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第百五十三話 追悼、藤堂隼人

ロシア大統領府クレムリン。


その広大な庭。


中央に、一列に並ぶ日本団の姿があった。


イザナを先頭に、白石、霧島、大刀、そして俺。


全員が疲労の色を隠せないまま、目前に停まっている巨大な飛行機を見つめている。


俺も、胸が締め付けられるような感覚を覚えていた。


それは、ロシア大統領専用ジェットだった。


貨物ハッチが開き、ゆっくりと棺桶が搬入されていく。


その棺桶は漆黒に塗装され、寒空の下で無情に光を反射している。


中には、藤堂隼人の亡骸が納められている。


「藤堂さん……」


俺は喉を絞るように呟き、全員が右腕を左胸に当てて黙祷の姿勢をとる。


これは日本のストレンジャーに伝わる追悼のポーズだ。


沈黙の中で、俺たちの祈りだけが静かに広がっていく。


「……藤堂」


イザナが低く呟く。


声は極力感情を押し殺しているようで、それでも悲しみがにじんでいた。


隣の白石は震える唇をそっと押さえ、涙を拭おうとするも止められない。


霧島は唇を噛み、拳を握りしめたまま動けずにいる。


大刀も重たいまぶたを閉じ、短く息を吐いた。


「天城くん……大丈夫?」


白石がそっと俺へ声をかけるが、俺は目を閉じ、右腕を胸に当てたまま硬直していた。


溢れる涙が頬を伝う。


頭の中には、アメリカやドイツでともに戦った日々や、ここロシアでの過酷な戦闘が走馬灯のように駆け巡る。


そして、ロシアダンジョンで最後まで俺を守り続けてくれた藤堂さんの最期の姿が、まぶたに焼き付いて離れない。


(どうして……どうして俺なんかのために……!)


声にならない叫びが胸を締めつける。


肩が震え、呼吸がうまくできない。


悲しみと悔しさが混ざり合い、俺はその場に立ち尽くすしかなかった。


※ ※  ※


すこし、時は戻る。


ロシアの古代ダンジョン。


ボスである白狼を倒したあと。


天井から「記憶のオーブ」がゆっくりと舞い降りてきた。


それを受け取ったのは、傷だらけのイザナ。


彼の手には、鮮明に発光する青白いオーブが握られている。


「……藤堂と、天城くんがもたらした成果だな」


イザナが苦渋に満ちた表情で呟き、記憶のオーブを丁寧に抱きしめる。


その瞳には、悲しみと感謝の色が入り混じっていた。


霧島がうつむきながら、一歩寄って小さく声をかける。


「イザナさん……これ、どうします? ロシア側に渡すんですか……?」


「いや、共有するべき情報は後に渡す。ただ、現物を握らせる気はない」


静かながらも硬い決意のこもった声。


オーブの輝きがイザナの感情を映すように揺らめいている。

ダンジョンの外では、イワンが日本団の帰還を待ちわびていた。


イワンは日本団の姿を見つけるなり、大声を上げて駆け寄ってくる。


「おい! 大丈夫か、お前たち!」


気を失っている天城を担いだ大刀、そのうしろにいる霧島、白石、そしてイザナ。


「……って、あれ? 後一人は……?」


イワンは目を輝かせていたが、全員が視線を落とし、言葉を発しない。


その重苦しい空気に、イワンの笑顔が一気に消えた。


「……まさか……」


彼は俺の肩に手を置き、静かに瞳を閉じる。


誰もが口を開かないまま、沈黙だけが時を刻んだ。


やがてイワンは、申し訳なさそうに唇を噛んでうなだれる。


「……すまない。ロシア人として、俺からもトウドウを弔わせてくれ。ここは危険だが、お前たちを迎え入れたのは俺たちの責任だ」


「イワン……」


白石が震える声で返事をしかけるが、それ以上言葉にできない。


イワンは黙って小さく頭を下げると、クレムリンへ案内するそぶりを見せた。


※ ※  ※


クレムリン。


ロシア大統領のアレクセイ・ペトロフが、専用ジェットの貨物室へ運ばれる棺桶を遠巻きに見守っていた。


彼の視線は、棺に寄り添う俺たち日本団と、イザナの手にある記憶のオーブを行き来している。


「イザナ、そのオーブを……ロシアに――」


「お断りします」


イザナは迷うことなく、大統領を遮った。


冷たい声とともに、オーブを少し持ち上げるようにして見せる。


その表情からは容赦も遠慮も感じられない。


「……情報は、必要に応じて共有する。それが我々の約束でしたね」


イザナが鋭い眼差しを向け、大統領をじっと見据える。


大統領が少しだけ目をそらし、苦い顔を浮かべたが、すぐに険しい視線で応じた。


「ロシア軍が私たちに仕掛けたテロ行為を、もうお忘れですか?」


イザナの言葉は鋭い刃のようだった。


大統領は低く息をつき、短く呟く。


「……あれは独断で、正式な指示では……」


「ですが、被害を受けたのは事実です」


一瞬、周囲のロシア軍兵士たちが息を呑む。大統領は眉をひそめ、低く唸るような声を出した。

「……そうですね。仰るとおりです。ですが、情報共有だけは必ず――」


「もちろん、その点は約束します」


イザナが冷ややかに返事をしたところで、ロシア大統領は無言で踵を返す。


張り詰めた空気の中、専用ジェットに積まれた棺桶がゆっくりと格納されていく音だけが響いていた。


「藤堂……ありがとうな」


大刀が短く呟き、目を閉じる。


霧島は歯を食いしばり、必死に涙をこらえている。


白石は両手を組み合わせて、小さく祈るようにして首を垂れた。


「……藤堂さん、本当にお世話になりました……」


俺は声にならない声で呟く。


棺が完全に貨物室に収まると、飛行機は低いエンジン音を轟かせながら滑走路に向かって進んでいく。


氷のダンジョンで藤堂さんが最後の力を振り絞ったあの瞬間が、まぶたの裏に焼きついて離れない。


(俺は……何もできなかった。最後まで守られるだけで……)


遠ざかる飛行機を見つめながら、俺は歯を食いしばり、こぼれる涙をもう一度拭った。


イワンが黙って肩を叩く。


彼もまた、深い哀悼の表情を浮かべている。



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