第百八十六話 帰路へ
自分でもわかるほど、身体の周囲にまとわりつく黒い波動が段階的に薄れていく。
闇の力が引いていくにつれ、ちくりと痛むような後遺症を感じるが、体はまだ動ける。
重大な暴走も起きず、この力をある程度制御できたという手ごたえがある。
「天城くん……ついにやったな」
背後からイザナの声が聞こえ、振り向くと、大刀、霧島、白石といった仲間たちがこちらに駆け寄ってきた。
大刀は興奮を隠せない表情で、「まさかS++相当のモンスターを単独で……すげえな」と感嘆している。
霧島も苦笑混じりに「あれほどの竜を圧倒するなんて……」と肩をすくめている。
白石は「天城くん、本当に大丈夫なの?」と心配そうに近づいてくる。俺は微笑んで、軽く首を縦に振った。
「はい、何とかなりました……闇の力に飲まれずに済んだようです」
そう言うと、白石はホッと安堵の息を吐き、「よかった……」と笑顔を見せる。
イザナは淡々とした表情で地に崩れた霧竜王の最期を見つめ、「すごいな……。君がそこまで力を引き出せるとは、闇に堕ちる危険を承知の上で、よくやり遂げた」と言ってくれた。
(俺は……たしかに“覚醒”した。ゴミスキルと呼ばれた《過去視》も、大魔導士スペシリアの杖も、すべてがこの瞬間に繋がっていたんだ)
※ ※ ※
「天城くん、見て」
白石が指さした先には、朽ちた石の台座と記憶のオーブが静かに浮かんでいる。
最後の古代ダンジョンに眠っていた“記憶のオーブ”――これを手にすれば、日本団が探し求めてきた真相に近づくはずだ。
俺はオーブをそっと手に取る。
青白い光が手のひらで脈打ち、まるで呼吸をしているかのように感じられた。
「これで、古代ダンジョン……すべて踏破したな」
霧島が少し感慨深そうに言う。大刀は「疲れたけど、なんだかやりきった感があるぜ」と笑う。
イザナはオーブを見つめながら、「人類の脅威に立ち向かうための情報が、これですべて揃うかもしれない」と小さく呟き、視線をそっと俺へ戻した。
「天城くん、君のおかげでこのダンジョンも攻略できた。だが、闇属性との付き合い方はこれからが本番だ……気を緩めずにな」
「はい、イザナさん。今の俺なら、もう大丈夫です」
大魔導士スペシリアが最後に囁いた言葉――“実戦でどうにかせよ”――それはつまり、これから先の戦いが本番だということ。
覚醒した今の自分は、ゴミスキルだと笑われた《過去視》を、さらに高めていけるかもしれない。闇の力を使いこなし、真の“覚醒者”としての道を歩んでいくことになるだろう。
「さあ、戻りましょう。このオーブを持ち帰って……次のステージに備えなければ」
やるべきことは終えた。
視線の先で大刀が「帰ったらまた火鍋食いたいな」などと言い出し、霧島や白石が呆れ顔で笑っている。イザナもやれやれという表情で見守っている。
こうして霧の頂ダンジョンのボス、霧竜王の最終形態をも葬り去った俺は、仲間とともに帰路についた。
(ようやく……全ての古代ダンジョンを踏破した。あのゴミスキルと言われた《過去視》を極め、覚醒まで果たしてここに来たんだ……)
仲間たちと視線を交わし合い、全員が達成感に包まれている。
※ ※ ※
ダンジョンを脱出して外に出ると、麗江の山岳地帯の冷たい空気が肌に心地よい。
そこで待っていたのは、中国軍の兵士たち。
彼らがずらりと並んで俺たちを出迎えていた。
中にはストレンジャー部隊の面々も混じっている。
「おかえり!」
楊剣峰が笑顔で駆け寄ってくる。
その横では李剣豪が腕を組んで無表情に頷き、趙雪梅や陳嵐が小さく拍手をしていた。
「お前たち、すごいな……本当にボスを倒したのか……!」
楊剣峰が驚いた表情でこちらを見上げる。
「認めざるを得ない。まさか、ここまでやるとは……」
李剣豪が渋く呟き、趙雪梅も感嘆を隠さない様子。
「お疲れさま。あなたたちの実力、見事だったわ」
陳嵐が笑いながら加える。
霧島や白石も軽く会釈しつつ、イザナが静かに進み出る。
「さて……」
その場の空気を察したように、黄が前に出た。彼は日本団へ向けて深く頷き、「よくやった。あなた方の力には敬意を表します」と素直に称賛を送ってくれる。
「これほどの功績を成し遂げた君たちを、ぜひ北京に招待したい。国賓級の待遇で迎えよう」
黄がそう提案するが、イザナさんが手を軽く振ってそれを遮る。
「恐縮ですが……記憶のオーブをすべて揃えた以上、私たちはただちに日本へ帰らなければなりません」
黄の顔は残念そうな表情に曇るが、イザナさんは続ける。
「もちろん、解析した情報は必ず中国とも共有します。そこは協力して乗り越えましょう」
それを聞いた黄は大きく息を吐き、優しい笑みを浮かべる。
「そうか……それを聞いて安心した。今後も何かあれば連絡してほしい。私たちの力が必要になるかもしれないからね」
※ ※ ※
翌日、俺たちは中国の主要国際空港へと移動していた。
大きな滑走路には旅客機が行き交い、出国手続きに並ぶ人々の雑踏が広がる。
しばらく滞在した麗江の山岳や、ロシアとの国境地帯などを経て、ようやく本国へ帰れると思うと、なんとも言えぬ達成感が込み上げてくる。
(ようやく日本に帰れる……でも、これからが本当の始まりかもしれない)
これで世界中の古代ダンジョンを踏破し、全てのオーブが揃った。
だが、それがどういう秘密を解き明かすのか――“悪神”や“覚醒者”といった謎はまだ深いまま。
「天城くん、帰ったらゆっくり休んでね」
白石が隣で優しく微笑む。
俺は「はい、そうしたいんですが……まだ気持ちが落ち着かないんです」と苦笑いで答える。
「確かに。戦いが終わっても、俺たちにはやるべきことがあるからな」
霧島が腕を組みながら遠くを見つめ、思うところがあるようだ。
大刀は「ま、とにかく一度帰ろうぜ。考えることはいつでもできるしな」と笑い、イザナは一歩先を歩きながら静かに頷く。
決意を胸に抱きながら、俺はラストに振り返る。
中国軍の面々がまだ滑走路の端でこちらを見送ってくれている。
楊剣峰は笑顔で「また来いよ!」と手を振り、李剣豪や趙雪梅たちがうっすらと笑って頭を下げている。
俺も小さく手を振り返し、搭乗口へ向かう列へと足を進めた。
「……この旅も、もうすぐ終わる。だけど、本当の戦いは、これからが始まり――」
オーブを揺り動かすように掌の中で転がしながら、俺は闇の力との共存と、さらに先にある大きな脅威に思いを馳せていた。
期待と少しの不安を抱いて、飛行機のタラップへ足をかける。
日本の空港へ無事戻れるのも、そう遠くないだろう。その先には、新たなステージが待っている。