第百九十二話 リナの萌え萌えビーム
そのスカートは絶妙な長さで、上半身には華やかなリボンやレースが飾られている。
ビデオ通話で見せられたことのある衣装に似ているが、実物は数倍破壊力がある。
「どう? 驚いた?」
「いや……驚いたっていうか、言葉が出ない……」
まさかリナがメイド服で登場するとは想像していなかった。
彼女は俺の戸惑う顔を見て、クスクス笑っている。
「実はここ、昔バイトしてた店なの。知ってた? 私、ダンジョン配信だけじゃなくて、インフルエンサーアイドル兼メイドもやってたんだ。今日は店長に頼んでスポット復帰しちゃった!」
「ま、まじかよ……」
周囲の客たちもざわつきはじめ、「え、あのメイドさんって」「まさか伝説のリナちゃんか!」「一度は引退したって聞いたのに……」などと大騒ぎになっている。
「えっと、ご注文は何になさいますか、ご主人様♡」
リナが可愛い声を出し、にこやかにメニューを提示する。
メニューには「萌え萌えドリンク」「キュンキュンパフェ」「うさ耳オムライス」など、名前だけで赤面しそうな料理が並ぶ。どれも頼みづらいが、仕方ない。
「じゃ、じゃあ……このドリンクでお願いします……」
指差した名前を読み上げる勇気がないので、メニューを突っつく。
「了解です! それでは、萌えビーム注入しま~す♪」
「え、ちょっ、あの……」
リナは手でハートを作り、くるりと回って「萌え萌え♡」なんてポーズをとる。
店内の客からは「うおお……!」と羨望の声が上がり、俺は恥ずかしさで死にそうになる。
(神様、俺何をしてるんだ……!)
それからオムライスやらパフェやらを頼み、リナが“メイドさん”としてお絵かきをしたり、萌え呪文を唱えたりするたびに、店は盛り上がる。
客の中にはリナの復帰を懐かしむファンもいて、「リナちゃんのメイドダンスがまた見られるなんて!」と興奮気味。
実際、リナは抜群のスタイルと歌声で、簡単なメイドダンスを披露してくれる。
「久しぶりだから、少し恥ずかしいけど……」
そう言いつつも、動きはキレッキレで客席を沸かせ、フリルが揺れるたびに拍手喝采が起こる。俺はといえば“ご主人様席”から見守る形だが、妙に心が落ち着かない。
(すごいな……彼女はやっぱり人気者なんだ。こんな場所でも一瞬で注目を集めるんだな)
ダンジョン配信のアイドルを兼務していたと聞いたことはあるが、これほどの破壊力とは思わなかった。
多くの男性客がスマホで動画を撮ろうとするのを店員が止めているのを横目に見て、俺は軽い眩暈を覚えるほどだ。
※ ※ ※
「ふう、楽しかった……!」
店を出るときは大きな拍手と歓声に見送られた。
リナは「ありがとうございましたー!」と手を振り、俺の腕を軽く引っ張って店外へ。
夜の帳が降りつつある新宿の通りに出ると、リナは笑顔でスキップしながら息を吐く。
「どう? 天城くん、私のメイド姿、可愛かったでしょ?」
「可愛いというか……うん、すごかった。圧倒された」
正直、破壊力が強すぎて心臓がまだバクバクしている。
ファンから向けられた視線も凄まじかった。
リナは「えへへ」と照れ笑いを浮かべ、「私は人気者だからね!」と冗談めかして胸を張る。
「マジで人気者だよな……尊敬します」
「ふふっ、ありがと」
新宿の雑踏を抜け、どこか静かな場所を求めて歩く。
リナが「少し遠いけど、いい場所があるよ」と提案し、少し電車を乗り継いで都内の高台にある公園へ向かった。
くこと数十分。
小さな門をくぐると、ひっそりとした公園が広がっていた。
都内を見下ろす丘の上に位置し、夕焼け空がビル群の向こうにオレンジのグラデーションを描いている。
「わあ……綺麗」
思わず息を呑む。夕日は地平線に沈みかけ、空を赤く染めている。
その光がリナを照らし、まるで映画のワンシーンのようだ。
リナは背伸びをしながら「やっぱりここに来ると落ち着く」と呟く。
「天城くん、今日はありがとう。メイド喫茶付き合ってくれて」
「いやいや、こちらこそ、楽しかった。ありがとう」
お互いに笑い合い、ベンチに並んで座る。
夕暮れ色に包まれる公園は人もまばらで、先ほどまでの喧噪が嘘のように静かだ。
俺たちの視線の先には、ネオンに光るビル群。
風がさわやかに吹き抜ける。
「そろそろ暗くなってきましたし、帰るか?」
俺がそう声をかけたとき、リナが急に立ち止まってこちらを振り返る。
「……ねえ、天城くん。ひとつお願いがあるんだけど」
「ん?」
リナが、ほんのり潤んだ瞳で俺を見つめる。
「……ダンジョン配信を、恋人同士って設定でやってほしいんだ」
「……はぁ!??」
「だって、ファンの人たちがそういうの見たいって言うんだよ。私のSNSでも“天城くんとカップル配信してほしい”ってリクエストがたくさん来てて……!」
「いや、いくらなんでもそれは……!」
「だめ? キミにはすごいファンが増えてるし、私も一緒に配信すれば絶対盛り上がると思うの」
リナが瞳を輝かせて懇願する。
彼女は明るい性格だが、こんなに真剣な顔でお願いしてくるのは珍しいかもしれない。
しかし俺には抵抗があった。
恋人同士という設定は、いろいろややこしくなる可能性が高いし、何より本人に悪い気がする。
「そ、そう言われても……そんな、簡単に恋人のフリなんて……」
「ほら、たとえば撮影のときに、手をつないだり、ちょっとイチャイチャしてみたり……ファンが喜ぶじゃん?」
「え、いや、それはいくらなんでも……!」
「ね、お願いっ♡」
リナは両手を合わせて“おねだりポーズ”をとり、小首を傾げて上目遣いしてくる。
……反則級の破壊力だ。
俺はダンジョンでどんな死線を潜ってもここまで追い詰められることはなかったというのに、まさに「バトルより手強い」状況に陥っている。
(どうする、俺……?)
風が吹き、夕日が少しずつ沈んでいく。
このあまりにもロマンチックなシチュエーションの中で、リナの一言が俺の頭をかき回す。
恋人のフリで配信――世間がそれを見たら、確実に大騒ぎになるだろう。
リナの瞳が不安げに揺れているのを感じ、胸が痛む。
(とりあえず、答えを出さなきゃ……でも、恋人のフリなんて……)
見上げるリナの表情は、まるで子猫が餌をねだるときのように愛らしいが、俺の心は大混乱だ。
そこにダンジョン配信という要素が加わり、実際にみんなが見られる映像として残ることを思うと、勇気が要る決断になる。
「……もしかして、私と一緒にいるの、嫌……?」
「そ、そんなわけない! 嫌じゃないよ!」
即座に否定する。
「じゃあ、ちゃんと考えておいて! 次会ったときに聞くからね!」
リナは、無理やり強制するようなことはせず、その場はこれで終わったのだった。




