第百二十三話 覚醒
「俺は……無力……」
その言葉を呟いた瞬間、意識が揺らぎ、目の前の景色が一変した。
熱気と悲鳴に満ちた光景は消え、冷たい石床の感触が全身を支配する。
体中に激しい痛みが走り、何かが胸を締め付けるような感覚に襲われた。
「……がはっ!」
視線を下げると、自分の横腹を貫いている漆黒の剣が見えた。
魔王の赤い瞳が目の前に迫り、その冷たい笑みが視界に映る。
「目覚めたか……。だが、もう遅い」
魔王が剣を引き抜くと同時に、血が飛び散り、体が崩れ落ちる。
全身に力が入らず、地面に倒れ込むと、冷たい石床の感触がさらに強くなった。
「これは……現実……?」
さっきまでの、家族やクラスメイトたちが死んでいったのは……悪夢?
幻影を見せられていたのか?
かすむ視界の中で、仲間たちの姿が目に入る。
イザナが血を流しながら倒れ、その口から微かなうめき声が漏れている。
大刀は盾のように剣を握ったまま伏し、霧島も動かず横たわっている。
白石の肩からは大量の血が流れ、苦しそうに息をしている。
「仲間たちが命を落とすのは、時間の問題だな……。お前が無力なままでいる限り、一人ずつ消えていくだろう。次は誰だ? イザナか? それとも、あの白石という娘か……?」
魔王が冷たく嘲笑しながら言い放つ。
その言葉が耳に突き刺さり、胸がぎゅっと締め付けられるような痛みに襲われた。
「……くそっ……」
焦燥感が全身を駆け巡る。
このままでは、全員が助からない……その現実が容赦なく頭を叩きつける。
周囲には血の匂いが漂い、その光景が現実であることを突きつけてくる。
その時、体中に新たな感覚が襲った。
【フルバッドステータス付与】
•毒:全身に広がる痛みが喉を焼けつくように駆け巡る。
•麻痺:手足が動かず、地面に縫い付けられたようだ。
•鈍足:一歩踏み出すたびに、意識が遠のく。
•防御低下:全身が裸のように脆弱に感じられる。
•攻撃力低下:腕に力が入らず、武器が重く感じる。
•眠気:意識がぼやけ、まぶたが重たくなる。
•呪い:心の中に重苦しい何かがのしかかる。
•
体が思うように動かず、視界もますますぼやけていく。
全ての力が奪われていくような感覚に支配される中、魔王の声が響いた。
「愚かな者どもよ。これが我の力だ。貴様らが束になろうとも、この迷宮の主たる我には及ばぬ! 絶望の中で朽ち果てるがよい……!」
魔王の勝ち誇った声が耳を刺す。
だが、その声を聞きながら、俺の中に一つの事実が浮かび上がった。
「……さっきまでのは……幻影……」
目の前で見た光景――母も姉も、朱音も、リナも、リンも――全てが偽りの幻影だった。
それに気づいた瞬間、胸の奥にあった何かがスッと消えた。
(そうか……あれはただの嫌がらせだったんだ……)
瀕死の体を引きずるようにして、俺はわずかに笑みを浮かべた。
「……よかった……。母も姉も、もう一回殺されたわけじゃないんだ……」
その言葉を口にすると、胸の中に微かな温かさが戻ってきた。
それは、小さな希望だったかもしれない。
しかし、その希望が全身に新たな力を呼び起こしていく。
その言葉に魔王が動きを止めた。
冷たく不気味な笑みが、わずかに歪む。
「何を……言っている……?」
「月宮さんも……リナもリンも……死んだわけじゃなかった……」
かすれた声で呟く俺の顔には、どこか安堵の色が浮かんでいた。
「全部、お前の悪趣味な嫌がらせなだけだろう……?」
そう言い放った瞬間、俺の体を覆うように黒いオーラが立ち上がった。
「……何!?」
魔王が一歩後ずさる。
その赤い瞳が驚きに見開かれる中、俺の全身を包む闇の波動が、まるで生きているかのように渦を巻き始めた。
「……悪趣味なことをしてくれたな……」
俺は微かに笑いながら、ゆっくりと体を起こした。
その動きに伴い、闇の波動がさらに激しく渦巻く。
「貴様……何をしている……!」
魔王の声が焦りに染まり、動揺が伝わってくる。
その様子を見ながら、俺は力強く立ち上がった。
「全部、お前のせいだよな……だったら、全部終わらせてやる……!」
その言葉に呼応するように、闇の波動がさらに強く渦を巻いた。
空間全体が震え、まるでその場の重力そのものが変わったように感じられる。
「俺の中には……まだ守りたいものがある……!」
拳を強く握り締めたその瞬間、体の周りを覆う闇が激しく光を放ち始めた。
魔王の顔には明らかな焦りが浮かび、その赤い瞳が不安げに揺れる。
「貴様……何をしている!? その力は……!」
闇の波動は次第に嵐のように激しさを増し、石床が軋む音が響き渡る。
闇が渦を巻き、空間全体が揺れ動く中、魔王の赤い瞳が揺らいだ。
「俺には、まだ守るものがある! イザナさん、白石さん、大刀さん、霧島さん、藤堂さん……みんなを守る。それが、今の俺にできる唯一のことだ!」
拳を強く握り締めると、闇の波動が刃のような形を作り、俺の周囲に浮かび上がる。
それは、まるで新たな力の象徴のようだった。
その言葉と共に、一歩踏み出すたびに闇の波動が形を変え、まるで刃のように魔王を取り囲む。
闇の中で渦巻く新たな力を感じながら、俺は魔王を真正面から見据えた。




