第百三十一話 ロシアの工作員
ホテルに到着した俺たちは、ロビーでチェックインを済ませた。レッドホテルウラジオストクの内装は豪華そのもので、大理石の床や煌びやかなシャンデリアが出迎えてくれる。
「ここがロシア最高級ホテルか……さすがにすごいな」
大刀が目を輝かせながら周囲を見渡している。
だが、俺たちはその豪華さを堪能する余裕などなかった。
バスが襲撃されるという異常事態の後だ。
全員が神経を研ぎ澄ませ、周囲を警戒している。
「少し落ち着けよ。目立ちすぎる」
霧島が冷静に注意を促す。その言葉に大刀は渋々頷いた。
部屋に案内されると、それぞれの部屋はスイートルーム並みの広さと豪華さだった。
暖房が効いていて、窓から見える雪景色がロシアの冷たい空気を忘れさせてくれる。
「ここなら少しは体を休められそうだな」
藤堂が伸びをしながら呟く。
「でも、油断は禁物よ。こんな場所に泊まるなんて、逆に目立つわ」
白石が不安げに言う。その言葉にイザナが静かに頷いた。
「確かに。今夜は誰かが交代で見張りを立てるべきだな」
「なら、俺が最初にやるよ」
俺がそう言うと、大刀が肩をすくめて笑った。
「おい天城、お前はまず休めよ。こういう時こそ体力温存が大事だろ?」
「じゃあ……お願いします。大刀さん、ありがとうございます」
「いいってことよ」
そう言って、大刀は手をひらひらとふる。
だが、その夜、平和な時間は長く続かなかった。
※ ※ ※
深夜、ホテルの静けさを切り裂くように、廊下から微かな物音が聞こえた。
「……何だ?」
ベッドで横になっていた俺は、物音に気づいて目を覚ました。
音を立てないように起き上がり、耳を澄ます。
(誰かの足音……複数人だ)
その瞬間、心臓が跳ねる。
急いで装備を手に取り、部屋を出た。
「天城、起きたか」
廊下に出ると、大刀がすでに待機していた。
彼の表情は鋭く、緊張感に満ちている。
「何かいます」
小声で伝える。
「ああ。足音が増えてる。おそらく複数だ」
その言葉に緊張感が走る。
俺たちは声を抑えながら、廊下の奥へと進んだ。
「来るぞ!」
遠くで足音が加速する。
次の瞬間、黒い装備に身を包んだ複数の男たちがホテルの廊下に現れた。
その動きは訓練されたもので、明らかにただの不審者ではない。
「くそっ」
俺は断罪剣を抜く。大刀も大剣を構えた。
「武器を捨てろ。さもなくば撃つ」
低い声で命令してくる工作員たち。
しかし、俺たちは全く動じない。
イザナが、工作員の後方から姿を現したからだ。
「挟み撃ちだな」
「!?」
工作員が動揺する。
「徹底抗戦だ。ここで屈するわけにはいかない」
イザナが重力魔法を発動させる。
【グラビティフィールド】
効果:周囲の空間を歪め、敵の動きを封じる。
その場の空気が一瞬にして重たくなり、工作員たちの動きが鈍る。
その隙に、俺たちは攻勢に出た。
「天城、行け!」
「はい!」
俺は断罪剣を振り抜く。
ランクダウンのスキルは使っていない。
敵の防御を崩すための一撃を繰り出しのだ。
工作員たちは慌てて体勢を整えようとするが、圧倒的なスピードを誇るストレンジャーの動きに、一介の工作員が対抗できるわけもなかった。
あっという間に鎮圧されていく。
※ ※ ※
数分の戦闘の末、工作員たちは無力化された。
冒険者相手に、単なる兵士が襲い掛かっても勝てるわけがない。
しかもS級が複数人いるのだ。あっさりと勝負は決まった。
俺は剣を握り締めたまま、その男を見下ろす。
(俺……一介の高校生だったはずなのに、今や軍隊の兵士とやり合ってるなんて……こんな日が来るなんて想像もしてなかった)
違和感を覚えつつも、現実を受け入れるしかなかった。
「イザナさん、この工作員たち……どうします?」
「口を割らせる」
イザナが冷静に言い放ち、捕らえた男に近づく。
「目的は何だ?」
最初は何も言わなかった工作員だが、イザナの鋭い視線と圧力に耐えきれず、小さく口を開いた。
「記憶のオーブを……手に入れろと……」
その言葉を聞いた瞬間、全員が息を呑んだ。
「やはりな……」
イザナが静かに呟いた。その目には冷徹な光が宿っていた。
(この旅は、ますます危険になっていく……)
俺はそんな思いを胸に抱きながら、改めて剣を握り直した。




