも」
アイテムをマジックバッグに収め、再び歩き出す。通路の先で何かの気配を感じ、足を止めた。
(……誰かいる?)
目を凝らしながら歩みを進めると、奥から複数の目がこちらを睨んでいるのが見えた。
暗闇から現れたのは、青い肌を持つ小柄なモンスター――青ゴブリンだ。だが、それは一体や二体ではない。視界の端まで埋め尽くすほどの群れが、通路を埋め尽くしている。
「……マジか」
思わず声が漏れる。群れの先頭に立つ一体が牙を剥き出しにして咆哮を上げると、それに続いて他のモンスターたちも鳴き声を上げた。
その瞬間、以前朱音を助けるために飛び込んだダンジョンでの光景が頭をよぎる。あの時も目の前に立ちはだかったのは青ゴブリンだった。
【青ゴブリン】
種別:敵モンスター
ランク:D
HP:38/38
攻撃力:12
ダンジョン内で群れを成して行動する低級モンスター。敏捷性が高く、集団戦で冒険者を追い詰めるのが得意。
【スキル】鋭い牙:咬みつき攻撃で追加ダメージ
【スキル】重撃斧:斧を振り下ろして防御を貫通する
「……あんな数相手にするのかよ」
足がすくむ。朱音を助けた時は無我夢中だったが、今はその記憶が蘇り、恐怖が胸を支配する。
(でも……)
震える手を抑え、杖を構える。左手には槍を握りしめた。
「やるしかない……!」
全身に緊張が走る中、青ゴブリンたちがこちらへ向かって一斉に襲いかかってきた。




