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恋い慕う

作者: 黒魔道士


ええ、はい。

あの頃のことは鮮明に覚えています。

私の人生におけるターニングポイントってもので、到底忘れられるわけがありません。


だって彼との出会いは運命とすら思えたものでしたから。



・・・



生前の私は女でした。

それもはや懐かしく感じるような『ルクシア・リーン』という貴族の女。

私の父は伯爵家であり、

地上にある王国『グロスト国』の、

公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵からなるちょうど真ん中くらいの階級のお家で、このように言うとどこか嫌われるかもしれませんが、何不自由なく育ちました。

高齢な父にやっとできた娘だということで溺愛され、

日が昇ると同時期に目覚め、軽い運動と園芸をし、

ご本を読んで床に入る。

何をしてもよいし、何をしなくても全てを許された。

それが生まれついてからずっとで、私は誰よりも自由であり、同時に誰よりも自堕落で我儘あったのです。

そんな折、私が20歳を迎えた時でした。


「縁談?」


父の持ちかける縁談。

私に紹介したのは、王国貴族レイフィード家の嫡男、『ジガード・フォン・レンフィード』。

『レンフィード家』というのはグロスト王国の侯爵家にあたるお家であり、伯爵である私の家よりも一段位が高く、今後家を継ぐであろう兄の世間付き合いってやつの為にも嫁ぐ家柄としてはこれ以上なく良好で、直接の出会いはないもの。

だから彼のことは噂で聞く程度だが、18歳と若く、メンツ(顔)も悪くなければどうも暴力的な話も聞かない。

この国の貴族として産まれ、そして生きる中いやいやな政略結婚ってのはさほど珍しくないと聞くものだけど、

この場合、

私の場合、

否定する理由が見当たらない、そんな完璧な縁談だった。


「も、もちろん、謹んでお受けしますわ」


しかし、あまりに突然な話。

私は若干の戸惑いを隠せなかった。


な、なんで私なんかを…?


私がその縁談を了承するやいなや、

話は恐ろしいほど素早く進み。

早速かのジガード・フォン・レンフィードと顔合わせをすることとなった。

レンフィード邸への揺れる馬車の中、


なぜ私が選ばれたのか?

考えたのはそればかり。


なんでもこの縁談はレンフィード家の方かららしく。

レンフィードは侯爵家である。

侯爵家なんてものはそりゃモテる、誰からも嫌な顔はされないし、18歳の侯爵嫡男なんて普段社交でおじさん共の相手をしている貴女たちからすればそれこそ光り輝く宝石のように見えるだろう。

だからだ、

だからこそ、分からなかった。

なぜわざわざ、リーン家なんかを選んだのだろう?

上昇志向の高めな貴族社会において階級的に劣る私の家との婚約を願するなんてのは道理に合わない。

格下である私の家と繋がりを持ったとして何になる?

統べる領地が多少田舎よりだから特産物が美味いとか?

まさか、ははは。

じゃあ私か!?

私のこのキュート?

な顔面がジガードさまの心を打ちぬいてしまった?

って!いやいや、会ったこともないって。


じゃあ余計になんでだ?


