第百九十七話 圧倒的な力
後ろには部下の男たちがニヤニヤしながら立っている。
追い詰められたストレンジャーの一人は、血を流した足を引きずりながら立っており、唇を噛みしめていた。
「……こいつら、ランクが違いすぎる……どうしろってんだ……!」
彼らはきっと協力してB級ダンジョンを攻略していた普通の冒険者なのだろう。
ランクAと思われる強者たちに囲まれ、絶望の淵に立たされている。
「しかたない……いうことをきいて、金とアイテムはすべて渡す。だから命だけは――」
一瞬の静寂――その間に俺は状況を見定め、口を開く。
「その必要はないですよ」
軽く声を上げると、PK集団の男たちが一斉に俺のほうへ目を向けた。
斧を構えたボスが嘲笑混じりに問う。
「誰だテメェ?」
彼の目は血走り、まるで獲物を見つけた猛獣のような迫力がある。
だが、俺は動じずに、あくまで静かに言葉を紡いだ。
「ダンジョン内でのPK行為は、冒険者ギルドの規約違反ですよ。そんな真似はやめてもらえませんか」
呆気にとられる一瞬。
だがすぐにボスは呵々と笑い出した。
「はぁ!? テメェ、命惜しくねえのか? 俺たちに逆らって、ただで済むと思うなよ」
「逆らうとかじゃありません。ここはモンスターと戦うための場所で、仲間同士が争うところじゃないはずです。いくら金やアイテムが欲しくても、こんな行為が許されると思わないでください」
冷静に返す俺を見て、ボスの不機嫌そうな表情がさらに歪む。
取り巻きの数人もこちらに武器を構え、威嚇してきた。
「うるせぇ!!」
ボスが吠え、猛然と斧を振りかざす。
闇色のオーラが彼の身体を包んだ。
【A級スキル:狂戦士化】
効果:短時間、攻撃力を大幅に上昇させる。
血管が浮き出るように筋肉が隆起し、ボスの瞳は狂気に染まる。
斧からは暗黒の刃のようなオーラが揺らぎ、狭いダンジョン内にドス黒い気配が充満した。
そのまま唸り声を上げて、俺めがけて突っ込んでくる。
「死ねえぇぇぇ!!」
振り下ろされる斧は、普通のストレンジャーなら即死レベルだろう。
だが――
「遅い」
俺はすっと横にステップを踏んでかわす。
その斧が地面を砕いて火花を散らすのを尻目に、軽く背後へ回り込んだ。
PKボスの目が驚愕に見開かれる。
さらに俺は素早く剣を掲げ、一気に斬りかかる。
【S級スキル:断罪剣・光刃剥奪】
効果:対象のスキルを打ち消し、ランクを下げる。
剣先に光が宿り、一瞬で相手の能力を封印する特殊な力。
敵の“狂戦士化”が無効化され、彼の身体から闇色のオーラが抜け落ちた。
同時に、物理防御も下がるため、俺の斬撃がダイレクトにボスを捉える。
「ぐあっ……!!」
相手はまるで紙くずのように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
そこまで息も止まるほど早い。
取り巻きたちは目を丸くし、震えながら後ずさる。
「な、なんだこいつ……強すぎる……!」
「やばい……逃げ……」
彼らは頭を掻きむしり、思わず後退し始める。
「命だけは助けてあげます。そのかわりに、金輪際、PKなんてしないと約束してください」
いままでの俺からは考えられないような、脅し文句。
しかし、今、この時、この相手になら有効だ。
俺が静かに彼らを注視すると、そのうちの何人かは「お、おいボス、退こうぜ」「あいつ相手はヤベェよ」と囁き合い、ボスを抱えて足早に逃げていった。
一方、助けを求めていたストレンジャーのグループはほっと息を吐き、地面に座り込むように崩れ落ちている。
一人の女ストレンジャーが「あ、ありがとうございます……」と呆然と口を開くが、その声はまだ震えていた。
「助かった、のか……」
息を呑むストレンジャーたちの視線が俺に集まる。
かつて俺が追い詰められる側だった状況もあるだけに、なんとも言えない感慨がある。
俺は肩の力を抜き、心の奥で呟く。
(今まで、俺は押さえつけられる側だった。PK集団に襲われたり、裏切り者に翻弄されたり……だけど)
いつからだろうか、こうして一瞬で相手を制圧し、人を助けられるくらい成長したのは。
古代ダンジョンの死闘や、仲間との絆――すべてが俺を鍛えてくれたからこそ、いま“人助け”ができる立場になったのかもしれない。
「えっ! まさか……天城さん……ですか? ありがとうございます、本当に……!」
一人の青年ストレンジャーが深々と頭を下げる。
どうやら俺の名を知っているようだ。何か噂で聞いていたのかもしれない。
周囲の仲間も一斉にお礼を言い、「命の恩人です……」と目に涙を浮かべている。
「皆さん、もう大丈夫そうですか? 早めにギルドへ報告したほうがいいですよ。PK行為の現場証拠もありますし、被害報告をきちんとしておけば、おそらく検挙に動いてくれるはずです」
そうアドバイスすると、ストレンジャーたちは「はい、分かりました」と頷き、怪我人を支え合って帰還の道を進み始める。
俺は剣を収め、軽く深呼吸をする。
今まで、俺は“襲われる”側だった。しかし今は、人を救えるほど強くなった。
その変化に、ほんの少し自信が芽生えると同時に、さらに先を目指す決意が固まる。
大きな脅威に立ち向かわねばならないのだから。




