第百四十七話 圧倒的なS+級ボス
氷の虚無ダンジョンを奥へと進み、重々しい扉を押し開けた瞬間、全員の視界に広がったのは底知れぬ闇と、粉雪が舞う広大なボス部屋だった。
冷たい風が渦を巻き、天井からは無数の氷柱が青白く輝きながら垂れ下がっている。
床はまるで磨き上げられた鏡のような氷で、足元さえおぼつかないほど滑りやすい。
「ここがボス部屋か……。思った以上に広いな」
俺は剣の柄を握りしめながら小さく呟いた。
まるで大気そのものが尖った刃となり、肌を突き刺してくるかのような極寒。
仲間たちの吐く息は白く曇り、互いの表情は緊張に凍りついている。
突然、奥の闇が揺らぎ、純白の巨大な狼のシルエットが姿を見せた。
シルエットがはっきりするほどに、冷気がさらに強まるのを感じる。
その体は厳かに冷気を纏い、青白く光る双眸がこちらを射貫いていた。
圧倒的な殺気が空気を震わせ、まるで心臓を直接掴まれたかのような錯覚に陥る。
【ボスモンスター:氷獄の白狼(Frostbane White Wolf)】
ランク:S+
特徴:純白の巨大な狼。冷気を操り、周囲を凍らせながら獲物を仕留める。
【スキル】
凍結の咆哮:周囲を冷気で覆い、敵の動きを封じる。
氷刃の突撃:鋭利な氷の刃を纏い、高速で突進する。
極寒領域:広範囲の温度を急激に下げ、体力を削る。体力を削られたストレンジャーのスキルの威力も落ちる。
「こいつもS+級か……!」
霧島が双剣を握りしめながら低く呟いた。
その声音は、まるで心底から冷え切っているかのように震えている。
白狼を前にした全員の目に緊張と覚悟が宿る。
「気を引き締めろ」
イザナが冷静な声で言い放ち、鋭い眼差しで白狼を睨む。
隣では白石が魔法の詠唱を始めており、彼女の周囲には暖かな光が淡く揺らめいている。
【体温上昇】
効果:体温を適切に維持し、冷気から身体を守る。
「みんな、魔法を使ってできる限り気温を上げるわ! でも……この冷気は想像以上ね。いまにも凍りつきそう……」
ダンジョンにはいった直後に、マイナス100度という状況だったが、いまこのボス部屋に関して言えば、マイナス150度を下回っているかもしれない。
白石の声には焦りが混じり、室内に吹き荒れる冷たい風にかき消されそうだ。
彼女の生み出す高温の魔法にさえ、白狼が放つ冷気は一瞬で霜を纏わせてしまうほど強力だった。
「行くぞ、霧島!」
大刀が大剣を握り直し、先陣を切る。
巨大な剣の刀身が霜を払いながら、力強い気勢を上げた。
「おう、やるしかない!」
霧島が双剣を構え、白狼目掛けて地面を蹴る。
彼の足元では氷が砕け散り、白い破片が舞い上がる。
「これでも喰らえ!」
大刀が放つ剣撃は雷を纏い、青白い閃光となって白狼の胸元を切り裂いた。
【スキル:蒼雷斬】
効果:雷属性を纏った一撃で敵を圧倒する。
「ガァァァァ!」
白狼が痛みに満ちた咆哮を上げると、冷気がさらに濃く、激しく渦を巻き始める。
指先すら痛むほどの寒気に、思わず息が詰まる。
その一瞬の隙を見逃さず、霧島が背後から高速の連撃を繰り出した。
影のように滑り込み、双剣が鋭く閃く。
【スキル:シャドウステップ】
効果:目にも止まらぬ速さで敵を翻弄しながら連続攻撃。
「くらえ!」
霧島の双剣は確かに白狼の皮膚に傷を刻む。
だが、その傷口は凄まじい冷気によって瞬く間に凍り付き、まるで最初から存在しなかったかのように表面を覆ってしまう。
「こいつ……再生能力もあるのか!」
霧島は舌打ちしながら後退し、白狼との距離を取る。
脈打つように膨れ上がる冷気が、体力だけでなく精神まで蝕んでくるのを感じた。
「私がやろう!」
イザナの目が鋭く光り、重力を操る魔法陣が敵の足元に展開される。
【スキル:グラビティプレス】
効果:重力を一点に集中させ、敵の動きを封じる。
「これで少しは動きが止まるはずだ」
イザナが低く呪文を唱え、白狼の足元に重圧がかかる。
白狼の四肢が床を圧しつけられ、薄い氷が軋む不穏な音をたてた。
「みんな、ふせて!」
白石が全力の灼熱魔法を発動し、部屋全体を熱波が包み込む。
【爆炎の嵐】
効果:広範囲に爆炎を放ち、敵を焼き尽くす。
床を覆う氷が淡く溶け、霧のような水蒸気が立ち上る。
「ガアアアアアアアアア!!」
白狼の動きが一瞬鈍り、その巨体がわずかによろめいた。
「今だ、大刀!」
「おう!」
大刀が力を込めて雷撃を放つ。
蒼白い稲妻が剣から奔り、白狼の毛皮を焦がす。
体に深い裂傷を与えたかに見えたが、白狼は怯むどころか、さらに怒りの咆哮を上げる。
「くっ、まだ足りねえか……」
大刀が苛立ちを露わにしつつ剣を構え直す。
かすかな焦げ臭い匂いが漂うが、白狼の冷気がすぐさま熱を奪い、空気は再び極寒に包まれていく。
次の瞬間、白狼が高らかな咆哮を放ち、吹雪のような冷気が全員を襲った。
【スキル:凍結の咆哮】
効果:周囲を冷気で覆い、敵の動きを封じる。
「ぐっ……! 体が思うように動かない!」
霧島が双剣を支えにしながら膝をつき、歯を食いしばる。
吹き荒れる冷気で一瞬にして床は再凍結し、壁の氷柱が増殖するように伸びていく。
突然、白狼は鋭い爪を振りかざし、大刀めがけて一閃する。
その軌跡は目に捉えられないほどの速さだ。
「藤堂!」
「フォートレスシールド!」
藤堂が盾を掲げ、衝撃に備えた防御壁を展開する。
巨大な爪と防御壁が衝突し、鋭い破片と霜が飛び散る。
「持ちこたえてるが……このままではまずいな」
イザナは冷静に状況を分析する。その視線は白狼の動きだけでなく、仲間たちの配置も見逃していない。
俺も、剣の柄を両手で握りしめた。
もしもここに、『天狼の槍』を失わずに持っていたら。
狼種族に対して+150%もの追加ダメージを叩き込めるはずだった。
その圧倒的アドバンテージを得られない悔しさが、胸の奥で痛みとなって突き上げる。
しかし、失ったものを嘆いていても勝利はつかめない。
「むっ……来るぞ!!」
白狼の瞳が怪しく光り、新たな技を繰り出す気配を感じた瞬間、その体が丸まって氷の棘を幾重にも纏い始めた。




