第百十七話 ドイツの首相の登場
ヘリが降り立った先は、古代の城塞跡地――ドイツのバイエルン州にあるヴェルトブルク城。
その壮大な石造りの遺跡が、空の下に静かに佇んでいる。
「ここが……ダンジョンゲートの入り口なのか」
俺たちはヘリを降り、風に煽られる髪を押さえながらその場に立ち尽くしていた。
周囲には厳重な警備が敷かれており、迷宮の前には一団のドイツ政府関係者が待ち構えている。
その中心に立つのは、見るからに偉そうな態度の男――ドイツの首相、ヴィルヘルム・グローエだ。
「ようこそ、日本のストレンジャーのみなさん」
グローエ首相は一歩前に出ると、俺たちを見下ろすような視線を向けてきた。
その冷酷な笑みには、相手を圧倒しようとする意図が透けて見える。
「アメリカでは記憶のオーブの提供を拒否したそうではないか。しかし、ここドイツでは、そのようなことは許されない。我々にオーブを渡してもらう」
その言葉には圧力が滲んでいた。
背後の側近たちも睨みを利かせ、まるで「逆らうことは許されない」と言わんばかりだ。
「我々は、ダンジョンゲートの謎を解明するためにどれほどの犠牲を払ってきたと思っている? 君たちストレンジャーは、我々政府の支援によって成り立っているということを忘れないでいただきたい」
グローエの言葉はさらに続く。
「オーブを渡せば、すべてが丸く収まるのだ。これ以上、不必要な摩擦を起こすべきではない」
その冷たい口調に、俺たちの間に緊張が走った。
だが、イザナは一歩も引かない。
彼の鋭い目がグローエを真正面から捉える。
「その約束はできません」
短い一言だったが、その声には揺るぎない意志が込められていた。
グローエの表情が一瞬固まる。
「貴様、いちストレンジャーのくせに……!」
側近が声を荒げるが、イザナは動じることなく静かに言葉を重ねる。
「我々は、国連で採択された協定に基づいて動いています。オーブの情報は全世界に共有することが決まっており、そのルールを破る権利は誰にもありません」
その言葉に、グローエの顔が次第に赤く染まっていく。
「もしこの場で我々に圧力をかけるなら、ドイツはダンジョンゲート解明を放棄した国として非難されることになるでしょう。それは、ロシアも中国も賛同している協定を破る行為です」
「なっ……!」
グローエは悔しげに拳を握りしめると、苛立たしげに踵を返した。
「オーブを手に入れた暁には、情報提供をします。ご安心ください」
イザナが静かにそう付け加えると、グローエは苛立ちを隠しきれないまま去っていった。
※ ※ ※
「申し訳ありません。我が国のトップが無礼を……」
クラウディアが首を深く下げて謝罪してきた。
「いいえ、気になさらないでください」
俺たちはそれに軽く頷く。
「さあ、仕切り直しだな」
「おう!」
その場に緊張感が戻る中、俺たちは改めて迷宮への準備を整えた。
※ ※ ※
日本団のメンバーはそれぞれ独特の存在感を放っている。
イザナは冷静沈着なリーダーだ。戦略的思考と指揮力を持ち、どんな場面でも落ち着いて物事を進める。
「この場は私がまとめる。全員、冷静に対応しろ」
その言葉には自然と場の緊張をほぐし、秩序を生む力がある。
大刀 鋼は、巨体を誇る剣士タイプのストレンジャーだ。
巨大な大剣を軽々と扱う様子は、見ているだけで圧倒される。
「俺が前線を張る。みんなは後ろでしっかり支援してくれ」
その豪放な笑みと頼りがいのある言葉に、自然と仲間たちの士気が上がる。
霧島 瞬は、俊敏さを活かした双剣使いだ。
冷静な目つきと鋭い動きが印象的で、戦場では隙のない立ち回りを見せる。
「天城くん、しっかりついてこいよ」
その短い言葉に込められた信頼と厳しさが、チームの動きを引き締める。
白石 結衣は、後衛の魔導士だ。
攻撃魔法とサポート魔法を自在に使い分ける天才で、柔らかい笑顔が印象的だ。
「一緒に頑張ろうね、天城くん!」
その言葉に込められた優しさが、周囲に安心感をもたらす。
藤堂 隼人は、リーダー格の一人で、盾を構えた守備のスペシャリストだ。
チーム全体の防御を担当する頼れる存在だ。
「俺が守るから、安心して攻めてくれ」
その安定感ある言葉と行動が、全員の信頼を集めている。
そして俺、天城蓮。
かつては「ゴミスキル持ち」と嘲笑されたが、《過去視》の力で失われた価値を掘り起こし、アイテムを進化させてきた。
今では、俺のスキルがこの冒険の切り札として認められつつある。
(……このダンジョンでも、俺の力が役に立つはずだ)
そんな思いを胸に秘めながら、俺たちは迷宮への一歩を踏み出した。
※ ※ ※
無限迷宮ダンジョン。
入口を抜けると、目の前には果てしなく広がる迷路のような空間が現れた。
複雑に入り組んだ通路が、どこまでも続いている。
「油断するな」
イザナが鋭い声を上げ、全員が警戒を強める。
その時――
「モンスターだ!」
誰かが叫び、視界の端から巨大な影が現れた。
鋭い牙を持つ異形のモンスターがこちらに向かってくる。
「迎え撃て!」
俺たちは武器を構え、それぞれの位置を取りながら戦闘態勢に入った。
迷宮での試練が、今まさに始まった。




