第百六十二話 大刀少年を救ったストレンジャー
これは、俺――大刀 鋼の幼少期の記憶。
村を襲う惨劇は、まるで悪夢のように突然訪れた。
それまで俺の故郷だったあの小さな町は、山あいにひっそりと佇み、春には花が咲き乱れ、秋には穀物の収穫を祝う——そんな穏やかな場所だった。
子どもの頃の俺は、毎日が遊び場の延長のようなものだった。
朝にはにぎやかな鳥の声で目を覚まし、畑や川を駆け回っては日が暮れるまで友達と遊び尽くしていた。
母さんはいつも「早く帰ってきなさい」と言ったけれど、夕焼け空が赤く染まるまで帰らないのが当たり前。
父さんは「元気が一番だ」と笑っていて、家族3人で食卓を囲むときの幸せを、心から当たり前だと信じていたんだ。
しかし——そんな平和は、ある夜の出来事ですべて崩れ去った。
あの日、山奥に突然出現したダンジョンゲート。
そこから突然大群のモンスターが押し寄せてきた。
本来、ダンジョンゲートは都心部にしかまだ出現していない珍しいものだった。
だからこそ、完全に大人たちも油断していた。
こんな田舎の町の付近に、ダンジョンが現れるわけないと。
最初は夜の闇を裂くような咆哮が聞こえた程度で、何が起きているか分からなかった。
けれど、次の瞬間には町の外れの家々が燃え上がり、獣じみた雄叫びや、人々の悲鳴が耳をつんざいた。
「なんだ……何が起きてるんだ……!?」
父さんは慌てて外に飛び出し、母さんは俺を抱きしめて「絶対に離れちゃだめよ」と繰り返す。
俺もそれを聞きながら、胸がドキドキして不安でたまらなかった。
それでも、まだ「外で火事でも起きただけかもしれない」「町のみんなで力を合わせれば何とかなる」と、浅はかに思っていた。
ところが、窓からちらりと見えたのは、異形の影——巨大な牙と爪を持つモンスターたちが、町を蹂躙している光景だった。
家が燃え、悲鳴がかき消され、地面に倒れ伏す人々。
その地獄絵図を目の当たりにして、俺はもう呼吸すらうまくできなくなった。
母さんといっしょに部屋の隅に隠れ、ただ震えるしかなかった。
「母さん、父さん……」
それでも父さんは家族を守るために必死で外へ飛び出して行った。
母さんも「落ち着いて、絶対に大丈夫だから」と俺に言い聞かせ、戸口を固く閉め、押し入れで身を縮こまらせた。
ドンドンという強烈な衝撃が家に伝わり、窓が割れる音が響くたびに、俺は声も出せずに怯えるしかなかった。
やがて、家の柱が悲鳴を上げ、天井が崩れ始める。
「っ……助けて……!」
母さんの声もむなしく、破片が降り注ぎ、俺たちはバラバラに転倒した。
気づけば母さんの姿が見えない。
どこかで悲鳴が聞こえた気がするけど、何も分からない。
どうにか立ち上がり、外へ逃げ出そうとしたが、出口の先に待ち構えていたのは、血走った目をした獣型のモンスターだった。
灰色の毛並みと裂けた口から覗く鋭い牙。その唸り声を耳にした瞬間、恐怖で身体が石のように動かなくなった。
両親に会いたい、でもどこにいるのか分からない。
モンスターがこちらを見据え、凶暴な爪を振りかざそうとしたその時——。
眩いばかりの閃光がモンスターの体を掠め、鋭い断末魔の悲鳴が上がった。
「おっと、ここは通さねえよ」
聞き慣れぬ男の声。
振り返ると、そこには一人のストレンジャーが立ちはだかっていた。長いマントを翻し、大剣を片手で握った堂々たる姿。
その大剣の刃には、まだ血糊や獣毛がこびりついている。
モンスターを一撃で仕留めたのだと、一目で分かった。
「おい、ぼうず。大丈夫か?」
彼は俺を気遣うように、素早く駆け寄ってきた。
近くで見ると背が高く、身体中には戦いでついた傷や汚れがあるが、彼の眼は強い意志の光を宿している。
怖いはずの光景なのに、なぜかその背中がとても頼もしく思えた。
「怪我してないか?」
「……だ、大丈夫……です」
震える声しか出せなかったが、そのストレンジャーは安心させるように微笑み、振り返ってモンスターたちに再び立ち向かった。
「まだ生き残ってる人たちを救わなきゃならない。ここで怯んでる余裕はないぜ!」
仲間らしき他のストレンジャーたちも現れ、モンスターの群れを次々に撃退していく。
俺は唖然としながら、その光景を見つめていた。
家は炎に包まれ、辺りには負傷者が倒れている。
けれど、そのストレンジャーたちが前線でモンスターを食い止める姿は、まるで救世主のようだった。
その主力となっていたのが、大剣の男。
豪快な剣撃でモンスターを真っ二つにする力強さと、瞬時に移動して仲間を救う素早さを兼ね備え、どんな獣でも恐れない勇気を持っているように見えた。
ひとしきり戦闘が落ち着いた後、彼は血に染まった大剣を地面に突き立て、荒い息を整えていた。空はまだ燃え上がる炎の赤が混じっていて、硝煙や獣の腐臭が鼻を突く。
「……助かった……のか……」
町の惨状は酷かったが、生き残った人たちがストレンジャーたちに感謝を伝えている光景がぼんやりと目に映る。
俺は安堵のあまり腰が抜けそうだった。
だが、あの男がこちらを振り向き、微かに笑ったとき、その胸に熱いものが走った。
「君も、強くなれるぞ」
その言葉は、俺の胸をズシンと貫いた。
一体どういう意味なんだろう?
俺がこんなに弱いのに、守られるだけの存在なのに、そんな俺でも強くなれるのか——。
何も言えずにいる俺の頭を、彼はポンと優しく叩き、
「お前もきっと、誰かを守る力を手に入れられる。諦めなければな」
そう言い残すと、彼は怪我人の救護に向かって行った。
焼け焦げた村の廃墟のなか、友人の消息も分からず、家族も散り散り。
絶望しか見えない夜だったが、その最後に焼き付いたのは、圧倒的な力でモンスターを退けたストレンジャーの力強い背中。
それは、俺の人生を大きく変えるきっかけになった。
「俺も……強くなりたい。あの人みたいに……」
その思いが芽生えた瞬間から、俺は必死になって剣を握り続ける日々を送り始めた。
生半可な練習では何も得られないと知り、血のにじむような修行にも耐えた。
いつかあの背中に追いつき、同じように人を救いたい——それが俺の原点だった。




