第百八十三話 覚醒者への道
霧の頂ダンジョン。
その最深部で、霧竜王と対峙した俺は、深く息をついた。
視界を支配する分厚い霧と、岩肌がむき出しの不安定な地形。
ボスモンスターの圧倒的な威圧感を放つその姿を前に、自然と手が汗ばんでくる。
(なぜ、俺はこの戦いを一人でやろうと思ったのか……)
胸の内に問いかけながら、剣の柄をぎゅっと握りしめる。
今ここで、その理由を確かめなければならない。
※ ※ ※
学校時代、俺は日常的に城戸に絡まれ、殴られ、蹴られ――それでも耐えるしかなかった。
当時はストレンジャー養成学校の中でも目立たない存在で、ゴミスキル《過去視》を笑われ、誰にも相手にされず孤立していた。
でも、そんな自分にも手を差し伸べてくれた人がいた。
明るく話しかけてくれた月宮朱音。
あの日……朱音が襲われたダンジョンに飛び込んだ俺は、ゴブリンの群れを前にただ逃げるしかできなかった。
恐怖に飲まれ、どうにもできず――だけどそのとき、《過去視》の可能性にも気づくことができた。
「ゴミスキル」と言われた力が、初めて俺を助けてくれた瞬間だった。
暁の刃に入団してからは、ますます高難度ダンジョンへの挑戦が増えた。
ダンジョン配信者のリナとも仲良くなり、リンとも共に戦った。「天城さん、無理は禁物ですよ」と声をかけてくれるリンの笑顔には、救われた。
イザナさんや大刀さん、霧島さん、白石さん――頼れる仲間たちと共に、古代ダンジョン三つも制覇した。
各国のS級ストレンジャー、アメリカのアランや、ロシアのイワンとの戦いで確実に成長している自分を感じ、いつの間にか“ゴミスキル”という言葉が遠いものになっていた。
あのとき感じた達成感は、今でも鮮明に残っている。
ゴミスキルと馬鹿にされていた俺でも、やり方次第でどんな相手にも通じるんだと確信を得られた。
しかし、その戦いの中で、俺は何度か“意識が飛んでいる”間に敵を倒していたことがある。
(あれは……俺が《覚醒》した瞬間だったんじゃないか……?)
頭のなかで、あのスペシリア――大魔導士の名前が浮かぶ。
過去視を使っているあのとき、まるで彼の記憶がデジャブのように重なっていた。
(これも、過去視の力によるものなのか? でも、もしかすると……)
イザナさんはこう言った。
『闇の力が君を飲み込もうとしている』と。
ならば――
(闇属性を自分で制御して、俺の心も、覚醒してみせる)
覚醒という未知の領域。
そのリスクと恩恵を自分で確かめるため、この戦いを一人でやり抜くと決めたんだ。
※ ※ ※
「自分自身の力を……コントロールしてみせる!」
俺は剣を強く握りしめる。これまで培ってきた全て――《過去視:極》も、仲間との絆も。全部をここで発揮してみせるんだ。
霧竜王が大きく口を開く。
霧がますます濃くなり、雷光がちらつくのを視界の端に捉える。
(来る……!)
俺は短く深呼吸し、鼓動を落ち着かせる。
数々の戦闘を思い出し、今の自分を信じる。
アランとの死闘、イワンとの極寒戦……朱音やリナの声援、リンの助言、イザナたち日本団との連携――全てが俺の力になっている。
「試してやるよ……俺の覚醒を!!!」
竜の口から吹き出す濃霧と雷の混じったブレスが、轟音を伴って襲いかかる。
だけど俺は、ほんの恐怖さえ力に変えるように足を踏み込んだ。
剣の柄を握る手が震えるが、それは気負いじゃない。
覚醒という壁を越えられるか――それを自分に問いかける高揚感だ。
「さあ、かかってこい! ニンゲンよ!!」
【S+級スキル:霧の支配者】
効果:ダンジョン内の霧を自在に操り、敵の視界を完全に奪う。
霧竜王の咆哮に呼応するように、あたり一面が濃密な霧に包まれた。
さっきまでぼんやりと見えていた地面も、もう真っ白な霧のカーテンの裏側。
足元も手元も視認できず、まるで闇夜の中に放り出されたようだ。
「……消えた?」
周囲には竜の姿どころか、何も見えない。
こんな状況に陥れば、多くの冒険者は恐怖に飲まれ、逃げ道を求めて右往左往するだろう。
しかし、
(今の俺なら……大丈夫だ)
静かに息を整え、精神を統一する。
脳裏に浮かぶのは、いくつものダンジョンや対戦相手との死闘。
そして何より、俺自身が“一瞬意識が飛んだ状態”で敵を倒していたという不可解な現象……。
例えば、ドイツのダンジョンで戦った闇の魔王――あのとき俺は確かに死の瀬戸際に立たされていた。
だが意識が飛んだ後、気づけば俺が勝利を収めていた。
また、ロシアダンジョンでは藤堂を失った悲しみの中で意識が朦朧となり、気づけば自分に似つかわしくない力を引き出していた。
何度も振り返っても、あの瞬間だけ記憶が曖昧だ。
(あれこそが……“覚醒”の力だったんじゃないか?)
自問自答を繰り返すうちに、頭の奥に奇妙な声が響く。
《よくぞ、ここにたどり着いたな》




