第百五十五話 深夜列車でのビデオ通話①
列車は深夜になっても走り続ける。
停車駅で短い停滞時間はあるものの、ほとんど乗客の乗り降りもなく、窓の外は暗闇と雪のコントラストだけが延々と続いていた。
俺は個室に戻り、寝台へ腰掛け、マジックバッグの中身をチェックしようとしていると……。
そこで、机の上のスマートホンが鳴った。
ビデオ通話のコールだった。
相手は、
「月宮さん!?」
※ ※ ※
「天城くん、いま大丈夫かな?」
画面に映るのは、学友である月宮朱音のやわらかな笑顔。
「ごめんね、急にかけて。ずっと、心配してたから……」
煌々と明かりの灯った彼女の部屋は、俺がいる列車内とはまるで世界が違うように見える。
「月宮さん……心配かけてごめん。こっちは……いろいろあったけど、なんとかやってるよ」
「そっか……。でも、天城くんのこと、冒険者ギルド経由で、すっごい話題になってるよ。学校でも大騒ぎ!!」
「もう、秘匿もなにもないんだな……。じゃあ、ロシアのダンジョンのことも?」
「うん!! ついに3つ目のダンジョンを踏破した日本のストレンジャー団は、いよいよ最後の中国ダンジョンに挑む! ってネットニュースもすごいんだから!」
大喜びの朱音。向こうも夜のようで、パジャマ姿でぴょんぴょん喜んでいる。
「天城くん、大活躍だね! さすがだよ!!」
なんというか……パジャマがだぼっとしたゆるい服だから、そんなに上下に揺れると、その……。
薄着で跳ねる朱音の胸元を意識してしまう。
だめだだめだ!! これから俺は最後のダンジョンに挑むんだから……!!
気を取り直して、話を続ける。
「はは……活躍だなんて……。俺、あんまり目立ちたくないし、実際まだまだ未熟だよ」
「なに言ってるの!?」
朱音が画面越しにぷくっと頬をふくらませる。
「天城くんはヒーローなんだから! 自信持ってよ。私も鼻が高いんだから」
「ヒーローって……俺は……そんな立派なものじゃないです」
思わず視線を落としてしまう。
俺は、藤堂を助けることができなかった、実力不足のストレンジャーだ。
ロシアダンジョンでの出来事がフラッシュバックし、俺は言葉を飲み込んだ。
けれど、朱音は瞳をきらきらさせたまま、まっすぐ俺を見つめてくる。
「ほんとだもん。だから、ちゃんと胸を張ってね。……あ、でも無理はしすぎないでね」
一瞬、彼女の声が柔らかく下がる。
「……もしも、私との電話で、ちょっとだけでも元気になってくれたら嬉しいんだけど」
「うん……もちろんだよ! ありがとう、月宮さん。元気出たよ」
朱音は嬉しそうに微笑んでから、何かを思い出したように目を輝かせた。
「そうだ! 天城くん、日本に帰ってきたら、一緒に映画行こうよ。前に観たいって言ってたアクション映画、あれついに公開だって!」
「えっ……あ、ああ、そうなんだ! いいね!」
ハリウッドの超一流スタジオが膨大な製作費をかけてつくりあげた、ヒーロー映画の最新作。俺がずっと観たかった作品だ。
「そうそう! 絶対行こうね! 今から楽しみにしてるよ。約束、だよ?」
彼女が、少し恥ずかしそうにしながら、お願いのポーズをしてくる。
「だから、はやく帰ってきてね」
思わず苦笑いしながらもうなずいた。
「わかった。必ず帰るから、待ってて」
「うん!」
朱音が笑顔で通話を終える。
「ふう……」
ほんわかした気持ちになった俺は、久しぶりにリラックス出来た気がして、ベッドに寝転ぶ。
が、そのとき、ふたたびスマートホンに着信が入る。
その主は……。
「リナ!?」
「天城くん、久しぶり!」
リナは明るい声で通話に出た。
画面越しに見る彼女の部屋は、どこか配信スタジオのようなカメラやライトが並んでいた。
「ぜんっぜん連絡くれないじゃん! めっちゃ寂しいんだけどぉ!」
首から上を画面上からみえるリナは、すこし怒っていた。
「ご、ごめん……ちょっと忙しくてさ……って、知ってるだろ! いま大変なこと!」
「へへ、もちろん知ってるけどさ。たまには甘えたいじゃん。なんたって、私のパートナーなんだからさ!」
「う……」
たしかに、そう言えるくらい、彼女とは冒険を共にしたが、どこか表現に違う意味が含まれている気がする。
「あ、そうそう。最近、私ダンジョン配信者として超話題なんだよ! コスプレして配信したら、海外のファンからもコメントがバンバン来ちゃってさ」
「まさか……」
「そ、この前見せた、メイド服でのダンジョン配信。もちろん、あんな装備じゃ危険なところいけないから、F級ダンジョンなんだけどね」
リナの美貌で、あの衣装をきてダンジョンで配信したら、そりゃあ大注目だろうな、と思う。
そうか、あの服で……。
「あ、いまちょっとジェラシー入ったでしょ? 俺だけしか観たことない超可愛いリナのメイド服姿を、ほかの男もみたんだーって」
「お、思うわけないだろ!!」
「安心して。リナ親衛隊は、天城くんとのコンビ配信をまだかまだかってずっと言ってるくらい、きみのファンでもあるから」
「そ、そうなんだ……」
複雑な気持ちがする。会ったことも観たいこともない画面の向こう側の視聴者たちが、俺のことを求めてくれるなんて、不思議な感覚だ。