分からない。

分からないヨ。

ゼンゼンワカンナイヨ。


知らないことが、無知が、これほど怖いとは思わなかった。


・・・


馬車が止まり目的地への到着を知らせた。

馬車から降りると、

そこではレンフィード家の従者数名が私の到着を待っていたて、そのまま何人かの従者に連れられたどり着いたのは、『城』。

貴族の屋敷というよりは城と表現する方が正しいような立派な邸宅だった。


「貴方がルクシア・リーン?」


そして、

そしてだ、

その邸宅の前で私の到着を待っていたのは他でもないジガード・フォン・レンフィードその人だった。

10人にも及ぶ従者らの前に立ち、

私よりも2年も若いのにそれを感じさせないオーラ。


さらに、さらにだ。

これが一番重要と言ってもいい。

最重要事項。


イケメンだった。


くすんだ栗色の金髪に、女よりもまっすぐな髪質。

彼の碧眼の切れた瞳は出会ったばかりであろう私の心をたやすく打ち抜いた。


「は、はぃ…」


私が淀みながらも答えると、彼は無言のまま私のそばに近寄り跪く。

何をしているのだろうと、暫く立ち止まっていると。


「…お手を…」


彼は小さな声で囁いた。

私達以外には誰にも聞こえないくらいの声量で。

その時私は思い出した。

このような儀礼があったと。

無礼がないようにと念入りに予習してきたはずなのに、

あまりの恋的衝撃でそれをすっかり忘れてしまっていた。


私はスカートの裾を持ち上げ、膝を折り、ジガードへ手の甲を差し出した。

ジガードは私の手を受け取るとその甲にキスをして立ち上がる。


「ご案内します。ルクシアさん」


取り巻きの従者達の拍手音。

向くジガードの視線。

そして、これから結婚するであろう彼に無作法とみられた私。

全てが気恥ずかしくて仕方がなかった。



・・・


最悪だ。

これ以上の最悪があるだろうか。

文字通り、最高の悪でサイアク。

いや?悪だから悪い方のベクトル…つまり最低の悪か?

ええい!もう!どっちでもいい!!


私はレンフィード邸の寝室で後悔の念に駆られていた。

時刻は夜、寝室にと貸し与えられた一室。

そこで私は、普段私の扱う枕より数段高級な羽毛の枕に惜しげもなく顔をうもれさせた。


「あぁぁあ…サイアク、サイアク、サイアク、サイアク…」


ジガードさまと出会って初っ端から恥をかいた。

それも大恥だ。

きっと無作法な女と見られただろう。

それに、あの後色々とレンフィード邸を案内されたが、緊張のせいか何も頭に入って来なかった。何か話しかけられた気もするけど、面白い返しもできなかったし。

丁寧で紳士的なジガードさま。

対照的にぶっきらぼうな態度の私。

つまらない女に見られたら…?

このまま、婚約破棄とかになったらどうしよう!?

ああ、ごめんなさい、お父様、お母様。

ごめんなさいお兄様、ご先祖様。

せっかくの機会を無駄にして…とても顔向けできない…。


不安が不安を呼び自暴自棄になっていた。

温室育ちの私にとってストレス耐性なんてものは紙切れのように薄くペラペラで、もういっそのこと3階にあるこの部屋のテラスから飛び降りて人生ごと楽になってしまおうかと思うくらいに精神がやられていた。


そんな時だった。


“コンコン”


