第百六十八話 勝利
「ふん、無駄って言わなかったかしらぁ!!」
趙雪梅が再び、炎を取り込もうと手を広げる。
ゴォォォォォッ!!
轟音とともに、2種類の炎が彼女を包み込む。
しかし、一瞬でそれらは【魔力吸収】でかき消される。
……が、
「まだまだぁ!!」
あたしは、魔法の詠唱を止めない。
趙雪梅へ、あたしの最大魔法を、ぶつけ続ける!!
「くっ……!!」
趙雪梅は、今もなお、自身のスキルで、あたしの魔法を吸収し続けているが、あたしが魔法行使を止めないことに動揺を隠せないようだ。
どんどん、行くわよ!!
無尽蔵の魔力と、それを吸収する力の勝負!!
※ ※ ※
炎の奔流が趙雪梅を襲い、それを彼女が受け止め続け、どれくらい経っただろうか。
「はあああああああっ!!」
「くうっ……!! お前、まだ……!! どこまで魔力が持つんだ!?」
焦る趙雪梅。
「あなたが倒れるまでよ!!」
ズキッと、脳内で痛みが走る。
魔力のコントロールが、ブレはじめてきた。
でも……負けない!! あたしは……あたしと『仲良く』するんだ!!
その瞬間、趙雪梅が爆風で後ろへ大きく吹き飛ばされた。
「きゃああああああっ!!」
ついに、【魔力吸収】の閾値をこえ、炎をすべて吸いきれずに暴発したのだ。
観衆が思わず後退し、「まじか……!」「趙雪梅が……」と口々に騒ぎ始める。
※ ※ ※
熱波がやや収まった頃、あたしの視界には荒い息をついて立ち尽くす趙雪梅が映る。
彼女の服は焦げ、腕には火傷の跡が見える。流星錘は地面に落ちており、鎖が半分焼けて切れているようだ。
「はぁ……はぁ……っ……」
あたしも体力を大きく消耗し、足元がふらつく。
けれど、ここで息切れして倒れてはダメ。
師匠の死や過去の後悔を乗り越え、無限の魔力を制御して戦うと誓ったのだから——。
「これで……!」
声を震わせながら、あたしは最後の火球を彼女へ向けて放つ。
趙雪梅はよろめきながら魔力をかき集めようとするが、もう間に合わない。
火球が彼女の足元で爆発し、彼女はたまらず膝をついて崩れ落ちる。
「ぐ……あ……」
小さな呻き声とともに、彼女の意識が途切れかけているのがわかる。
(あたしの勝ち……)
焔に覆われた空気がゆっくりと冷めていく中、あたしは軽く火の粉を払い落とすように動いた。
周囲の兵士たちや仲間たちが一斉に声を上げ、歓声と動揺が入り混じる。
観客席のほうでは、大刀が「よっしゃあ!」と叫び、霧島が静かにガッツポーズを取っているのが見えた。
天城やイザナも表情を和らげ、ほっとした息をついている。
あたしは、かすかに微笑んでみせるが、全身に疲労がたまっているのを実感する。
※ ※ ※
「負けた……ですって……?」
趙雪梅が地面に手をつきながら悔しそうに呟く。
あたしがそっと視線を向けると、その瞳にはまだ敗北を認めたくないプライドが伺える。
鎖の焼け焦げた匂いと、魔力の残留する熱気が辺りを満たしており、彼女の周囲には誰も近づけないような雰囲気がある。
それでも医療スタッフらしき兵士がやってきて、彼女を担架へ乗せようとする。
彼女は必死に抵抗しようとしたが、体が動かず苦悶の表情を浮かべるだけだった。
「あなた、強かったわ……」
そう呟いて、あたしは熱くなる肺を必死に落ち着かせる。
(過去のあたしだったら、コントロールを失って暴走していたかもしれない。でも今は——仲間とあの人の教えが、あたしの力を支えてくれる)
周囲の歓声やどよめきは、先ほどとは違う色を帯びている。
黄ら上層部の顔に困惑が見て取れる。
あたしが大きく息を吐きながら仲間のもとへ歩み出すと、イザナが静かに頷き、霧島、大刀が「さすが白石!」と大喜びしているのがわかる。
「……ありがと、みんな……ごめん、ちょっと疲れた」
そう言いながら、あたしはふらりと足元を揺らがせるが、大刀がさっと支えてくれた。
「大丈夫か?」と彼が気遣う声をかけ、あたしが笑みを返すと、そのまま仲間たちと一緒に少し下がる。
(師匠……やっと、ここまで来ました。あなたの命を奪ってしまったあの日から、あたしはずっと悩んできたけれど……)
空を見上げると、熱気が空に溶けるように消えていく。
(今のあたしなら、きっと、無限の魔力だって正しい形で使い切ることができる——)




