第百四十話 氷の虚無ダンジョン
「覚醒者……?」
その言葉に俺は動揺したが、イワンは真剣な眼差しで続けた。
「ストレンジャーの力を超えた存在だ。お前のような異能を持つ者だけが、その域に達することができる」
イワンが手を掲げ、俺の前に光の波動を生み出す。その中に彼のスキルの一部が宿り、俺の手へと受け渡された。
ウィンドウにステータス表示がなされる。
S級ストレンジャー
イワン・カラマーゾフ
より
A級ストレンジャー
天城蓮へ
スキル【物質固定】が付与されました。
【スキル:物質固定】
種別:特殊スキル
ランク:S
説明:特定の範囲内に存在する全ての物体をその場に固定する能力。対象は物理的に拘束され、一定時間動けなくなる。
【効果範囲】半径10メートル
【持続時間】10秒
「これで、お前も物質固定の一端を使えるようになるだろう。上手く活かすんだな」
「……ありがとうございます」
主人公は深く頭を下げた。その手には、新たな力の感覚が宿っていた。
※ ※ ※
「さあ、行くぞ」
イザナが全員を見渡しながら静かに言った。
その声には、確固たる決意が込められている。
「気合いを入れろ。我々の目的は、ただ生き延びることではない。このダンジョンを攻略することだ」
「「「「おう!」」」」
全員が一斉に声を上げ、仲間たちの士気が最高潮に高まった。
(この力を無駄にするわけにはいかない……絶対に、このダンジョンを突破してみせる!)
周囲の風が一層強くなり、門がまるで新たな挑戦を迎えるように静かに揺れていた。
※ ※ ※
ロシアの奥地にある古代遺跡――その名も「氷の虚無ダンジョン」。
岩石で築かれた巨大なゲートをくぐったその先には、刺すように鋭い冷気が吹き出してくるダンジョンがあった。
肌に触れるたび、身体の芯まで凍りつくようだ。
防寒装備を万全にしてきたはずなのに、もう指先がジンジンして感覚が薄れていく。まるでこの大地そのものが生気を吸い取ろうとしているみたいだ。
基本的にダンジョンゲートで出現したダンジョン内部における寒暖の特殊デバフ(極寒や灼熱)は、現代科学における防寒装置や燃焼装置はほとんど通用しない。
これは、デバフ自体に魔力が込められており、耐寒や耐熱も魔法やダンジョンアイテムによる
このダンジョンは、魔力としての「寒さ」が貫かれており、つまりは防寒も防熱も魔法でないと対応できないのだ。
これが、近代兵器や軍隊などがダンジョンに挑むことができない理由の一つでもある。
「防寒装備をしていても、この寒さはきついな」
霧島が首をすくめて言う。
その言葉に同調するように、俺も背筋にゾクッと冷たい震えを感じた。
そんな俺たちを見て、白石が魔法を放つために両手を掲げる。
【体温上昇】
効果:体温を適切に維持し、冷気から身体を守る。
「これで少しはマシになるはずよ」
一瞬、淡い光が視界を覆い、仲間全員が暖かな魔力に包まれた。
ホッと胸をなで下ろすが、それでもここの冷気はやはり尋常じゃない。
次の瞬間、大刀がダンジョンの床に積もった雪をザクッと踏みしめながら大げさに嘆く。
「いや、まだ寒いぞ……なんなんだよ、これ! 最新の防寒装備、破格の値段だったってのに!」
地面を見下ろすと、厚い氷の層がギシッと不気味な音を立てていた。まるで人を拒むように踏み鳴らすたび、きしむ悲鳴が足元から響いてくる。
「ここ、温度マイナス100度くらいじゃないか?」
霧島が唇を震わせながら呟く。
目にはうっすらと涙すら浮かんでいるようだった。
先頭に立つ藤堂が鋭い視線を雪原の奥へ向け、慎重に頷く。
「南極のロシア基地よりも寒いだろうな。普通なら生きていられない」
ヒュウッ……と吹き抜ける風が、まるで猛獣の唸り声のように耳元を掠めていく。
それだけで背中に鳥肌が立つ。
「……これを使います」
俺はマジックバッグから宝玉を取り出した。
深紅に輝くそれは、この極寒の地にまったく似つかわしくない熱を宿している。
【アイテム:灼熱のオーブ】
種別:特殊アイテム
ランク:S
説明:周囲の温度を一定範囲内で上昇させる効果を持つ高級アイテム。
「これなら、温度を上げられるはずだ」
灼熱のオーブを高く掲げると、ボウッという音とともに紅の光が広がり、周囲にほんのりとした熱が生まれ始める。
冷たさが少しだけ和らぎ、俺はふうっと胸を撫でおろす。
「これなら進めそうだな。ただし、オーブの効果が切れたら厳しいぞ」
すかさず藤堂が言葉を差し挟み、杖を握って魔法を発動させた。
【効果継続補助】
効果:アイテムやスキルの効果を長時間維持する魔法。
「これで、灼熱のオーブの効果を安定して維持できるはずだ」
「さすが藤堂さん!」
思わず感嘆の声が漏れる。
俺たちは少し楽になった身体をほぐしながら、ゆっくりとダンジョンの奥へと踏み込んでいく。
左右の壁は高さ数メートルはある氷の結晶でできていて、内部にうっすら古代文字が輝いているのが見える。
妙に神々しくて、それでいて不気味だ。
(こんな場所、今までのダンジョンでも見たことない……。油断すれば死ぬ――それくらいの覚悟で挑まないと)
硬い氷の床をザクザク踏みながら、俺たちは奥へ奥へと進む。
寒さ対策がある程度うまくいったおかげで、身体は動くが、それでも気を抜けば鼻先がしびれて呼吸がうまくできなくなる。
「待て!」
霧島が鋭い声で警戒を促す。
次の瞬間、ゴゴゴ……という低い唸り声が通路の奥から響き渡った。
「来るぞ……!」