と部屋のドアを叩く音がする。


「え?」


私は驚いた。

時刻は夜とはいえどどちらかというならば深夜。

本来ならとっくに誰もがお休みしているそんな時刻で、

この時間帯、何か本当に大事な急用でもなければ明日に回される。

そう、つまり、何か本当に大事な急用ってのが来たのだ。


「起きていますか?」


扉ごしからの誰かの声。

太さからして男の声だ。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいませ!」


それが、誰かは分からないが出ないわけにはいかないと、カーディガンを着て立ち上がり応接する。


「…あっ…。

あの…その…えー。

コホン…やあ」


扉を開けて私にはにかんだ笑みを向けたのは、ジガードさまその人だった。


じ、じじじ、ジガード…。

…さま


驚天。

驚愕。

人はあまりに驚きすぎると声が出なくなるといったがその通りらしい。


「その、ごめん…。

こんな夜遅くに尋ねてしまって。

でも、ただ、話したかったんだ、君と。

誰の目にも入らない静かな場所で」


「あの…?」


「め、迷惑だったら…その…いいんだ。

ごめんね、こんな夜にさ。

そりゃ寝てたよね…すごく非常識だった」


私が怒ってると思ったのかジガードさまは後ろ脚を一歩引く。

そこには午前のような紳士的で如何にも貴族といった立ち振る舞いはなく、どちらかといえば真逆、

年相応の18歳の少年の印象を受けた。

そして、それはこちらも然り、

この時の私は午前とは違い、いつにも増して勇敢だった。


「え?」


今度の戸惑いの声はジガードさまだった。


「いいえ、迷惑なんかございませんジガードさま。

ルクシアはこの夜を嬉しく想います。

だって貴方さまのことを考え、こちらから出迎おうとすら思っていたくらいですもの」


私は強気に彼のその腕を引いた。


「立ち話もなんでしょう。

さあ、お入りになさってジガードさま」


ここが女の攻め時だ。

今度こそ失敗はしない。

そう覚悟を決めて。


・・・


「ルクシアさん…僕を覚えていますか?」


私のベットに座るジガードさまは多少砕けた口調で言った。

公式の場では私だった一人称もいつのまにか俺へと変わり、きっとこれが彼の素の顔なのだろう。

それを引き出した自分自身によくやったと思う反面、彼の私への問いの方に思考を集中させる。


僕を覚えてますか?


それに答えるならばNO。

一ミリたりとも覚えていないし、初めて会ったとすら思っていた。

が、それを馬鹿正直に話すほど私は人付き合いが下手ではない。


「ええ、社交の場ですよね」


嘘も方便。

貴族同士の出会いなんて道端でばったりなんてこともあるはずないし、大体というか9割9分が親同士の付き合いというか、そういうパーティーやらなんやらである。


「お、覚えてくれてたんですか!?僕のこと!?」


やけにびっくりする、ジガードさま。


「え、ま、まぁ…」


私は嘘がバレないように曖昧な返事を返す。


「…そうか、けどよかった…。

昔の事だからてっきり忘れられているかと思っていた」


「昔の事…?」


「アレだよ、アレ

一緒にニャーコを助けただろ?」


ニャーコ?


それは何かの名前なのだろう。

なんだっただろうか、聞き馴染みはあるが

すぐここまで、胃の出口まで出かかっているのに出て来ない。


「親の都合でお互い行きたくもない社交場に駆り出されてさ。

あの頃は本当に参ってた。

そうだ、

ニャーコもあの後大きくなったんだぜ、子猫だったニャーコも今じゃ子沢山のお婆ちゃん、明日にでも見せに行くよ」


ニャーコ。

ニャーコ…。

子沢山。

ってことはなにかの動物?

はて、動物…。

動物を助けた?


…ん?

んん?

猫?

猫…。

にゃ、ニャーコ!???


その時、稲妻が走ったかのように私の記憶回路は急速に回転を始めた。

それこそ走馬灯のように瞬時に昔の記憶が巻き戻る。

そう、全てを思い出した。

私は昔、彼と、確かに出会っていたのだ。


・・・


時はおおよそ11年前に遡る。

それは私が9歳の頃だった。

父に連れられ初めて訪れた貴族の社交場。

目が痛くなるほどの赤に包まれた式場に頭のクラクラするほどの強い酒の匂い。黄金を纏う煌びやかな貴女達に、礼服を着こなす紳士達。

大人達の全身全霊、全力の見栄の張り合いに、子供ながら、

ここは式場であるのと同時に戦場なのだと理解した。


これは後から知ったことだがそれは王国5公と称される、ガンドルマン公爵家の開く社交場。

伯爵である父ではもちろん断る余地すらなかったし、なんなら取り入る好機。私が連れられた理由も、ガンドルマン公爵は子供好きだから、つまりはご機嫌取りの為。

しかし、こうは言ったが決して嫌だったわけではなかった。


お父様と共にガンドルマン公爵に軽い挨拶を交わした際、

ガンドルマン公爵は噂に違わぬほど優しい目をしたお爺ちゃんだった。

分厚い手で私の頭を撫で、この子は将来きっと美人になると言ってくれたのを強く覚えている。

それに初めて来た式場も私にとっては興味の対象の塊のようなもので、子供という身分を盾にちょこまかと聞き食べ歩いていると、ついには苦情が入ったのか、父に式場の外へと放り出され、

