第百二十四話 闇の波動に目覚めし者
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時間がわずかに遡る。
冷たい石床の感触が全身を包み、俺は目を閉じたまま必死に意識を繋ぎ止めようとしていた。
痛みと絶望の渦の中で、心の奥底にある何かが呼びかけているような感覚がした。
(この声……誰だ?)
暗闇の中で、遠くから響いてくる声。
それはどこか懐かしく、しかし同時に未知の力を感じさせるものだった。
「恐れるな……絶望の中にこそ、力が宿る。その力はすべてを覆す闇の刃となるだろう……」
声は静かだが力強く、耳元で囁くように聞こえた。
同時に、俺の脳裏には別の光景が浮かび上がった。
それは大魔導士スペシリア――古の伝説として語り継がれる存在が、絶望の淵に立たされ、心を砕かれそうになりながらも力を解き放った瞬間だった。
彼の周囲に渦巻く魔力が、一瞬で闇を引き裂き、目の前の敵を吹き飛ばしていく。
その光景が、まるで自分の体験のように俺の意識に流れ込む。
彼もまた、誰かを守れなかった苦しみの中で目覚め、自らの力を超越した魔力を手にしたという。
「私は……弱くない! 私には、必ず守ると誓ったものがある!」
スペシリアの声が、俺の心に重なる。
言葉が胸の奥で響き、体の奥底から熱が湧き上がってくるのを感じた。
「俺だって……同じだ! 俺にも守りたいものがあるんだ!」
俺の声がスペシリアの声とシンクロする。
その瞬間、闇が激しく渦を巻き、俺の体を覆うように広がっていった。
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ステータス(覚醒状態)
•ランク: S+ ※強制確定
•HP: 完全回復
•MP: 通常時の10倍(闇波動発動中)
•攻撃力: 通常時の5倍
•防御力: 魔法防御特化(闇属性攻撃無効化)
•スキル:
o闇槍乱舞(Dark Lance Barrage): 闇の槍を無数に形成し、対象を圧倒的な物量で攻撃。
o闇波動展開(Shadow Wave Expansion): 闇の波動を広範囲に展開し、敵の防御を無効化。
o自動再生(Auto Regeneration): 一定時間ごとにHPを回復。
oリストア・オール(Restore All):全ての仲間のHPと状態異常を完全回復する。
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魔王の笑みが凍りつく。
「……何だ、この力は……!?」
俺の体を包む闇の波動がさらに濃密になり、闇が物質のように凝縮されて刃や槍の形を取り始める。
その圧倒的な力により、空間全体が震え、足元の石床が次々と崩れ落ちる。
闇が周囲を飲み込むたび、魔王の威圧感がかき消されていく。
闇が激しく脈動し、空気が震え、耳を劈くような音が響き渡った。
「まさか……! そんなことが……貴様のランクが……S+だと!? いや、そんなはずがない……人間ごときが、この我と並ぶなど……あり得ない!」
魔王の赤い瞳が驚愕に見開かれる。
「あり得ない! 人間にSを超えるものなど存在しないはずだ!!」
俺の意識はほとんどなかった。
ただ、体の奥底から湧き上がる圧倒的な力が、全身を支配していた。渦巻く闇が魔王の方へと勢いよく迫り、触れるだけで空間を砕き始める。
「守りたい……俺は、みんなを守りたい! そのために、何度だって立ち上がる……!」
静かに呟かれたその言葉と共に、俺の手が闇の波動を纏い始める。
【闇槍乱舞】
効果: 闇の槍を無数に形成し、対象を圧倒的な物量で攻撃。
その闇は槍のように形を変え、次々と周囲に放たれる。
槍の一撃が魔王の胸元をかすめ、その衝撃で周囲の石柱が次々と崩壊していった。
「ぐあああっ!!」
魔王の体が空中に吹き飛び、石壁に激突する。
その衝撃で壁が砕け、破片が四散した。
魔王の鎧にひびが入り、その威厳が少しずつ失われていく。
「こんなバカな!! 人間に……! なぜだ、なぜこんな力が……!」
地面に崩れ落ちた魔王は、目の前の存在に恐怖の表情を浮かべていた。
俺の意識は朦朧としていたが、体は動き出す。
闇の波動が再び強くなり、周囲の空気を震わせる。
その力は俺の体を超え、周囲の全てを圧倒するものだった。
【闇波動展開】
効果: 闇の波動を広範囲に展開し、敵の防御を無効化。
「みんな……助けなきゃ……みんなを……」
闇の王をもしのぐ、恐るべき存在が、いま魔王に向かって手を掲げる。
「ぐ……そんな……我が……敗れるなど……!!」
グシャッ!!
夜闇の魔王は、強い圧力で押しつぶされたように、その身体を霧散させた。
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「みんなを……守らなきゃ……」
朦朧とした意識の中、俺はふたたびスキルを使用する。
俺の体を包む闇が柔らかな光へと変わり、その光は波紋のように広がっていく。
闇と光が絶妙に混ざり合い、まるで新たな生命が誕生するような神秘的な輝きとなった。
その光が仲間たちに触れた瞬間、冷たい空間に温かさが戻るような感覚が広がった。
手をゆっくりと掲げると、仲間たちを覆うように優しい光が広がる。
【リストア・オール】
効果:全ての仲間のHPと状態異常を完全回復する。
闇と光が混ざり合った波動がイザナ、大刀、霧島、白石の体に触れた瞬間、彼らの傷が癒え、苦しげだった呼吸が穏やかになる。
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「……助かったのか?」
イザナがゆっくりと目を開き、状況を把握するように辺りを見回した。
その視線は、今まで見ていた悪夢の名残に怯えるようでもあった。
「……俺は、確か……仲間を失ったはずじゃ……いや、これは……現実か……」
大刀が体を起こしながら拳を握りしめ、震える声で言った。
「夢……だったのか。だが、こんなリアルな恐怖は初めてだった……」
霧島は双剣を手に立ち上がりながら、眉をひそめて呟く。
「俺もだ……全員がやられるところだった。それを……天城が……」
「そうよ……天城くんが助けてくれたのよ!」
白石が涙をこぼしながら叫び、倒れていた俺の体に駆け寄る。
その顔には安堵と感謝が入り混じっていた。
「天城……お前が……?」
霧島が驚きの声を上げる。
しかし、俺は彼らを見つめることなく、その場に崩れ落ちた。
「天城くん!」
白石が駆け寄る。俺の顔には微かな笑みが浮かんでいた。
「……良かった……」
それだけ呟くと、俺の意識は完全に途切れた。




