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第百五十話 誰かを守れるストレンジャー

俺の名前は、藤堂隼人とうどうはやと


氷のように冷たい床の感触を微かに感じつつ、薄れゆく意識の中で、人生が走馬灯のように蘇る。うっすらと見える天井には、砕け散った氷や血の跡が浮かんでいる。

※ ※  ※


思い出すのは、あの日……。

今でも脳裏にこびりついている、家族をモンスターに殺されたあの惨劇。


小さな田舎町で暮らしていた俺たち一家は、普段はモンスターの脅威などほとんど耳にしない平和な暮らしだった。


しかしある晩、森から異形の魔物が出現し、村を襲撃。


悲鳴と咆哮が闇を切り裂き、視界には燃え上がる家屋と逃げ惑う人々の姿が映った。


両親は俺と弟を守ろうと必死で抵抗したが、相手は予想をはるかに上回る凶暴なモンスターだった。巨大な鉤爪が一閃したとき、すべてが終わった。


血の臭い、絶望の悲鳴、そして目の前に広がる家族の無惨な姿――。


幼心に染みついたその光景は、今もなお悪夢となって俺を苛む。


奇跡的に通りかかったストレンジャーたちが魔物を討伐してくれたが、家族を救うには至らなかった。


荒れ果てた家の跡地で、俺は呆然と立ち尽くし、ただ泣き叫んでいた。


そんな俺の頭を撫でてくれた見知らぬストレンジャーの「もう大丈夫だ」という言葉が、恐怖に縛られた心をほんの少しだけほぐしてくれた。


その瞬間、俺は決意したのだ――いつか自分もストレンジャーになって、誰かを守りたいと。


両親を失い、親戚に引き取られた俺は、決して裕福とはいえない環境の中で必死に生きていた。


それでもストレンジャー養成学校へ通う夢を諦めなかった。


朝から晩までアルバイトをし、夜は独学で魔法理論や剣術の基礎を学び、学費を工面するために奨学金の試験を受けまくった。


疲労で何度も倒れかけても、“あの日のように大切な人を失わない”という誓いだけが、俺を立ち上がらせた。


そんな生活の中で、ある奨学金プロジェクトが俺の噂を聞きつけてくれたらしい。


面接や実技試験を経て、俺は晴れてストレンジャー養成学校の奨学生となる。


ときには差別的な視線を向けられることもあったが、学校で本格的に防御魔法を学ぶ機会を得たことは、俺の人生を加速させる大きな転機だった。


※ ※  ※


養成学校に入学してからは、武器の扱いから魔法理論、ダンジョン構造学まで、あらゆる授業に全力を注いだ。


特に、過去の後悔が強かった俺は“防御魔法”に力を入れ、誰かの盾になることを目指す。


朝から夜遅くまで自主練を繰り返し、さらにアルバイトで食いつなぐ生活は過酷だったが、俺は少しも苦痛を感じなかった。


「これで家族を守れたら……」と過去を思うたび、疲労以上に闘志が湧き上がったからだ。


そんな俺が圧倒的な存在感を知ったのは、学内最強と謳われる上級生――イザナ。


彼は剣術でも魔法でも一目置かれる才覚を持ち、しかも優しく穏やかで、仲間を大切にする生徒だった。誰もが憧れる存在だが、俺にとってはあまりに遠い雲の上の人。


ところが、ある日、訓練場で居残り練習をしていた俺を見つけたイザナがこう言ってくれたのだ。


「藤堂隼人、君には素質がある。もっと自信を持て」


その言葉は、荒涼とした雪原に突然花が咲いたかのような衝撃だった。


自分では、貧しい出身と平凡な才能ゆえに、いくら努力しても“並”が限界だと思い込んでいた。


それを否定してくれたイザナの存在は、俺の心に火を灯し、“もっと強くなってみせる”という意欲を爆発させた。


それ以来、俺は彼の背中を追いかけるように日々努力を積み重ね、卒業後、『暁のアカツキ・ブレイド』に入団。


下積みを経て多くの実戦経験を積み、ついには幹部としてイザナと肩を並べるS級ストレンジャーへと成長するに至った。


※ ※  ※


アカツキ・ブレイドの精鋭たちと共に、多数のダンジョンを攻略する中、ある日大きな転機が訪れた。


「藤堂隼人。キミを海外の古代ダンジョン探索の遠征メンバーに任ずる」


その発令を受けたとき、かつて養成学校の奨学金を勝ち取った時以上に大きな喜びと、やりがいを感じたのを覚えている。


そこで出会ったのが、当時まだB級ストレンジャーだった天城蓮。


彼は俺と同じく、家族をモンスターに殺されたという過去を持ちながら、まだ荒削りな技術で最前線に飛び込んでいた。


