お手をどうぞ、と言われましたので、遠慮なく平手打ちをお見舞いいたしました。
「僕は、女性を見た目でなんて判断しないよ」
名門リビアン学園に入学した当初、そう言って近づいて来た1人の男性こそ、私の初恋の方であり、私を心底バカにしたお方です。
◇*◇*◇
爵位ある両親の元に産まれた私を、それはそれは大事に育てて下さいました。
もともと子を授かりにくい体質だった母は、私を産む前に何度か辛い経験をしていたようです。そんな母を一番近くで献身的に支えていた父も、私の誕生を心待ちにしておりました。
そんな両親に育てられたものですから、私の身体は年を重ねるごとに、ぷくぷくと大きくなりました。
私自身、一度両親に尋ねたことがありました。
「お母様、私はこのままたくさん食べても良いのかしら。綺麗なお嫁さんになれます?」
「貴女はそんなこと心配をしなくても良いのですよ。外見だけで判断する殿方なんて、こちらから願い下げなさい。よく覚えておいて、女は、中身が綺麗な方が強いのです」
この、母の魔法の言葉を私は信じ続け、今となってはぷくぷくどころか、二足歩行ができる丸々太った豚のようになってしまいました。
ですが、私自身、体型のことは一切気にしておりませんでした。
そうして迎えたリビアン学園での生活。
ジロジロと見られていることはわかっていました。人と少し見栄えが違うだけで、こんなにも見られるだなんて、思いもしませんでした。同級生のほとんどは、それはそれはすぐにポキッ、と折れてしまいそうな手足をされていましたし、お化粧もばっちりされているお方ばかりでした。
そんな中、私に声をかけて下さったお方がいました。
「初めまして、可愛らしい人。僕はフィン・クラウドと申します。これからの学園生活、貴女みたいな素敵なレディと過ごせるなんて嬉しいです」
そう言うと、フィン様は私に破壊力抜群の笑顔を向けてくださりました。周りの女生徒たちからは悲鳴とも言える声が聞こえてきましたが、私には何も聞こえませんでした。まるで二人っきりの世界に入り込んでしまったかのような錯覚に陥るほどに・・・・・・。
私は一瞬で彼に恋をしてしまいました。
これが、私が生まれて初めて恋をした瞬間でした。
学園での生活は、楽しいの一言でした。
社交的な性格の私は、すぐにクラスメイトとも馴染むことができ、気づけば私には多くの友人ができていました。
この学園のランチは私にとって魅力的でした。食堂で、好きなもの好きなだけ食べられるというブッフェ方式を取り入れており、友人たちは私にたくさんの食べ物から、デザートまで取ってきてくれました。私の前には、必ずフィン様が座っておられました。いつもニコニコしながら、私が食す姿を見ておられました。
「フィン様、あまりまじまじと見ないで下さいますか」
「どうしてだい?」
「・・・・・・恥ずかしいです」
「貴女の美味しそうに食べる姿、僕は好きですよ」
「す、す、好きですって」
みるみる顔に赤みを帯びてくるのを、恥じらうように両手で隠してしまうと、それを制止するようにフィン様が私の手に触れました。
「隠さないで。貴女はどんな姿でも魅力的だよ」
同年代の異性から触れられたことがない私にとって、フィン様とのこの夢のような時間は、心臓に悪いと常々思っておりました。
日を追うごとに、どんどんと惹かれていく私は、誰から見てもわかるくらい、恋する乙女だったことでしょう。
そんな幸せな日は……ある日、突然、終わりを迎えるものです。
学園では定期的に試験が行われておりました。
名ばかりの令息・令嬢としてこの先を歩むのではなく、知識をも持ち合わせてこそ、将来活躍できる場が増える、と常日頃から言われておりましたので、皆それなりに学業にも力を入れておりました。
私も、負けじと知識を深め、学園3位の成績を収めておりました。
将来を期待され、青春を味わう日々。
私は本当に幸せ者だわ。
そんなウキウキした気持ちを抱え、学園の門までスキップしながら向かっていると、ふと見覚えあるお姿がありました。
あの後ろ姿は……
間違いないわ、フィン様ですわ。
驚かそうと思い、足音を立てないように近づいて行くと、何やら話し声が聞こえてきました。
「フィン様、今度の夜会で婚約者を発表されるとお聞きしたのですが……」
「あぁそうだよ」
「どこのご令嬢なのですか?」
「レディ、それは当日までの秘密だよ」
「……もしかして、……ですか?」
肝心なところが聞けずにいました。
すると、予期せぬ答えが私を待ち受けていました。
