第百七十四話 《未来視》の使い手
中国軍が4連敗し、滑走路の空気が一気に沈み込んでいた。
先ほどイザナさんが李剣豪を圧倒し、勝負を決めた瞬間、観衆たちは呼吸すら忘れたように凍り付き――やがて、呆然としたざわめきへと変わっていく。
人民軍の兵士たちからも意気消沈が伝わり、部隊長の黄は動揺を隠せない様子で、拳を握りしめながら静かに俯いていた。
「な、なんということだ……」
黄が低く呟いたその時。
滑走路の端から、まるで光も音も切り裂くように、一人の男が前へ進み出る。
「情けないな、黄隊長」
その声には鋭い切れ味があった。若干18歳――まだ少年といっていい年齢でありながら、中国S級ストレンジャーとして名を馳せる楊剣峰。
彼はまるで本来の指揮官であるかのように堂々と黄を一喝した。
年齢に似合わない落ち着きと、自信に満ちた視線に圧倒され、黄は言葉を返せずただ固まっている。
「敗北は敗北。それを受け入れるのが兵士の役目でしょう?」
周囲の兵士たちがざわつく中、楊剣峰は俺のほうに向き直った。
そして、意外にも深々と頭を下げる。
静まり返った滑走路に、彼の静かな声が浮かび上がるようだった。
「最後に、俺と戦ってくれないか」
彼の謙虚ともいえる態度に、場は一瞬だけ静寂に包まれる。
俺は少し驚きながら、しかし戦意を示さねばならない立場として、気を引き締めて頷いた。
「……わかりました」
ここまで勝ち続けてきた日本団の代表として、この戦いを避けるわけにはいかない。
陳嵐や李剣豪のような猛者に勝ってきた今、もう一人のS級が相手となれば、正々堂々受け止めるしかないのだ。
楊剣峰はかすかに微笑んだ。
「ありがとう」
そう言って、じっと俺を見つめた。その眼光はただ者ではない。
息を飲んだ俺に向けて、楊剣峰は言葉を続ける。
「キミと戦いたかったんだ。面白いスキルをもっているようだからね」
「え?」
「キミのスキルは、時間を超えて、事象を垣間見ることができるスキル……そうだろう?」
「……なんでわかったんですか……?」
俺は驚きに声を詰まらせる。
《過去視》というゴミスキルと呼ばれている俺の力――それを知る者は少ないはずだ。
日本では、『暁の刃』で話題になっていたり、俺の学校ではダメなスキルとして知れ渡ってはいるものの、ここ中国で広まっているはずがなかった。
だが、楊剣峰は口元に笑みを浮かべ、まるで当然だと言わんばかりに告げる。
「ふふ……それはね、俺もキミと同じようなスキルをもっているからさ」
「同じような……スキル?」
「ああ。そのスキルで、俺は『未来でキミがそのスキルを使っている姿』を見たんだ」
「な……!」
俺は驚愕する。
「未来で、だって……!?」
衝撃で言葉を失う俺。
その視線を受けながら、楊剣峰はあくまでも涼しげな表情を崩さない。
「そう。俺のスキルは《未来視》。キミの《過去視》が過去を映すなら、俺は未来を見通すことができる。いわば上位互換というわけだよ」
(未来視……だと!?)
俺は息を呑んだ。
《過去視》というゴミスキル――過ぎ去った出来事しか見えないのと対照的に、彼の力は未来を先取りし、事前に対策を立てられる。
そんなスキル、まさに理想の力じゃないか。
(未来視なんて、どうやって勝てばいいんだ……? 俺の行動が全部読まれてしまうなら……!)
緊張に拳が震えたが、仲間たち――イザナさんや大刀さん、霧島さん、そして白石さんが見守っている姿を思い出し、俺は気持ちを奮い立たせる。
(何が未来視だろうと、勝つしかない……!)
※ ※ ※
「さあ、はじめようか」
楊剣峰が槍を構える。
(くっ……。やるしかない……! だったら……!)
「先手必勝!」
俺は心の声とともに、蒼狼の戦靴の効果を発動させる。
【A級アイテム:蒼狼の戦靴】
効果:素早さを大幅に向上させる。
(これなら、初動は間違いなく取れる!)
身体が一気に軽くなり、風を切るような感覚に満たされる。
俺は地を蹴って一気に加速し、楊剣峰へ近づいた。
背景で観衆が「速い……!」と声を上げるが、すでに俺の耳は集中で閉じられている。
「速いね——」
楊剣峰が微笑みながら、何かを言い終わらないうちに、俺は姿を消すように高度な跳躍を使い、空高く飛び上がった。
(空中から狙う!)
「むっ!!」
彼が即座に反応するが、俺はもう断罪剣を構え、スキルを発動している。
【S級スキル:光刃剥奪】
効果:敵のスキル効果を打ち消し、ランクを下げる。
「これで——!」
俺は一気に斬り下ろそうとした――はずなのに。
「……遅いよ」
背後から冷静な声。
「え……なっ……!?」
空中で振り向くと、そこにはまさしく楊剣峰の姿があった。
先ほど“上を狙う”と言っていたのに、彼がすでに俺の背後を取っている。
(そんな……どうやって!?)
「言っただろう? 俺は未来を見る、と」
気配がふわりと揺れる。
ドンッ!!
楊剣峰の手にした槍が、俺の身体を横から強烈に撃ち抜くように衝撃を与えた。
「がああっ……!」
俺はたまらず地面へたたきつけられ、ゴロゴロと転がってしまう。
滑走路のコンクリートが削られ、痛みが全身を貫く。
でも、仲間たちの声が耳に届いてくるのを感じる。
「天城くん!」
大刀や白石の悲鳴が聞こえ、イザナや霧島も焦っているようだ。
(どうする……! どうやってこの“未来視”に勝てる……?)




