第百二十二話 無限迷宮の支配者
無限迷宮(Endless Labyrinth)の最奥にたどり着いた俺たちは、広大な闇に包まれた空間へと足を踏み入れた。
壁や天井には、古代文字が刻まれた巨大な石版が埋め込まれ、わずかな光がそこから漏れ出ている。
だが、その薄明かりの中で不気味な影がゆっくりと動いていた。
「ようこそ……無限迷宮の果てへ」
低く冷たい声が響く。
その声の主が、闇の中からゆっくりと歩み出る。
漆黒の甲冑はまるで闇そのものをまとっているかのようで、足を踏み出すたびにその周囲の空気が歪むように見えた。
冷たいオーラが空間全体を支配し、圧倒的な威圧感が襲いかかる。
漆黒の甲冑を纏い、頭部にはねじれた角が生えたその存在は、まさに「夜闇の魔王(Lord of Nocturne)」と呼ぶに相応しい威圧感を放っていた。
「貴様らが、この迷宮を冒した愚かな侵入者か……愚かしい。だが、その勇気だけは称えてやろう」
「夜闇の魔王……!」
イザナが一歩前に出て静かに名を呼ぶ。
「貴様の存在は知っている。この迷宮の終わりは、私たちが切り開く」
「ほう……貴様らが、この迷宮を終わらせるとでも?」
魔王の赤い瞳が光り、低く笑い声を上げた。
その声は空間全体に響き渡り、空気を震わせる。
「我は闇そのもの……この迷宮の主だ。ここではすべてが我が意のままに動く。貴様らの存在など、ただの愚かな光に過ぎぬ。いかに抗おうとも、絶望という深淵から逃れる術はないのだ」
「やってみねえとわからねえだろう、そんなこと!」
大刀が前に出て大剣を振りかざすが、魔王は一切動じることなく手を軽く掲げた。
「では、貴様らに……絶望を与えてやろう」
その瞬間、空間全体が揺れ、闇が濃密に渦を巻き始めた。視界が歪み、足元が不安定になる。
そして、俺たち全員はそれぞれ別々の場所へと引き裂かれるように飛ばされた。
※ ※ ※
俺が目を開けると、そこは見慣れた街の風景だった。だが、
街は燃え、悲鳴が響き渡っている。
(ここは……)
目の前に広がるのは、かつて俺が経験した悪夢――スタンピードだ。
なぜ突然、この場所に――そう思う間もなく、俺はあの悪夢で救えなかった二人の存在を思いだす。
「……母さん! 姉さん!」
気づけば叫んでいた。
視線の先には、モンスターの群れに囲まれた母と姉の姿があった。
彼女たちは必死に逃げ惑いながらも、追い詰められていく。
「助けなきゃ……!」
俺は足を動かし、武器を手に走り出した。
だが、体が重い。
まるで泥の中を進むような感覚が全身を支配している。
「動け……もっと早く……!」
必死に体を動かそうとするが、足は鉛のように重く、視界の端では母と姉がモンスターの爪に捕まっている。
心臓が締め付けられるような感覚に襲われ、胸の奥から込み上げる叫びが止まらない。
必死に自分を奮い立たせるが、モンスターの牙が母の体に突き刺さるのを止めることはできなかった。
「母さんっ!」
その声が届くことはなく、次に姉がモンスターに捕まる。
「蓮……逃げて……!」
「嫌だ……嫌だっ!」
涙が止まらない。
目の前で家族が倒れる光景を、俺はただ見つめることしかできなかった。
「うう、母さん……姉さん!!!!」
最愛の家族を失い、絶望にさいなまれる俺。
その時、周囲がさらに暗くなり、次々と新たな悲劇が目の前に現れる。
「えっ……」
「天城くん、助けて!」
振り返ると、クラスメイトたちがモンスターに襲われていた。
朱音は必死に逃げようとしながらも追い詰められ、助けを求めて叫んでいる。
「月宮さん!!」
そうして、彼女はモンスターに殺されてしまう。
「ああ……天城くん……助けてくれるって……」
「月宮さああああああん!!!」
それだけではない。
さらに、その視界の先に広がるのは、ギルド『アカツキ・ブレイド』の崩壊だった。
リナとリンが奮闘しながらも、次々と仲間たちがモンスターに倒されていく。
「リナ! リン! くそっ、やめろ!」
俺の叫びは届かず、モンスターたちは彼女たちに迫る。
リナは最後の力を振り絞り、剣で一体を撃退するも、その瞬間に別のモンスターが彼女に襲いかかる。
「天城くん、私たちを守るって言ってくれたのに……」
リナの絶望に満ちた声が胸を貫く。
