第百八十七話 久しぶりの学校
久方ぶりに、ストレンジャー養成学校の正門を潜る。
古代ダンジョン四つを制覇し、あまりにも過酷な遠征と数々の死線を乗り越えた俺は、帰国してから少し落ち着きを取り戻した……はずだった。
だが、学校に戻ってきた瞬間、そんな甘い考えは一瞬で吹き飛んでしまった。
「天城くん、おかえり!」
「マジで戻ってきたのか……!?」
「四つの古代ダンジョンを踏破って、本当?」
校舎に入るや否や、あちこちから視線が集中して、声が飛んでくる。
まるで俺が有名芸能人にでもなったかのように、通り過ぎる生徒たちがざわめくのが分かる。
しかも、やたら人が多い。
どうやら俺が帰ってくるという噂が広がっているらしい。
再びゴタゴタに巻き込まれる予感が背筋をかすめる。
(……これは嫌な予感しかしない)
案の定、しばらくすると先生に呼び止められ、「天城くんが戻ってきたので、講堂で皆さんに顔を出してあげてほしい」と頼まれてしまった。
断るのは難しく、成り行きで受けることに。
そして今、講堂の壇上に立たされている――というわけだ。
講堂には学年を問わず多くの生徒が詰めかけていた。
壇上へ上がると同時に、教師がマイクで「本校が誇るストレンジャー、天城蓮が海外遠征からの帰還を果たしました!」と紹介し、割れんばかりの拍手が鳴り響く。
席からは口笛や歓声、さらにはスマホのカメラを向けられているのも見える。
華やかなライトに照らされるわけでもないが、人々の視線がスポットライトのように俺へ集中していた。
「天城くん……古代ダンジョン四か所を制覇なんて、すごいよな」「もはや伝説じゃない?」「まさか同じ学校にいるなんて……!」
もう秘匿情報もへったくれもあったもんじゃない。
ざわつく声が次々に聞こえてくる。
最前列を見ると、昔から仲の良かった朱音がニコニコしながら手を振ってくれていた。
彼女の笑顔に少し救われる気がする。
しかし、斜めに視線をやると、かつて俺をいじめていた城戸が目を丸くして呆然としていた。
(……うん、居心地が悪い)
「あー、みなさん、集まっていただきありがとうございます」
俺は、やったことのない人生初のあいさつを繰り広げる。
「この成果をだせたのも、ひとえに、みなさまの支援と、この学校での学びのおかげです。本当にありがとうございました」
……こんな感じでどうだ……。全然思ってないけど……。
といった調子で短い挨拶と質疑応答程度で、ようやくこの形ばかりの“歓迎”行事が終わり、俺は先生に礼を言って壇上を後にする。
やれやれと肩を回して廊下へ出たところで、今度は押し寄せる生徒たちが待っていた。
「天城くん! B級ダンジョン攻略を手伝ってもらえませんか?」
「ダンジョン研究会に入ってほしいんですが!」
「一緒に自主トレ見てください!」
あちこちから声がかかり、あっという間に取り囲まれる。
さらには「一緒に写真を撮らせてください!」という声、突然の「好きです!」という告白まで飛び出し、もうカオス状態だ。
写真やSNSの話が出るたびに、学園中から注目される事実を思い出し、胃がきりきりする。
「……す、すみません。ちょっと外の空気を吸いに……!」
何とか人混みをかき分けて校舎の出口へ向かおうとするが、その人数の多さは尋常じゃない。
それもそのはずだ。
古代ダンジョン四連覇の英雄が我が校から出た――そうなれば、目立ちたがり屋やギルド勧誘を狙う生徒たちが大挙するのも無理はない。
(さすがにやばい……誰か助けて……!)
そのとき、不意に手を掴まれる。
振り向くと朱音が「こっちへ!」という目配せで一気に人波を抜けて、階段を駆け上っていく。どうやらまたしても彼女に救われたようだ。
駆け込んだ先は屋上。
開放的な空間に出ると、強い風が髪を揺らし、さっきまでの喧噪が嘘みたいに静かだ。
彼女は、少しだけ笑顔を浮かべてベンチに座るように促す。
「天城くん、久しぶり」
俺はほっと息を吐いてベンチに腰を下ろす。朱音はそっと背後から「少しは落ち着けるでしょ?」と微笑む。
「うん、助かった。正直……さっきまで人混みに押されて、息苦しかったから」
「だよね。もう“学園の英雄”扱いだから」
朱音がクスリと笑う。
その笑みの中に、少し興奮の色が混じっているのを俺は見逃さない。
どうやら彼女も、俺の話を聞きたくて仕方ない様子だ。
そう思っていると、朱音はさっそく声を上げる。
「ねえ天城くん、海外遠征のこと、もっと詳しく聞きたい! ダンジョンで、どんな戦いをしたの? SNSでも超話題だし……」
「うん、そうだね、いろいろあったよ……」
こうしてしばしの間、俺はベンチに座って朱音に海外遠征で起きた出来事――ロシアのダンジョンでの大刀との連携、イザナの重力魔法、白石や霧島の活躍、それらをざっくばらんに語った。
途中で思い出すのは、アランやイワンとの闘いもそうだ。彼らとの死線が思い起こされ、朱音は身を乗り出して聞き入っている。
「……って感じで、正直ギリギリの戦いばかりだった」
言い終わると、朱音は目を輝かせながら感嘆の息を漏らした。
「すごすぎるよ、天城くん……まさか私の憧れのストレンジャーって、天城くんのことだったんだ……」
「え、憧れって……そんな、大げさな……」
俺は苦笑して手を振るが、朱音は全く勢いを緩めない。
「だってSNSでも“天城くんとコンタクトを取れる人”が大注目されてるよ? みんな“英雄の知り合い”って言われるとめちゃもてはやされてるみたいで……」
「マジですか……」
それはちょっと困る。
俺は華やかに目立ちたいわけでもない。
ただ、ストレンジャーとして“与えられた仕事をこなす”感覚で頑張ってきただけだから。




