第百五十六話 深夜列車でのビデオ通話②
「しかし、リナは相変わらずすごいバイタリティだな……」
「まぁね~。ところで天城くんとコラボしたいって問い合わせもいっぱい来てるよ。監修した装備品の販売とかどうかな?」
「そ、それは……ちょっと恥ずかしいっていうか、抵抗あるかも」
「えー、いいじゃん! 私の配信で大々的にやれば、きっと視聴数も跳ね上がるよ」
リナは画面から少し離れ、全身を映し出す。
「あ! そうそう、忘れてた! 今日のコスプレ、どう?」
画面に映ったのは、黒いバニーガール風の衣装。
かなりきわどいデザインで、胸元の開きも大胆だ。
「ど、どうって……そ、そんな格好、ダンジョンだと危険すぎるぞ!?」
「なにいってるの、この服でダンジョン潜るわけわけでしょ! これは天城くんに見せるためだけに来た服よ!! どう? ちょっとは元気出たでしょ?」
リナが両手をばんざいさせて、頭のうえに両手をのせて、ぴょこぴょことうごかして、うさぎ耳のポーズをしながら、にっこり笑う。
「元気っていうか……驚きすぎて言葉がないというか……」
「素直じゃないなぁ……でも、日本に帰ったら、これ着て天城くんとお出かけするのもアリかなあ……なんて」
「そ、それは勘弁してください……」
リナは楽しそうに笑いながら、素早くコスプレ姿から普段のジャケットに着替えた(ように見えた)。
「ま、冗談は置いといて、天城くんも無理しないでよ」
ふいに真剣な表情になり、リナは言葉を続ける。
「私たちがついてるからさ。帰ってきたら、私の地元のダンジョンも一緒に行こう! 私の活躍、天城くんにいっぱい見せたいしね!」
「……ありがとう。ぜひお願いします」
リナは満足そうに笑ってから、次の予定があるのか「あ、やば、配信の時間!」と慌てた様子で通話を切った。
※ ※ ※
「そろそろ寝るか……」
ひさしぶりに同年代の女の子と話した気がする。
なんせ、この数週間で国を3つ渡り、S級ダンジョンを3つも踏破したのだ。
体感では何年も戦っていた気がする。
「ふう……」
部屋の電気を消して、ベッドに横になった。
直前……。
三度目のスマートホンの着信。
「まさか……」
「あ、いま……よろしいでしょうか……?」
「リンさん!」
続いて通話が入ってきたのはリン。
落ち着いた笑みを浮かべる彼女の声は、いつもながら安心感を与えてくれる。
「天城さん、無事で何よりです。最近の功績は『暁の刃』内でも評判です!! ほんとうに英雄です!!」
「へ、英雄……? そんな大層なものじゃ……」
「みんな、そう言ってますよ!! 私もそう思いますし!!」
リンは柔らかく笑うと、少し頬を染めたように見えた。
「あの……天城さんって、ほんっとうに、かっこいいです……」
「は!? いきなりなにを!? い、いや俺は全然かっこよくないよ……」
「そんなことないです!! 天城さんは、とってもかっこよくて、魅力的です……!!」
「あ、う……」
そこまで言われると、照れるどころかただただ驚くことしか出来ない。
「あの!!」
「はい!?」
「あ、天城さんって、あの、す、好きな人とか、いるんですか?」
「えっ」
リンが、俯きがちになりながらも、目はこちらを真剣に見つめている。
「えっと、その……」
これ、なんてこたえればいいんだよ!?
「……いや、そういうのは、今ちょっと考える余裕なくて」
と、返すのがやっとだった。
しかし、これは本心でもあった。
いま、俺がやるべきことは、最後のダンジョンに挑み、記憶のオーブを取ってくること。
藤堂との約束だ。
「……そう、よかった」
「え?」
リンは意味深に微笑む。
俺が「よかったってどういう……」と問いかけようとすると、彼女は照れ隠しのように一息置いた。
「あの……それと……『暁の刃』の一部にしか情報は共有されてませんが、藤堂さんのこと」
「!!」
「天城さんも、つらかったでしょうけど、藤堂さんに託され、あなたがいま、そこにいることにきっと何か理由があると思います。天城さんなら、その理由も、きっと見つけられるはずです」
リンの瞳は真摯だった。
「リンさん……」
俺は思わず視線を落とす。
「ありがとう。俺、まだ迷ってるかもしれないけど……絶対に、失ったものを無駄にしないようにする」
「ええ、そうしてください。それと……日本に帰ったら、少しお茶でもどうでしょう? ゆっくり落ち着いて、いろいろ話したいです」
「お茶……いいですね。ぜひ」
リンは穏やかな笑顔を残し、通話を終えた。
画面が暗くなると、夜の列車の振動だけが静かに胸に響いてくる。
寝台へ横になって天井を見上げる。
どこかで車輪の音が小刻みに続き、列車は休むことなく中国の地へ向かっている。
(藤堂さん……俺、絶対にやり遂げますから)
記憶のオーブの収集、闇の力の制御、次なる中国ダンジョンの攻略――。
やるべきことは山積みだけれど、支えてくれる仲間や友人がいると思うと、不思議と絶望には陥らない。
むしろ、前に進まなきゃと強く思う。
外の闇がわずかに白み始めてきた。夜明け前の空気が列車内にも漂いはじめる。
次に目を覚ますころには、きっと国境を越えているだろう。
必ず中国ダンジョンを攻略してみせる――そう誓いながら、列車のリズムに身を委ねた。




