第百五十九話 人民軍のルール
「……俺たちを試すつもりか?」
大刀がすぐさま反応し、再び前に出ようとする。
だが、その腕を霧島が素早く掴み、低い声で諭す。
「大刀、挑発に乗るな。ここは冷静に……」
「挑発? とんでもない。俺たちも歓迎のつもりだよ、なあ?」
口を挟んだのは、九環刀を持つ李剣豪。
彼は口元にうっすら笑みを浮かべているが、瞳はまったく笑っていない。むしろ冷たく光る鋭い刃のようだった。
「ふふ、日本のS級がどれだけのものか、確かめたくてね」
続けて双刀を持つ陳嵐が声を上げる。
細い指先で刀の刃をなぞりながら、こちらを品定めするような視線を送ってくる。
「まあ、負けても恥ずかしいとは思わないことね。私たちが強すぎるだけなんだから」
流星錘を手にした趙雪梅がくすくすと笑った。
「そういえば、古代ダンジョン……本当は私たち中国人が挑むべきだったのよね」
陳嵐がふと視線を上げ、鋭い声を放つ。
「でも、国連の冒険者ギルド幹部のうるさい連中がごちゃごちゃ言うから、仕方なく日本に譲ったんだから。その好意を忘れないでほしいものね」
「何だと!?」
怒りを抑えきれず、大刀がまたも前に出ようとする。
だが、再び霧島がその肩を掴んだ。
「おお、怖い。日本団の若造も、けっこう血の気が多いのかしら?」
一方、王天龍は棍を肩に担ぎ、盛大に笑い声を響かせる。
「お前たちが世界を股にかけて活躍しているのは知ってるが、ここは中国。俺たちのルールでやらせてもらう」
「……ルール?」
大刀が眉をつり上げる。
「そう。国連がどうとか、ギルドの規約がどうとか――そんなもんはここじゃ通用しない。俺たち人民軍のやり方で決めるんだよ」
(こいつら……最初から喧嘩腰で俺たちを追い詰めようとしている。古代ダンジョンの攻略権を巡る政治的な思惑も絡んでいるのか?)
白石が小さく息をつき、霧島も険しい表情で黙り込んでいる。イザナだけが微動だにせず、冷静な瞳で5人を見つめていた。
「もういい。言い合いはやめろ」
イザナが一喝し、空気を引き締める。
「すべては、この決闘で決める。それ以上の言葉は不要だ」
一瞬、張り詰めた静寂が訪れる。
すると黄志剛がにやりと笑って口を開く。
「では始めようじゃないか。日本団がどれほどの力を持っているか、この目で確かめさせてもらう」
※ ※ ※
周囲の兵士たちも遠巻きに集まり、滑走路の真ん中に自然と“リング”のようなスペースができあがっていた。
「よし、俺が最初だ!」
先陣を切るように一歩踏み出したのは大刀だった。
彼は愛用の大剣を肩に担ぎ、黄志剛や中国S級たちを睨みつけるように見据える。
背筋はいつも以上に張り、まるで闘志が漲っているかのようだ。
さっきまでの怒りが戦意に変わり、彼の全身から熱いオーラを感じる。
「大刀さん……がんばってください!!」
俺が小さく声をかけると、彼は振り向かずに笑みを浮かべ、短く「安心しろ」と呟いた。
霧島は双剣の柄に手をかけつつ、大刀に目配せしている。
「大刀、大丈夫か? あまり感情的になるなよ」
「へっ、わかってる……! ちょっと暴れさせてもらうだけだ」
そのやり取りを聞き、王天龍が真っ先に前に出た。
「ほう、貴様が最初の相手か。よし、受けてやろうじゃないか」
鉄棍を肩から振り下ろし、構える王天龍。
体格も筋肉も大刀に負けず劣らず――いや、さらに上かもしれない。
基地の滑走路に強烈な風が吹き、二人の雄々しいシルエットが対峙する。
「先に言っておくが、遠慮はしないぞ。こっちもな」
王天龍がニヤリと笑い、棍を一振りする。
大刀は目を細め、鼻から荒い息を吐きながら構えを取る。
「上等だ。お前こそ、そっちが先に後悔するなよ」
その瞬間、まわりの空気が一気に熱を帯びたように感じる。
中国S級ストレンジャーたちも、こちらの仲間も、全員が息を呑み、次の瞬間を待ち構えている。
滑走路の遠くから聴こえるジェット機のエンジン音が、妙に遠く感じられるほど集中力が高まる。
「決闘、開始!」
黄志剛が端的な指示を放つと同時に、大刀が地面を蹴った。
鈍く響く衝撃音が基地全体に広がり、王天龍も棍を振りかぶって大きく踏み込む。
「うおおおおおおおっ!!」




