第百話 学校での報告
「天城くんが、しばらく海外遠征のために休学することになりました」
久しぶりに通う学校の教室。
先生の言葉が教室に響き渡ると、静まり返った空気が一瞬だけ続く。
その後、教室内が一気にざわつき始めた。
「えっ……天城って、あの天城?」
「Fランクだったよね? それが……海外遠征?」
「しかも、一流ストレンジャーしか参加しないダンジョン探索のギルドメンバーって……」
クラスメイトたちの囁きが耳に飛び込んでくる。
後ろの席から、さらに声が上がる。
「でも、天城ってもうBランクになったって聞いたぞ。冒険者ギルドで見かけたやつが言ってた」
「マジで? Fランクだったのに、どうやってそんなに上がったんだよ」
「すごいじゃん! 一流ストレンジャーって、普通何年もかけて目指すものだろ?」
「いやいや、あいつ絶対何かズルしてるだろ。そうじゃなきゃこんな短期間でBランクになれるわけないって」
「重課金ボンボンストレンジャー、とか言われてるしな」
「でも、だとしたら最初からそういうロールしてるだろ。にしてもいきなりこんなすごいことになる理屈はわからないが……」
「城戸くんを倒したときあたりから、なんか雰囲気も変わったよね」
「うん、ちょっと凛々しくなったというか、カッコよくなったというか……」
賞賛、嫉妬、懐疑――様々な感情が入り混じった声が飛び交う中、俺は自分の席でじっとしていた。
(全部聞こえてるんだけどなぁ……)
一方、教室の端では朱音が一人、えへんと胸を張っていた。
その顔には、どこか誇らしげな表情が浮かんでいる。
(月宮さん……)
彼女が何を考えているのかは分からないが、その様子を見て、少しだけ肩の力が抜けた。
「月宮さん、どうしたの? なんか嬉しそうだけど?」
近くの女子が声をかけると、朱音は少し照れくさそうに笑いながら答えた。
「えっと……別に? 天城くんのこと、ちょっと応援してるだけだよ!」
「ふーん、天城くんの応援かぁ。もしかして、特別な理由があったりして?」
「な、ないってば!」
そのやりとりが耳に入り、またしても居心地の悪さを感じる俺だった。
※ ※ ※
LHRが終わり、放課後。
俺はカバンを手に取り、教室を出ようとしていた。
「おい! 天城ィ!!」
教室の廊下に響く声に振り返ると、そこには城戸が立っていた。
鋭い目でこちらを睨んでいる。
「城戸……」
「お前、今までも急にA級アイテムゲットしてきたり、リナちんのダンジョン配信に出しゃばってきたりよォ!」
「……それがどうかしたか?」
静かに返すと、彼の顔に怒りの色が濃くなる。
「なんでお前ばっかり、そんなうまくいくんだよ!」
「急いでるんだ、いいか?」
「はぁ!? オマエ、そんな態度でいいと思ってんのか!?」
つっかかってくる城戸。
しかし、俺はもう城戸は眼中になかった。
「ああ、いいと思ってる。俺はこれからやることがあるからな」
「なっ……!! くっ、くっっそおおおお!!」
拳を握った城戸が、その勢いのままこちらに殴りかかってきた。
「お前なんか!!」
拳が振り下ろされる瞬間、俺は感じた。
城戸は俊敏性の高い動きで殴りかかってきたが、身体能力も向上し数多の死闘を潜り抜けてきた俺には、そのモーションはひどくスローリィに映った。
反射的に体を後ろに引き、拳を避けた。
その動きに城戸はバランスを崩し、前のめりに倒れ込む。
「うわっ……!」
床に手をつき、顔を上げた城戸が悔しそうに俺を睨む。
「なんで……お前ばっかり!!」
拳を握りしめ、再び立ち上がる城戸。
その目には、怒りと何か別の感情が混ざり合っている。
「俺は……俺はクラスの中で一番じゃなきゃいけねえんだ!!」
その言葉に、思わず息を呑む。
「そうしないと……そうしないと誰も俺のことを見てくれねえ……!」
歯を食いしばる城戸。その姿を見て、胸の奥に何かが引っかかる。
(そうか……こいつも同じだったのか)
「お互いに、がんばるしかないよな」
静かにそう言い残し、俺は彼を振り切るように歩き出した。
※ ※ ※
「天城くん!」
校庭を進んでいると、朱音の声が背後から響いた。
振り返ると、彼女が息を切らしながらこちらに駆け寄ってくる。
「月宮さん」
「ちょっと待ってよ! あんなやり取りしてたら、私だって心配になるよ」
「……見てたのか」
「そりゃ、城戸くんのあんな大きな声が響いてきたら、気になるに決まってるじゃない」
少しだけ呆れた顔を浮かべる彼女に、俺は微笑んだ。
「でも、ありがとう。大丈夫だから」
「本当に?」
彼女がじっとこちらを見つめてくる。
その真剣な眼差しに、思わず視線をそらしそうになる。
「平気さ。俺は今、やるべきことがある。それだけだ」
その言葉に、朱音が少しだけ口を尖らせた。
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」
「え?」
「だって……もう少し素直に頼ってくれてもいいのに」
その言葉に、胸の中が少しだけ温かくなるのを感じた。
「そっか……海外遠征の件、戻ってきたら、きちんと報告するよ。約束する」
「ほんと? 約束……だよ?」
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