彼は必死に戦っていたのを覚えている。強敵から逃げもせず、仲間をかばいながら剣を振るう姿が印象的だった。


「大丈夫か? 無理するなよ」


そう声をかけたのは、かつて自分が誰かに救われたことを思い出したからだろう。


しかし、彼の内なる闘志は想像以上だった。


“もっと前に出たい、戦いたい”という意志が瞳に宿り、まだB級とは思えないほどのポテンシャルを発揮していたのだ。


結果的に、彼はアメリカの古代ダンジョンのボスを撃破した。


その大金星に、俺は衝撃と同時に、どこか親心のような誇らしささえ感じていた。


S級の俺でさえ歯が立たない場面があり、そのたびに天城蓮は無謀と思えるほど果敢に飛び込み、仲間を救うために必死でもがいていた。


彼は人を守るためなら迷わず命をかける。


その姿勢は、かつて家族を守れなかった自分の過去を思い出させ、胸に痛みと感動が同時に込み上げた。


俺は、強さだけでなく、彼の謙虚で真っ直ぐな心もまた“本物”だと確信した。


「あいつには素質がある。【覚醒者】になる素質が……」


と、心の中で何度も呟いたことを思い出す。


強敵を恐れず、仲間のために身を投げ出す精神――それは、かつて俺がストレンジャーに救われたときに感じた“慈愛”や“勇気”と通じるものだった。


彼ならば、このダンジョンゲートがもたらした混沌を払拭し、人類の未来に一筋の光をもたらす存在になれるかもしれない。そう思わせるだけの力と器量があったのだ。


だからこそ、ここで天城蓮を死なせるわけにはいかない。


家族を守れなかった俺にとって、彼を守り抜くことは、もう一度自分を救う行為でもあるのだから。


※ ※  ※


そして今、俺は冷たい床に横たわっている。


氷の虚無ダンジョン最深部、氷獄の白狼と対峙したこの広間は、凍てついた地獄と化していた。


視界が滲む中でも、白狼が身を丸め、鋭い氷の棘を纏った姿が見える。


その狙いは、天城蓮――彼を一瞬で仕留めるつもりだ。


彼の足元には霜が広がり、息さえも白く凍りついている。


まるで時間が止まったかのように、回避する術がない。


このままでは、あの“氷刃の突撃”で一撃のもとに粉砕されてしまう――そう確信した瞬間、俺の身体は理屈より先に行動していた。


ドン!


「藤堂さん!?」


天城が驚いた声を上げる。


俺は盾を掲げ、白狼と天城の間に飛び込んだ。


ここで逃げたら、あの少年が死ぬ。


守りたい存在をまた失うわけにはいかない。


そんな思いだけが、ボロボロの身体を突き動かしていた。


「ここは任せろ……天城くん!」


咆哮とともに、防御魔法を最大出力で展開する。


白い狼の圧倒的な質量と殺気が一点に集中し、防壁を軋ませる。ほんの一瞬、こちらが押し勝ったかに見えたが――


「……ッ!」


白狼の咆哮がさらに激しい一撃を生み、防壁は砕け散る。


光の壁が崩壊し、鋭利な氷の棘が俺の体を貫き、骨を断ち肉を裂く。


まとわりつく凍気が血液すら凍結させようとする中、俺は必死に顔を上げた。


視界の片隅で、天城が「藤堂さーーーーーーん!!!」と叫んでいるのが聞こえる。


その声を聞きながら、俺は一瞬だけ、昔の自分を思い出した。あのときの幼い自分も、こんなふうに家族を失い、絶望の叫びを上げていたのだろう。


母さん、弟よ……元気で帰ってくるという約束を果たせずに、ごめんな。


「天城くん……、あとは頼む」


声にならない声で、心の中でそう呟く。


肉体はバラバラに砕かれ、意識が遠のいていく。


だけど、不思議と後悔はない。


むしろ、幼いころから誓ってきた“誰かを守れるストレンジャーになる”という夢――その形が、ここで完成したのかもしれない。


もし、あの日の自分が今の姿を見たら誇りに思ってくれるだろうか。


イザナの「もっと自信を持て」という言葉に胸を張って応えられるだろうか。


守ろうとした仲間たち、大切な少年・天城蓮がこの先に未来を切り拓いてくれるのなら、俺の生きた証はきっと報われる。


(お前なら……世界を救える。だから……生きて……)


粉々に砕け散る身体の感覚とともに、意識は静かに闇へと溶ける。


最後の瞬間、天城蓮の悲痛な叫びが、まるで優しい子守唄のように遠ざかっていった。


かすかな微笑みを浮かべながら、俺は永遠の眠りへと落ちていった――。


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