第百七十三話 圧倒的な実力差
俺の胸が震える。
この圧倒的な支配力は、過去に何度かイザナが本気を出したのを見たことはあるけれど、ここまで直接的に“敵を無力化”する場面は初めてかもしれない。
霧島、大刀、白石――仲間たちも、痛む身体を支えながらその光景に息を吞んでいる。
彼らにとっても、改めてイザナのすさまじさを目の当たりにする瞬間なのだろう。
イザナがゆっくりと歩を進める。
「ぐっ……くそっ……!」
押しつけられた李剣豪が苦悶の声を上げる。九環刀は落ち、金属リングがカラカラと寂しい音を立てるが、彼はそれを取り戻すことすらままならない。
イザナは静かに歩み寄ろうとしている。もう勝負は決まったかに見えた、その時――。
「まだだ……! こんなもので……俺が負けるわけがない……!」
苦しげに声を絞り出しながら、李剣豪がその場にうずくまりつつも何かを呟く。
見えないほどの魔力が肌を刺すように感じられ、滑走路に緊張が走った。
彼の体がうっすらと光を帯び、筋肉が隆起するように膨れ上がっていく。
重力魔法により、まったく動けなかったはずなのに、ひび割れた地面をバリバリと踏みしめながら力を込めているのがわかった。
「なに……?」
イザナが小さく首をかしげた刹那、李剣豪のオーラが一気に高まった。
まるで身体の奥底から魔力とパワーを引きずり出したかのように、重力の束縛を押し返しはじめる。
「ぬ……ぬおおおっ……!」
凄まじい気合いとともに、李剣豪が体をねじり上げ、重力制圧の魔力を振りほどこうとしている。
先ほどまで見えない壁に縛られていた彼の動きが、じわじわと解放されていく。
「嘘だろ……あの重力魔法を……!」
俺は思わず息を呑んだ。
周囲の仲間たちも衝撃に目を見張る。
まさか、イザナの重力を力ずくで振りほどくなんて……。
「ぐはっ……やっと動ける……! これが、俺の“力”だ……!」
歯を食いしばり、体の震えをこらえながらも、李剣豪は九環刀を拾い上げると、かすかに残っていた魔力をさらに開放する。
その気迫は尋常でなく、滑走路のコンクリートがビリビリと震えだし、遠巻きの中国兵士たちが「李剣豪さま、やはり……!」と湧き立つような声を上げる。
「教えてやろう……これが俺の奥義だ……!」
李剣豪が九環刀を高く掲げ、柄に連なるリングがジャラジャラと不気味な音を立てる。
そこに魔力の渦が巻き込み、刀身に稲妻のような光が宿っていった。
【S級スキル:天剣魔轟】
効果:九環刀に膨大な魔力と剣気を纏わせ、遠距離にも及ぶ斬撃波を連発する。防御を貫き、対象に強烈な衝撃を与える。
「俺の天剣魔轟に耐えられた者などいない!」
李剣豪が咆哮を上げながら、九環刀を振る。
すると空を裂くような鋭い斬撃波が、何重にも重なってイザナへ飛んでいく。
ドゴォン!という音とともに滑走路がえぐれ、砂煙が巻き上がる。
その破壊力たるや、今までの李剣豪の攻撃をはるかに上回っていた。
「くらえぇぇぇ……!」
李剣豪が再び刀を振る。斬撃波が連発され、遠距離のイザナへ次々に襲いかかる。
一本だけでも相当な威力だろうに、短い間に何本も繰り出され、滑走路がズタズタに裂けていく。
しかし、それらの斬撃がイザナに届く前に、空間が歪むような波紋に包まれ、まるで大気そのものに飲み込まれるように消えていくのが見えた。
「なっ、なんだと……!?」
李剣豪が目を見開く。
あれほど強烈な斬撃波が、イザナに一切届かない。むしろ近づくたびに空間が歪み、突っ込む先で力を失っていく様子は、信じがたい光景だ。
「どんな攻撃も、私の重力の前では……無力だ」
イザナが低く呟く。
先ほどは束縛に留まっていたのに、今度は“重力”を使って斬撃自体を吸収、あるいは弾いているのだろうか。
スキルを連発している李剣豪が焦燥をあらわにするほど、その攻撃が一切通用しない事実が浮き彫りになっていた。
「くそ……天剣魔轟が通じないなんて……そんな……!」
彼はさらに刀を握り直し、新たな斬撃を叩き込もうとするが、その全てが空間に呑まれるようにかき消される。
滑走路の中央で、イザナさんは微動だにしない。
まるで皇帝のような風格で、李剣豪の攻撃を“無かったこと”のように処理している。
観衆が目を剥き、黄が信じられないという表情で頬を引きつらせている様子が見えた。
「……力ずくで重力を解いたことは評価しよう」
イザナが小さく息を吐きながら、李剣豪に向かい合う。
すでに李剣豪の攻撃は何度も放たれたが、そのどれもが届かず、荒い息をつくしかなくなっている。
「けれど、どんなに力を振り絞ろうとも、重力に逆らう攻撃は存在しない。あなたの天剣魔轟――確かに見事な斬撃だったが、私には通じない」
冷然と告げるイザナの言葉に、李剣豪は歯ぎしりしているようだった。
イザナが手をかざす。それだけで空間がまた歪み、李剣豪の足元に“重力”が凝縮されたような影が広がった。
ドン!!
地面を揺るがすほどの衝撃音。
イザナが重力の力を集中させて李剣豪を押し込み、まるで空中から地面へ強引に叩きつけるように押し込んだ。
滑走路のコンクリートがメリメリと裂け、李剣豪の体がそこにめり込む形となる。
「ぐあっ……!」
最後の叫びを上げた李剣豪は、そのまま気を失ったように動かなくなった。
周囲からは悲鳴や驚愕の声、そして動揺が大きく波紋のように広がっていく。
黄や中国兵士たちは唖然として、誰もが次の言葉を失っている。
「……イザナさん……すごい」
俺は、胸が震える思いでイザナの背中を見つめていた。
(圧倒的だった……どんな攻撃も通じないなんて。これがイザナさん――日本団のリーダーにして真のS級ストレンジャーの力……!)
イザナは砂塵が舞う中、静かに立ち上がるとこちらを振り返り、
「終わったよ、天城くん」
と小さく微笑んでみせた。その微笑には、絶対的な自信と、俺たち仲間を信じる誇りが詰まっているように感じた。




