第百五十四話 【覚醒】のリスク
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「……いよいよ、次は最後の古代ダンジョン、中国か」
イザナが、青白い記憶のオーブを見つめたまま呟く。
天候が急変することの多いロシアの空に、どこか不穏な風が吹き始めていた。
その風を感じながら、イザナはゆっくりと仲間たちを見回す。
「みんな、立ち止まってはいられない。今はつらいが、藤堂の意志を無駄にするわけにはいかないからな」
霧島が大きく息を吐き、目を赤くしながらも笑みを作る。
「まったくだ……。あいつの分まで、戦うしかない」
白石も小さく頷き、俺の袖をそっと掴む。
「天城くん、あなたが一番つらいと思う。でも、藤堂さんはきっと……あなたに生きてほしかったから、あんな無茶を……」
彼女の言葉が胸に刺さり、俺は唇を引き結ぶ。
そして、目の前のイザナへ一歩進み出て頷いた。
「わかっています。俺……絶対に、この世界を守るために戦い続けます。藤堂さんが身を挺して守ってくれたその命、無駄にはしません」
重々しい空気の中、俺たちは静かに互いを見つめ合う。
イワンが少しだけ微笑み、差し出した手を握りしめてから、大きく頷いた。
「日本団、お前たちの戦いに敬意を表する。ロシアは色々あったが、トウドウのためにできることがあれば言ってくれ」
イザナは短く礼を言い、仲間たちを引き連れてクレムリンを後にする。
藤堂の死という重い現実を抱えながらも、次なる目的地――中国のダンジョンへ向かう決意を胸に、俺たちの姿はまた戦場へ消えていくのだった。
ここに至るまでの戦いは、俺たち日本団に深い傷を刻んだ。しかし同時に、そこには藤堂さんの意思が残されている――
――天城くん……あとは頼む。
俺の頭の中で繰り返される、その最後の言葉。
傷は癒えぬまま、それでも戦いは続いていく。
※ ※ ※
ロシアから中国へ向かう俺たち日本団は、行き先への近さもあり、トランス=マンチュリア鉄道を利用することにした。
極寒のロシアを抜け、中国へと続くこの鉄道は、長大な旅路を誇る国際列車として有名だ。
すでにロシアダンジョンでの戦いによって疲労も大きい俺たちには、少しでも体を休めつつ移動できる列車の旅はありがたかった。
とはいえ、次に待つ中国ダンジョンのことを思うと、心が休まるどころではない。
※ ※ ※
車輪が軋む音とともに、列車がゆっくりと動き出す。
乗り込んだ車両はロシアらしい装飾が施され、天井には民族柄のデザインがあしらわれていた。窓の外に目をやると、果てしなく広がる雪原がゆっくりと後ろへ流れていく。
「すごいな……。ずっと雪景色ばかりだ」
俺は車窓を見つめながら小さく呟いた。
車内は暖房が効いていて快適とはいえ、外の厳しい寒さを想像すると少し身震いしてしまう。
「天城くん、次でいよいよ最後だね」
微笑みながら白石が声をかけてくれる。
あのロシアダンジョンでの出来事を乗り越えたとはいえ、彼女の表情にはまだどこか痛みを隠しきれない影があった。
「はい。……俺、絶対に藤堂さんの思いを無駄にしません」
そう言うと、霧島や大刀も無言で頷く。
どちらも悔しさや悲しみを抱えたままだが、それを表に出すことは少ない。
きっとそれぞれのやり方で、藤堂さんを失った痛みに耐えようとしているのだろう。
イザナがシートに腰を下ろし、静かに目を閉じた。
「私たちにできることは、立ち止まらず、前を向くことだけだ」
彼の短い言葉が、俺たちの士気を上げてくれる。
けれど、その胸の奥にもきっと葛藤や不安が渦巻いているはずだ。
窓の外には白一色の大地が広がり、まるで世界の果てまで雪原が続いていくように思える。
その景色を見つめながら、俺は胸の中で再び誓いを立てる――藤堂さんが繋いでくれた未来を、必ず守り抜くと。
※ ※ ※
列車が数時間ほど走った頃だろうか。
通路から少し外れたコンパートメントに、イザナは一人で腰掛けていた。
外の夜景が黒々とした窓ガラスに映り込み、彼の険しい表情を映す。
(白狼戦で見た、あの闇の力……ついに天城くんも【覚醒者】としての力を行使しはじめたな)
ロシアダンジョンの激闘が脳裏を過ぎる。
あの圧倒的な闇の波動は味方である私たちさえも圧倒した。
イザナは深く息を吐き、視線を夜の車窓へと移した。
(だが、時間はもう限られている。あの力に飲み込まれる前に、記憶のオーブをすべて集めきらねば……)
彼の眉間に深い皺が刻まれる。
(闇属性は……もっとも扱いの難しいパターンだ。下手に封じ込めようとすれば、天城くん本人が壊れる危険もある。仲間たちを守りながら、どうやってあの力を制御させるか……)
列車の揺れに身を任せながら、イザナは静かに思索を続ける。
闇の力がもたらす可能性と危うさ――そのどちらも、仲間を失ったばかりの今はなおさら重くのしかかっていた。