私は一時とはいえ自由の身となった。


そこで彼と出会った。

外の渡り廊下に併設された大きな庭園、

そこの石段に座っていたのは、私よりもいくらか年下の少年。

彼はただ静かに絵を描いていた。

キャンパスノートを片手に筆を持って何かを描いていたのだ。


「なにをしてるの?」


興味。

私を突き動かしたのはただ、ひたすらなそれで。


「…」


けれどもその少年はただ無言。

キャンパスノートと睨めっこして、

私とは取り合おうともしなかった。

集中してたのだ。

彼は絵を描くことに心底集中していて、それで私の声が届かなかった。

けれども私は、その時の私はまだ子供で、幼くて、

そんな少年のことはお構いなしに無視されたと勘違いして、カチンと、怒りにも似た感情を持った。


「あっ!」


だから少年の筆を奪ったのだ。

気にして欲しくて、こっちに構って欲しくて。


「なにしてるの?」


私はもう一度少年に聞く。

この筆を返してほしければ、私の問いに答えろと。

言葉の裏にそんな含みを持たせながら。


「…」

少年は眼を丸くしていた。

いきなり脈絡なく筆を取られたんだ、驚きもするだろう。


「な・に・を・してるの?」


3度目、同じことを聞く。

強い口調で、もうこれ以上は言わせないでと思いながら。


「…絵を描いていたんだ」


「絵?」


少年はキャンパスノートを裏返し私に見せた。


「きゃあ、かわいい!!」


そう口を覆ってしまいたくなるほど可愛らしい猫の絵。

美麗、けれどもデフォルメされた絵で、木の上で背伸びをする子猫の絵だったから。


「すごいわ!あなた、絵が上手いのね!?」


「え…君は僕を馬鹿にしないの?」


「馬鹿にする?」


「男の癖に、絵なんか描いて…女々しいって」


そう俯く少年。

それも仕方ない。

その時代背景的に、絵とか刺繍は女のやること。

男がやることではない。

絵なんて描く男は女々しいやつだと、

そう後ろ指を指される風潮があったからだ。


「しない、しない!

そんな上手い絵を描けるってむしろすごいことよ?」


私は答えた。

それは単純な感情。

裏も表もなく、ただそう思ったからそう言った。


「そ、そう!?」


ぱぁっと顔を赤らめる少年。

私はそんな彼の隣に断りもなく座った。


「モデルはどの子?」


私がそう聞くと少年は一本の木を指差した。

少年の視線の先、その木の上にいたのは、一体の小さな子猫。


「あれ?」


けれども、おかしい。

少年の絵の中の子猫は、

木の上で安らかに眠っていたはず。

だけど、リアルのその猫は

怯えていた。

身を震わせ、明らかに恐怖していた。


「…あの子、怯えてる」


「え?」


「助けなきゃ」


気づけば私は走ってた。

その子猫に向けて、木に向けて。


「ち、ちょっと!!」


そう私を追いかける少年の声がする。

けれども止まらない。

私の体はその巨木の元に辿り着いた。

子供の背丈からしたらもっと大きくみえる、巨木。


「はあはぁ、なにしてんの」


少年が息を切らし、少し遅れて到着する。


「あの子、きっと降りれなくなったんだわ」


「あの子?」


「子猫のこと!」


「え?」


「あなたひどいわ!

降りれない子猫を見ものにするなんて」


「そ、そんな。

違うっ。

僕はただ。

そんなことだとは、思わなくて…」


私は木の凹凸に足をかける。

私自らが登って子猫を助け出そうと思ったのだ。


「あ、危ないよ!