「この僕が彼女を?そんな冗談はやめてほしいね」
「ですが、あんなに仲がよろしいではありませんか」
「表面上、の付き合いだよ」
「そう、なのですか?」
「彼女との間に存在するのは、恋情でもなければ友情でもないよ。それに考えてみてもごらんよ。この僕の隣に、あんなに大きな、人でもないモノがいるだけでゾッとするじゃないか」
「悪い人ですわね」
「君みたいな可愛い子が隣にいてくれれば、僕は嬉しいよ」
「では、婚約者はどなたにされますの?」
「いくら可愛くお願いされても、それは答えられないんだ」
「まぁ」
「招待状は後日、みんなに送るつもりだよ」
「あの方にもですか?」
「そうだね、一応、彼女にも出すけど、きっと笑いものになるよ、ドレスでいくら着飾っても、体型は隠せないからね。僕に婚約者がいるって知ったら、どんな顔をするのかなぁ」
先ほどから聞こえてくる彼女、というのは、どう考えても私のことだわ。
でも……信じたくない。
これまで共に過ごして来た、あの楽しい思い出が、この一瞬で崩れ去ってしまうなんて……。
私はこの時、フィン様を見返してみせる、と強く決意をいたしました。
案の定、フィン様からは夜会の招待状が送られてきました。
夜会まで約半年。
私は邸に戻ってすぐ、隠れて聞いてしまったことを両親に伝えました。
私がフィン様に抱いていた気持ちを知っている両親も、私の意志を尊重し、協力して下さることになりました。
学園には諸事情でしばらくの間休学する旨を伝え、休学中の学習は邸で行うことになりました。
もともと成績優秀でしたので、先生方からのお咎めもありませんでした。
クラスの友人からは心配する文が届きましたが、将来のために勉学に励んでいる、とだけ返事をしました。
何が何でも見返すんだから!!
この強い気持ちを忘れることなく日々過ごし、
そして迎えた夜会当日。
フィン様からいただいた招待状を手に、私は会場となる古城へと向かいました。
歴史を感じる佇まい、奥ゆかしい雰囲気の古城に、私は思わず見惚れてしまいました。
会場へと足を踏み入れると、そこはまるで別世界があるような雰囲気でした。
外観は古びているのに、天井からはシャンデリアが吊るされ、幻想的な灯りが古城の中を照らしていました。
豪華絢爛、まさにこの言葉がぴったりだと思いました。
入り口で招待状を渡し、中へと足を踏み入れた私ですが、誰一人として気付いていません。
これまで長く付き合いがあったはずの友人ですら、私の姿に気付いていないだなんて……。
心の中で笑いながら、私はホールの奥まで足を進めました。
辿り着いた先には、見目麗しいフィン様のお姿がありました。
ですが、あんなに恋焦がれていたはずのフィン様を前にしても、これまで抱いていたような気持ちは消え失せておりました。
ふと、フィン様がこちらに視線を向けました。
一瞬でもドキリとした私は、私自身を許せませんでした。
多くの令嬢に囲まれている中、私の方へと足を向け歩き出したフィン様。
私の前で歩みを止め、あろうことか、彼は私へと手を差し伸べてきました。
「お手をどうぞ、美しい人」
私は彼を睨みつけ、力を込め、バチンッ。
彼の頬へと、遠慮なく平手打ちをお見舞いいたしました。
「フィン様、人を馬鹿にするのも大概になさい」
「き、君は・・・・・・」
「私は、近衛騎士団長ロン・マックウィーン様と婚約しております、リーナ・サルベリートですわよ」
「・・・・・・リーナ!!」
「散々人を馬鹿にして来られたフィン様、ご機嫌よう」
これまでの思いを晴らせた私は、にこやかに挨拶をした後、古城をあとにしました。
「リーナ、気は晴れたようだね」
「ええ。この通りすっきりですわ」
「我が愛しい婚約者を怒らせると、とんでもないことになりそうだね」
「ロン様、何か仰いましたか?」
「おっと、何も言ってないよ。では行こうか」
「えぇ」
ロン様の愛馬に跨がり、私はロン様に抱き抱えられるようにその場を後にしました。
私とロン様の出会いですか?
それは、また別の次の機会に・・・・・・。
虎娘『お手をどうぞ、と言われましたので、遠慮なく平手打ちをお見舞いいたしました。』
を読んで下さり、誠にありがとうございます。
・・・いかがでしたでしょうか?
面白い!なんか良かった!
と思って下さりましたら、是非とも★&いいね、をポチポチとしていただき、評価をお願いいたします。
作品の感想もいただけますと、私の励みにもなりますので、何卒よろしくお願いいたします。
今後とも虎娘の作品をよろしくお願いいたします。