第百四十四話 S+級モンスターの体内では
「白石さん、補助魔法をお願いします!」
思わず声が裏返るくらい、俺は焦っていた。
白石は驚いたように目を見開いたが、すぐに気を取り直して頷く。
彼女の両手から、柔らかな光があふれ出した。
「ありったけのダメージ耐性をかけるわ。天城くん、準備はいい?」
「バッチリ……いや、本当は全然バッチリじゃないですけど、やります!!」
俺が必死に返すと、
白石は少し不安げに眉を寄せながらも口元をきゅっと結ぶ。
ピリピリと空気が震え、彼女の魔法陣から淡い光が広がってくる。
すると、身体を締め付けていた寒気が少しずつやわらいで、心までほっとするような温かさが宿った。
「それにしても、ここまで強敵だなんて……私、怖いのよ。あのシャチに吸い込まれたら、自分がどうなるか想像しただけで鳥肌が立つ」
白石が小声で打ち明ける。
その瞳に浮かぶ動揺を、俺はどうにか振り払おうとした。
「怖いのは皆同じです。でも、俺たちが諦めたら、あの三人は本当に……」
言葉を続けようとした瞬間、イザナが静かに口を開く。
「その通りだ」
「だね……絶対に助け出さないと!」
白石も意を決して頷く。
俺はイザナへ伝える。
「イザナさん」
「ああ、わかっている。以前のように、私の魔法で君を敵の近くに飛ばそう」
「ありがとうございます」
「だが油断は禁物だ。絶対に、死ぬなよ」
イザナはいつもの落ち着いた声色ながら、その目には鋭い決意が宿っている。
俺はコクリと頷き、彼を見つめ返した。
「分かってます。次、奴がスキルを発動してきた時にやってください」
「承知した。……だが天城くん、私の重力制御が途切れれば、すぐにでも上下が逆転する可能性がある。気をつけたまえ」
「はい!」
(大刀さん、霧島さん、藤堂さん……待っててください!!)
たとえ危険を承知していても、ここで手をこまねいていられない。
白石がそんな俺たちのやり取りを聞きながら、ぎゅっと杖を握り込んで言った。
「任せたわよ! 早くしないと、大刀くん、霧島くん、藤堂くんが……!」
彼女の震える声には、仲間を想う切実な気持ちがあふれていた。
俺は大きく息を吸い込み、剣を構え直す。
今のところ、シャチは空中を不規則に動き回ってはいるが、いつまた空間歪曲のスキルを使うかわからない。
あれを止められるのは、たぶんイザナの重力魔法と、白石の攻撃魔法を合わせて一瞬の隙を作るしかない――その一瞬に俺が斬り込んで、どうにか奴の腹をこじ開ける。
イザナと白石の視線を受け止めながら、俺はごくりと唾を飲み込む。
※ ※ ※
一方、その頃。
シャチの体内では――。
巨大な氷鎧のシャチに吸い込まれた大刀、霧島、藤堂の三人は、まるで夢の中のような、しかし悪夢としか言いようのない場所へ迷い込んでいた。
周囲を見渡すと、青白い粘膜のような壁がうねうねと動き、不気味な光を放っている。
鼻を突くような生臭い匂いと、かすかな硫黄のような刺激臭が混じり合い、呼吸するだけで胸がムカムカした。
「こりゃあ……俺たち、どうなったんだ!?」
大刀が険しい顔で叫ぶ。
彼の声が胃の奥底で反響するように響き、得体の知れないぬめりとともに返ってくる。
霧島は双剣を握ったまま、眉をひそめて周囲を観察する。
「あのボスの体内に吸い込まれたようだな……やれやれ、厄介な場所だ」
その言葉に、藤堂が渋い顔をしたまま壁の一部を叩いた。
ぺちゃり、と嫌な音が返ってくる。
「となると、ここは胃の中というわけか……参ったな」
「こんな所でじっとしてる場合じゃねえだろ!」
大刀が早速、大剣を振りかぶる。稲妻のような閃光がその刃に走る。
【スキル:雷光連撃】
効果:雷属性の連続斬撃で敵を圧倒。
バチバチッと雷がはじけながら、粘膜らしき壁へと斬撃を叩き込む。
ところが――。
「うわっ、マジかよ……!」
雷の衝撃波がすべて吸収されるように壁へ染み込み、ただぐにゃりと波打つだけで傷ひとつ残らない。
霧島も続けて双剣を交差させ、素早い動きで斬撃を加える。
【スキル:影斬り】
効果:高速移動と鋭い一撃で防御を崩す。
シャッ、シャッと空気を裂く音がするが、結果は同じ。
まるで高性能な防御バリアでも張られているかのように、攻撃が通らない。
「こりゃあ、無理だ……」
大刀が剣を握る手をギリギリと鳴らしながら歯を食いしばる。
その頬には焦燥感がにじんでいた。
すると、不気味なゴポッという音とともに、壁の隙間から何かが湧き出してくる。
透明な液体が天井からとろりと流れ出し、三人にシャワーのように降りかかる。
それぞれの装備をジュウッと焼くような音を立てた。
「これは……溶解液か!!」
藤堂が盾を構え、防御態勢に入る。
「少し浴びただけで、A級装備が跡形もなく溶けてるぞ……」
淡い光が盾を中心に広がり、液体の侵入を食い止める。
だが、シュワシュワと凄まじい勢いで壁が削られていくのが見てとれた。
「いかん、長くは持たない……。持って1分が限度かもしれん」
藤堂の低い声に、霧島が苦い表情を浮かべ、双剣の柄を握り直す。
「この溶解液、装備を貫いてもし身体に触れでもしたら、即死だな」
「ここまでか……」
三人に、悲壮感が宿る。




