第十八話 《アイテム進化》への気づき
「……朝?」
目を覚ますと、部屋の窓から射し込む朝日が眩しく、目を細めた。机に突っ伏したまま寝落ちしていたようで、全身が重い。時計を見ると、既に登校時間ギリギリだった。
「やばい、急がなきゃ!」
俺は慌てて制服を着て鞄を掴むと、部屋を飛び出した。
学校に着くと、昇降口で城戸とばったり鉢合わせた。彼はこちらを見て一瞬足を止めるが、何も言わずに目を逸らし、そのまま別の通路へと消えていく。
(何か言いたそうだな……)
そう思ったが、俺も彼に特に用はない。模擬戦の時点で決着はついている。彼が転校しなくても構わないし、これ以上害を与えてこないならそれでいい。
(もう関わらなければ問題ない)
そう思いながら教室に向かうと、席に着いた瞬間、生徒たちが一斉に俺の周りに押し寄せてきた。
「おい、天城! あのマジックバッグ、どこで手に入れたんだよ!」
「蒼炎の杖だっけ? あんなのダンジョンドロップしたのか?」
「まさか、アイテムショップで買ったとかじゃないよな!? 値段的に無理だろ」
口々に質問を投げかけられ、俺は圧倒されながらもどうにかはぐらかそうとする。
「えっと……まあ、運が良かったというか、そんな感じで」
「そんな感じってなんだよ!」
「具体的に教えてくれって!」
迫る生徒たちに困惑していると、朱音がスッと前に出てきた。
「もういいでしょ? 天城くんにこれ以上詰め寄ったって、答えたくないこともあるんだから」
その言葉に、生徒たちは渋々ながらも引き下がった。朱音は振り返り、俺に話しかける。
「大丈夫?」
「ああ、助かったよ」
俺が視線で感謝を伝えると、朱音は口を動かして「貸し、ひとつだからね」と言い、ウィンクしてみせた。
学校が終わり、家に帰ると、俺は机に向かって再びスキル《過去視》の準備を始めた。机の上には、山盛りのゼリー飲料とエナジードリンクが並んでいる。これで徹夜する準備は万端だ。
「さて、やるか」
ジャンク商店から持ち帰ったアイテムを次々と並べ、手に取る。目の前にはそれぞれのウィンドウが浮かぶ。
【砕けた宝石】
種別:素材/宝石
ランク:F-
説明:かつては高級な装飾品に使われていた宝石だが、現在は破損している。用途は不明。
【付与効果】なし
【ひび割れた剣】
種別:武器/剣
ランク:F-
説明:刃がひび割れ、完全に折れている。かつては高級品だったが、今は錆びついている。
【付与効果】なし
【欠けた指輪】
種別:アクセサリー/指輪
ランク:F-
説明:表面が磨耗し、魔法効果が完全に失われている。かつては何らかの祝福を受けていたと推測される。
【付与効果】なし
俺は一つずつ手に取り、スキルを発動する。視界が歪み、1秒前の姿が見える。
繰り返すたびに、アイテムの表面が変化し始め、やがて本来の姿が浮かび上がる。
【紅蓮の宝石】
種別:素材/宝石
ランク:A
説明:かつての力を取り戻した魔力の宿る宝石。武器や防具の強化に使用可能。
【付与効果】炎属性付与
【聖剣エクレール】
種別:武器/剣
ランク:A
説明:光属性の魔法を込めた剣。攻撃範囲が広く、魔法を併用した高威力の一撃を繰り出すことが可能。
【付与効果】光属性ダメージ+60%、追加範囲攻撃
【祝福の指輪】
種別:アクセサリー/指輪
ランク:A
説明:かつての魔法効果を取り戻した指輪。装備者の魔力を高め、体力の自然回復を促す力を持つ。
【付与効果】魔力+15%、体力自動回復
【蒼狼の戦靴】
種別:防具/靴
ランク:A
説明:素早さとジャンプ力を飛躍的に向上させる魔法の靴。軽量で耐久性が高い。
【付与効果】移動速度+20%、ジャンプ力+30%
「よし……これで五つ目だ」
進化したアイテムの詳細をメモ帳に書き留める。スキルを発動してはメモを繰り返し、アイテムの数は次第に増えていく。
(しかし、レアアイテムばっかりじゃないか……凄すぎないか?)
俺は単純作業をしながら、驚きを隠せないでいた。
(アイテム屋のジャンク品にこんなにすごいアイテムばかりがあるわけない)
やりながら、次々疑問が湧いてくる。
(もしかしたら、まさに《進化》ってことなのか……? 全く別のアイテムに変化している……?)
《過去視》、《過去視》、《過去視》……。
(だとしたら、この進化にも、何か別の法則性があるのかもしれない)
傷んだ箇所やダメージ具合が異なるアイテムが、それぞれ別の進化を遂げる様子を見て、スキルツリーのような構造を思い浮かべた。
(例えば……この剣のひび割れが、特定の進化ルートを決めるトリガーになっているとしたら? それなら、それぞれの進化ルートをメモしておく必要があるな……)
頭の中で仮説が膨らむ。だが、その考えを抱きながら、俺は手を止めた。
「でも……なんで《過去を視る》だけで、アイテムが進化するんだろう」
《視る》だけで、現実が変化していく――その現象に、俺は漠然とした疑問を抱いた。
「ただ、《視えた》だけなのに……」
その時だった。頭の中で低く、けれど確かに声が響いた。
《いずれ、お前にもわかる時が来る》
「……誰だ?」
顔を上げるが、部屋には誰もいない。ただ、消えかけた声の余韻が静かに漂っていた。
(今の……なんだったんだ?)
戸惑いを抱えながらも、俺は再び机に向かい、最後のメモを取り終えた。
進化させたアイテムの数は三十を超えていた。
「これだけあれば……」
机の上に並べられたメモとアイテムを見つめながら、俺は静かに呟く。
「Fランクのストレンジャーでも、これなら戦える」
胸の奥から湧き上がる感覚に、自然と拳を握りしめる。足手まといのダメ生徒とは、もう言わせない――そう心に誓った。
「次は……ソロでのダンジョン探索だ」
そう独り言ちて、俺は決意を胸に翌朝冒険者ギルドの前に立っていた。