第百一話 《過去視》の隠れたスキルアップ
「さて……やるか」
自宅の机にマジックバッグを広げ、その中身を一つ一つ取り出して確認していく。
明日から始まる海外遠征の準備だ。
アイテムを並べながら、その背景にある自分のスキル《過去視》について、ふと考え始めた。
このスキルがなければ、ここまで来ることはできなかった。
だが、最初からこんなに頼れるものだったわけではない。
《過去視》のスキルを手に入れた頃、正直なところ「ゴミスキル」と揶揄されるのも仕方ないと思っていた。
1秒前の過去を視るだけでは、何の役にも立たなかったからだ。
しかし、このスキルには特殊な特性があった。
それが【封印の開放】だ。
「そうだ……最初にそれを知った時は、本当に驚いたっけ」
手元にあるアイテムを見つめながら、当時のことを思い返す。
特定のアイテムに《過去視》を繰り返し使用することで、そのアイテムに付与されていた封印が紐解かれる。
そして、アイテム自体の「巻き戻り機能」によって、Fランク(あるいはそれ以下)のアイテムがA級アイテムへと変貌を遂げるというものだった。
最初に試したのは「ひび割れた槍」というチープなFランクアイテムだった。
何度も何度も《過去視》を使い続けた結果、その槍はかつてA級アイテム「天狼の槍」であったことが判明し、封印が解かれた瞬間にその輝きを取り戻した。
「あれが俺の《過去視》の第一歩だったな」
アイテムの封印を解くことで喜んでいた俺だったが、次第に《過去視》自体が変化していることに気づいた。
「でも……それだけじゃなかったんだよな」
おそらく、隠れたスキルアップが進行していたのだと思う。
最初は特定のアイテムにしか適用できなかった【封印の開放】が、次第に他のアイテムにも適応されるようになり、その姿が変貌し始めた。
しかも当時は全く気づけず、ただ無我夢中でスキルを使い続けていただけだった。
これはあとから理解したことだったが、よくよく考えると過去視を「重ね掛け」するだけでは、何年も時をさかのぼれるわけもなかった。膨大なスキル使用を必要とされるからだ。
そうではなく、もともと1秒ずつしか過去を遡れなかったものが、指数関数的に遡っていることに気づいたことも大きかった。
「これも……隠れスキルアップが進んだからなのかもしれない」
スキルの進化の理由は未だに明確ではないが、ひきつづき使用することで、またなにか変化があるかもしれない。
そして、大魔導士スぺシリアの言葉をヒントにスキルツリーを進めることができた。
そこで解放された《過去視:改》は、スキルの可能性をさらに広げた。
これまでA+ランクアイテム止まりだった進化が、S級アイテムにまで到達するようになった。
しかし、そもそもこの進化にも条件がある。
進化できるのは、元々A級やS級であったアイテムで、かつ【封印の開放】にたどり着けたもののみだ。
それ以外の、過去でもチープなアイテムはどれだけ《過去視》を使ってもチープなまま。
「これもまた、《過去視》の明確な限界なんだよな」
「叡智のクリスタル」というアイテムも、Fランクのただの石だったが、進化したのはそのアイテムが元々高ランクであったからだ。
「そして、アイテムだけじゃなく……」
《過去視》はアイテム以外にも応用が利く。これもスキルアップの効果であるのかもしれない。
空間や物質の過去、さらには生物の記憶に触れることさえできる。
隠されたエリアに眠るエドガーの記憶を辿り、彼の勇敢な戦いを追体験できたこと。
それは、アイテムではなく、生物の過去を視る《過去視》の応用例だった。
魔薬草が枯れた原因を探るため、畑に触れて《過去視》を使い続けたことで、犯人がドレイン魔法を使っていた痕跡を辿り着けたのもまた、《過去視》の新たな可能性を示していた。
「結局……」
全てのアイテムを確認し終え、机を片付けながら呟いた。
《過去視》は決してゴミスキルではなかった。
それどころか、拡張性と応用性の高いスキルだ。だが、それを使いこなせるようになったのは、俺自身が「諦めなかったから」だ。
(ゴミだったのはスキルじゃない……俺のあきらめの早い心だったんだ)
「よし……準備完了」
全てのアイテムをマジックバッグに詰め込み、紐をきつく締めた。
(このスキルを使いこなして、今度は世界を救うために――)
心の中で決意を新たに、明日からの海外遠征のために、早めに布団に入った。