大人を呼んだ方がいい!」


そう私を静止する少年の声。

けれども私の脳内は子猫のことでいっぱいで、少年の声なんか届きやしなかった。

一段、二段と木を登っていく私。

幸というか、私は運動ならそれなりにできたのだ。

そして、


「にゃー」

「よしよし、怖かったわね」


私はその子猫を抱き抱えるまでに至る。

そして、後はその猫を抱えて木から降りるだけ。

そう、降りるだけだった。

そこで私は下を見てしまう。


果てしないほど遠い、地上を見てしまった。


「あっ」


ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことをいうのだろう。

恐怖が身を包んだ。

どれくらいの高さがあるかなんて分からないほどの、

高所の恐怖。

私の身体は震え、

登る時のような活力はもはやどこにも存在しない。

そして、


「しまっ」


滑落した。

脚を凹凸から滑らせ、重力に任せるまま落下する。


死んだ。

間違いなく死んだ。

死にはしなくても、骨は折るだろう。

子猫をぎゅっと抱きしめ。

そんなことを思っていた私。


けれど、

結果はそうはいかないものだった。

何か柔らかいものに当たり着地する。


「いてて…」


私は少年に受け止められていた。

いや、当事は私の方が身体が大きかったから、受け止めきれず下敷きという形だったのだが、

ともかく、大きな痛みを負ったのはその少年の方だった。


「無事?」


唖然とする私に、彼は優しく聞いた。


「ご、ごめんなさい、その左手怪我したの?」


服の上から強く左手を抑えていた少年。


「ん、いや、ちょっと捻っただけ。

全然痛くないよ」


嘘だ。

私には気づいていた。

アレほどの高さから人を受け止めたんだ、

無事で済むわけがない。


「それよりさ、危ないことはやめた方がいいよ」


至極真っ当な少年の意見に、


「ごめん、なさい」


私はただ謝った。


「分かったならいいんだ。

それに、僕もその猫が怖がってることに気づかなかったから、僕だって悪い。

君を責めることはできない」


少年はそうヘラヘラと笑う。


「で、でも」


「僕にもその猫を触らせてよ」


そういう少年。

私は抱えていた子猫を彼に渡した。


「もう、この話はここで終わり。

二人とも。

あとコイツか。

全員無事だったんだからよかったじゃん」


それはそうだけど、と煮え切らない私。


「ところでこの猫、野良猫なのかな?」


「え?」


「なにか印なんかもついてないし、

どっからか入り込んだのかな?」


「そう、かも」


「そっか。

ならちょうどよかった。

僕、ちょうど猫を飼いたかったんだ。

この子にしようっと、ね、君さ」


「え?」


「この子に名前つけてよ。

君が助けたんだから、この子もきっとそれを望んでる」


名前。

生き物に名前をつけるのはこれが初めてのことだった。


「ニャーコ」


「ニャーコか。

うん、いい名前だ。

よし、お前の名は今日からニャーコだぞ、ニャーコ」

「にゃー」


目線を合わせる少年とニャーコ。

ニャーコそれに呼応するように鳴く。

そんなふうに猫と戯れる彼の横顔は

その時の私に確かなときめきを与えたのだった。


・・・


あーーーーっ!!


全て思い出した。

彼と出会った時の全てを。

そうだ。

彼だ。

あの時の絵を描いていた彼。

名前すら知らなかった彼。


「あのさ、いや、なんていうかな。

ルクシアさんの、名前とか全然知らなかったから探すの結構苦労したっていうか」


たしか、あの後すぐにお父様の迎えが来て私は彼と離れてしまった。

だからお互い顔くらいしか知らなかったけど、

まさか、あの時の彼とこういった形で再開することになろうとは。


「で、でもなんで私を?

私と結婚なんか」


「な…なんでだろうかな。

最近親父が体調崩しててさ、それでそろそろ交代時なのかなーって思って、そうしたら結婚とかも考えなきゃいけないなって、でも相手が見つからないというか、なんか誰ともしっくりこないなと思ってたら、ルクシアさんのことを考えてたというか。そこで以前からまだ相手がいないって話も聞いていて、なら僕ならどうかと思っちゃったりして、でも、…。


いや…そうだな。

うん。

多分。

この気持ちは恋だった」


「あの時、君を木から受け止めた時。

本当はすっーげー痛かったんだ。

泣きそうなくらい左手が痛くて、

でもそれを表に出さなかったのは、

クールぶってカッコつけたのは、

全部、

ルクシアさんのことが気になってたから。

俺のことで心配させたくなかったから」


「ジガード様…」


彼は私に向き直る。

そして真剣な眼差しで私を見つめた。


「ルクシアさん、

初めて俺の絵を褒めてくれたのは貴方でした。


貴方が好きです。

こんな俺でよかったら

どうか、結婚してくれませんか」


私は彼の言葉に眼を閉じ、そして笑顔で答えた。



「はい…喜んで」


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