リンも魔法を振るいながら必死に抵抗するが、数の暴力に飲み込まれていく。
「頼む……頼むから、やめてくれ!」
俺は足を動かそうとするが、まるで呪縛に縛られているかのように動けない。
仲間たちが次々と命を落としていく光景が、目の前で繰り返される。
「俺が弱いから……」
心の中でその言葉が何度も響く。
その度に視界が暗くなり、さらに深い絶望が心を蝕んでいく。
が言うことを聞かないまま、全員が次々と倒れていく。
「どうして……俺は……!」
自分の手を見つめた。震える指先には何も力がない。
目の前で大切な人たちが命を落としていくのを、俺はただ立ち尽くして見ているしかなかった。
「お前の力が弱いからだ……」
その言葉が心臓を貫くように響いた。
魔王の赤い瞳が俺を見据え、嘲るような笑みを浮かべる。
背後には炎と悲鳴が混ざり合い、大切な人たちが次々と命を奪われていく光景が映る。
頭の中に直接響くような声が聞こえた。
気づけば、目の前には夜闇の魔王が立っている。
「だから、お前は誰も守れない……お前の存在に意味はない」
魔王が手を伸ばし、俺の肩に触れる。その瞬間、体が凍りつくような感覚に襲われた。
魔王の指先が額に近づくにつれ、冷たい闇がじわじわと体に染み込んでくる。
その感触は針のように全身を刺し、心臓を締め付けるような痛みが襲った。
息が詰まり、呼吸すら満足にできない。
体を動かそうとするが、指先一つすら動かせない。
足元が暗闇に飲み込まれ、次第に視界がぼやけていく。
魔王の笑みが浮かび上がり、嘲笑が頭の中で響き続ける。
「貴様が無力だからだ……貴様が存在する限り、誰も救われることはない……」
その言葉が剣のように心を抉る。目の前に母や姉、そして朱音たちの死んでいく姿が繰り返し浮かび上がる。
「違う……そんなの……」
声を上げようとするが、喉が凍りつくように動かない。
頭の中では、暗い声が繰り返し囁く。
「お前の罪は消えない。お前の弱さが、すべての悲劇を招いたのだ……」
胸が重く、体が崩れ落ちるように力が抜けていく。
視界の端には、誰かの笑顔だったはずの顔が、絶望に染まる光景が広がる。
「さあ、全てを終わらせろ」
魔王の指が額に触れた瞬間、俺の中に暗い確信が生まれた。
(そうだよな……俺のせいだよな……)
母も、姉も、朱音たちも、全て俺が弱いから死んだんだ。
目の前に繰り返し浮かび上がる絶望の光景が、心臓を締め付ける。足元の闇がさらに深まり、膝が崩れ落ちる。
「お前が強ければ、彼らは生きていた……」
魔王の声が冷たく心に刺さる。
その言葉に反論する気力すら湧かない。
「お前が存在する限り、何も守れない……お前の存在は、災厄そのものだ」
心臓が止まったかのような感覚に陥り、視界が完全に暗闇に覆われる。
声にならない叫びを絞り出した。
その一言が自分を現実につなぎ止める唯一の糸のようだったが、闇はその声をもかき消そうとしていた。
声にならない声を絞り出す。
だが、頭の中に流れる絶望が、俺の心を蝕んでいく。
「お前は無力だ。ここから先に進む資格などない」
闇の中で囁かれる声が、耳元に纏わりつくように響く。
心の中に芽生えた絶望が、俺を深い闇へと引きずり込んでいく。
目の前の景色が歪み始める。
炎、悲鳴、涙、それら全てが混ざり合い、現実と悪夢の境界が曖昧になっていく。
「俺は、無力……」
手の中に握る剣が崩れ落ちるように感じられる。
自分の存在そのものが否定され、体の力が抜けていく。
振り払おうとしても消えない暗い声が、心の奥深くに根を張り、俺を飲み込もうとしていた。
自分を疑う声が心の中で渦巻く。
だが、その声を振り払う術が、今の俺には見つからなかった。
本作をお読みいただきありがとうございます。
二作目の新作も連載を開始させていただきました。
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異世界どうぶつのもり ~魔物とショップ機能とDIYでゆるく過ごす楽園スローライフ。転移直後に背負わされた借金三十億円を返すのなんか楽勝です~
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