第百五十一話 闇の力、ふたたび
藤堂さんが、目の前で散った。
「え……? そんな……嘘だろ……」
思わず漏れた自分の声が、やけに遠く聞こえる。
粉々に砕けた氷の欠片が、床一面に散らばっていた。
いつも温厚で頼りがいのある盾役だった藤堂さんの面影は、そこにはもう何も残っていない。
「藤堂さーーーーーーん!!!」
叫び声を上げた瞬間、喉がひりついた。
まるで自分の声ではないような感覚がする。
絶望感が津波のように押し寄せ、心を軋ませていく。
冷たい空気を吸うたび、胸が痛んで息が詰まるほどだった。
「嘘だ……こんなの……嘘に決まってる……!」
霧島が涙を浮かべながら呟く。
その瞳には揺れる炎のような怒りと悲しみが混ざっていた。
イザナもやり場のない憤りを押し殺すように、奥歯を噛みしめている。
「こんなの……」
まるで時間が止まったかのように、ただ目の前の現実を受け入れられずにいた。
「グルルル……!」
その静寂を、白狼の低いうなり声が破る。
まるで獲物を追いつめた捕食者が、次の攻撃に移ろうとするかのような音。
白狼の瞳には、氷よりも冷たい殺意が宿っていた。
「来るぞ、みんな……!」
霧島が双剣を構えて叫ぶ。
その声には焦燥感がにじむ。
防御魔法の要だった藤堂を失い、今の俺たちにはまともな防壁を用意する手段がない。
どれほど魔力を使い果たしていようとも、白狼は容赦なく突進してくるだろう。
「イザナさん……どうする……?」
霧島がか細い声で問う。息をするたびに震える彼の肩が、明確な絶望を物語っていた。
「……耐えるしかない。だが、どこまで持つか……」
いつも冷静なイザナの声からも自信が失われているのがわかった。
白狼は鋭い爪と冷気を纏いながら四肢を踏みしめる。
力を溜め、俺たちを一気に仕留めるつもりなのか。
早鐘のように高鳴る鼓動がやけに大きく響く。
(……終わるのか、こんなところで……?)
目の奥が熱くなり、視界が揺れる。
喉がカラカラに乾いて、言葉も出ない。
そのとき、俺の頭の中で“プツリ”と何かが切れたような感触があった。
※ ※ ※
次の瞬間、目の前には広大な古代の王宮が広がっていた。
ここはどこだ? みたこともない建物に俺はとまどう。
確かなのは、現代世界ではない文化で形成された空間であろう、ということだけだった。
薄暗い石造りの壁は崩れかけ、あちこちから炎が上がっている。
瓦礫と血の海――そんな阿鼻叫喚の戦場の真っ只中に、大魔導士らしき男性が立っていた。
「スペシリア様、敵軍がもう王宮の三重門まで突破しています!」
「そうか……あそこまで防壁を張っておいたのにな」
周囲の魔導士たちが悲痛な声を上げる。
スペシリアは、張りつめた表情のまま、喉を詰まらせるように声を出す。
「もっと早く動けていれば……」
血と汗で汚れた彼のローブは、ところどころが焦げている。
何人もの仲間たちが地面に倒れ込んでおり、助け起こす暇もなく敵の殺到する足音が響いていた。
「スペシリア様、後退しましょう! もうこれ以上は――」
「下がれない……ここで食い止めなければ、王宮は完全に落ちる……!」
スペシリアは震える手で防御魔法を組み上げる。
【王宮の守護壁】
効果:広範囲を覆う防御魔法。
「我らはあなたを信じてます、スペシリア様……! どうか、この国を……!」
仲間たちが次々と彼の前に立ちはだかり、矢や槍を受けて散っていく。
そのたびにスペシリアの瞳からは後悔と憤怒が入り混じった涙が零れ落ちる。
「なぜだ……なぜここまで裏切られねばならない……!」
「スペシリア様、ご武運を……!」
最後の仲間が倒れる直前、スペシリアの喉から悲痛な声が搾り出された。
「おのれ……おのれぇええええええ……!!」
燃え盛る炎と怒涛の敵兵に飲み込まれる寸前、スペシリアの体が眩い光に包まれ――
そこから先の光景が一気に歪み、視界が暗転した。
※ ※ ※
極寒のロシアの古代ダンジョン。
その最奥のボス部屋。
白狼の巨大な姿の目の前に、天城蓮の姿があった。
しかし、先ほどまでの冷たさが嘘のように、天城の周囲を漆黒のオーラが包んでいる。
まるで身体の内側から闇が湧き出しているようだ。
ステータス(覚醒状態)
•ランク: S+ ※強制確定
•HP: 完全回復
•MP: 通常時の10倍(闇波動発動中)
•攻撃力: 通常時の5倍
•防御力: 魔法防御特化(闇属性攻撃無効化)
•スキル:
o闇槍乱舞:闇の槍を無数に形成し、対象を圧倒的な物量で攻撃。
o闇波動展開:闇の波動を広範囲に展開し、敵の防御を無効化。
o自動再生:一定時間ごとにHPを回復。
o闇の制圧:周囲の空間を支配し、敵のスキルや魔法を無効化する。
oリストア・オール:全ての仲間のHPと状態異常を完全回復する。
「天城くん、その姿……何だ……!? 大丈夫なのか……?」
霧島の叫びが聞こえるが、天城にはとどいていないように、無言を貫いている。
まるで、天城の身体を誰か別の存在が操っているような……。
「グルルルッ……!」
白狼は低い唸りを上げ、爪を振りかざしながら突進してくる。
その瞳には先ほどの余裕などなく、今度は明確な殺意と警戒心が混じっている。
一方、天城の体から広がる闇がその攻撃を嘲笑うかのように弾いていくのが見えた。
【スキル:闇の制圧】
効果:周囲の空間を支配し、敵のスキルや魔法を無効化する。
「なんだ……あの黒い波動は……!?」
イザナが驚愕に目を見開いている。
白狼は氷刃を形成し、連続で俺へと叩きつけるが、全てが闇の膜に吸い込まれ消えていく。
「白狼の攻撃が……効いてない……?」
霧島が声を震わせながら言う。




