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第百八十八話 朱音との屋上トーク


「でも、俺としては有名になりたいとか、興味がないんだ。仲間たちや、もういなくなった家族に自分の姿を見せられれば、それで十分」


俺はベンチの背もたれに身体を預け、空を見上げる。


実際、これ以上騒がれると、自由に動けなくなる面もあるし、何より疲れそうだ。


しばらく黙った後、朱音がふっと微笑んだ。


「うん、天城くんらしい。じゃあ私も、できるだけ天城くんが落ち着いて過ごせるようにサポートするね。SNSで騒ぎすぎる人がいたら、私が食い止めるよ!」


「……ありがとう。助かるよ」


「本当に、すごいことをやり遂げたんだよね……天城くん」


朱音が改まった口調で言うので、思わず俺は苦笑いを浮かべる。


「いや……目の前のことをこなしただけで……。それに俺だけでなく、仲間やイザナさんたちがいたからこそ……」


言いかけると、朱音はまっすぐ俺の顔を見つめる。


その瞳には、尊敬よりも切なさに近い感情が混じっている気がした。


「……どうした!?」


首を傾げる俺に、朱音は小さく唇を引き結んで、目に涙を浮かべ始める。


「よかった……本当に、無事で戻ってきて……」


「え……月宮さん……?」


驚いて言葉を失う。


朱音は瞳に溢れる涙を堪えきれず、ぽろぽろと零してしまった。


「ずっと心配だったんだから……天城くんが何度も死地に赴くって聞いて、毎日眠れなくて……」


嗚咽を漏らす彼女を前に、俺はどう言葉をかけていいか分からない。


戦いの最中、俺自身も死と隣り合わせの恐怖を乗り越えた。


でも、その間、こうして外で待っていてくれた人の存在がどれほど心配を募らせたか――思いを馳せると胸が詰まる。


「月宮さん……」


振り絞るようにして言葉を出す。そっと彼女の肩に手を置き、息をつく。


「ありがとう。俺のために、そんなに思ってくれて……ごめん、ずいぶん心配させちゃって」


「ううん……謝らないで。こうして帰ってきてくれて、本当によかった……それだけでいいの」


朱音は涙をぬぐい、微笑もうとするが、まだ声がかすかに震えている。


その姿に、俺は改めて「帰ってきた」ことを実感した。


壮絶だった中国やロシアでの戦い、海外遠征での死線――思い返せば、過酷な日々ばかりだ。


でも、こうして待っていてくれる人がいるからこそ、俺は戦ってこられたのかもしれない。


強い風が二人の間をすり抜けていく。


屋上には薄い雲の切れ間から光が差し込み、朱音の涙をかすかに照らしていた。


※※  ※


廊下へ戻ると、押しかけていた生徒たちは姿を消していた。


朱音が「ここから先は大丈夫だよね」と笑い、俺は頷く。


「あんな騒ぎはしばらく勘弁だな……」


朱音がクスッと笑い、「また話したいことがあるから、今度ゆっくり時間作ってね」と言い残して去っていく。


(日本に帰ってきたけど、俺の戦いは終わらない。むしろ、ここから先が本番なんだ。だけど、ここに戻れる場所がある――それだけで、前に進める)


と思っていると、ふたたび、生徒たちが押し寄せてきた。


「一緒にダンジョン行きましょう!」


「サインください!」


「訓練を見てください!」


――まるでアイドルの出待ちのような様相だ。


(……さすがにこれはやばい)


慌ててマジックバッグから蒼狼の戦靴を取り出し、さっと装着する。


【A級アイテム:蒼狼の戦靴】

効果:素早さを大幅に向上させる。


「すみません、みなさん! ちょっと今日は用事がありまして……また……!」


そう言い残すやいなや、俺は地面を蹴り、一気に加速して校門を突っ切った。


ただ風のように駆け抜けると、背後から「わあっ、速い!」「さすが古代ダンジョン制覇の……」といった感嘆の声が遠のいていく。


息を切らしながらも、なんとか難を逃れた。


※ ※  ※


自宅に帰り着き、ドアを閉めると同時に、ドッと疲れが押し寄せた。


(……なんとか逃げ切れた。けど、これから先ずっとこんな感じなのか……?)


気が遠くなる思いでリビングへ向かうと、スマホに複数の通知が届いているのを確認する。


「……どれだけ溜まってるんだ」


恐る恐る画面を開くと、仲間たち――大刀や霧島、白石、そしてイザナからのメッセージが並んでいた。


大刀『天城くん、無事に学校行ったか? 俺はようやく日本のメシを堪能してる。久々に寿司を爆食いしたぜ! やっぱり日本最高だな!』


霧島『今、アカツキ・ブレイドで歓迎会してるところ。みんな天城くんの帰りも待ってるぞ。久々に一緒に飲める日を楽しみにしてるよ』


白石『私は今日は家族との団欒をしてるわ。長い遠征を心配してたみたいだから、ちゃんと顔を見せて安心させてあげないとね』


イザナ『天城くん、政府への報告は滞りなく済ませたよ。記憶のオーブは国としても重要視している。今後正式な解析が行われるだろう。準備ができ次第、また会おう』


どのメッセージも、それぞれが日本での時間を満喫している様子が伝わってきて、思わず頬が緩む。


食事会や家族との再会……みんな、大切な人がいて、心配をかけていたんだろう。


しかし、彼らはメッセージの最後に一様にこう付け加えていた。


『藤堂のことは、忘れない』


その一言を目にした瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。


(藤堂さん……あなたが身を挺して守ってくれたおかげで、俺たちは最後のオーブまで手に入れられました。あなたの犠牲は決して無駄にはしない……)


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