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チラ見の戦い 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おいこら、つぶらや。何度いったらわかるんだ。どうして、だだっ広いところで棒立ちして撃つんだよ。

 撃ちたい気持ちは分かるが、相手にも撃ってくださいいっているようなもんだぞ、まったく。自分が仕留めるのと同じくらい、相手にキル数稼がれてんだろ。

 ひとまず位置取りをしっかりしてくれ。撃ち合わなきゃいかんときは、遮蔽物から遮蔽物に動きながら撃つとか、立ったりしゃがんだりのフェイントで、被弾するのをちっとはおさえるとかしてくんねえか?

 いざってときに、こっちをカバーできるのも大事な仕事だからな。やられてたら何もできんし、俺も死ぬ。

 頼むぞ。まずは生き延びてくれよ。


 ふうう、どうにもシューティング系は、お互い熟達が足りねえな。

 戦闘機でターゲットをチュンチュンやったり、弾幕よけたりするのは覚えがあるが、人サイズのFPSやTPSはまだまだだ。

 つぶらやもおつかれ。あれからはなかなかの適応力だったが、今度はちとエイムがよろしくなくなったな。いずれはどちらも両立させていこうや。

 それにしても、チラ見でしかわからない相手を確実にとらえていくって、現実世界じゃそうそうできるもんじゃないのかもな。ゲームとかなら目印になるもんが多いが。

 


 ――「できるもんじゃないのかも」とか、あたかも自分ができるかのような物言い?


 ふふん、なかなか鋭いじゃん。

 そう、手前みそだが俺はチラ見が得意な人間なのさ。ぱっと見ただけでたいていのものは記憶できるし、理解もできる。速読も得意分野よ。

 なんだあ? 疑うなら試してやろっか?

 市販の本じゃ、事前に知ってたかもとかいうだろ。お前の未発表の作品出せや。

冊子になっているといいが、あんま時間かけたくないから短めのやつでな……ほい、終わり。


 筋はかくかく。こいつがしかじか。経過がまるまる。オチはうまうま、と。

 どうだ、最後のどんでん返しと意味までちゃんと理解できてたろ? まだ誰にも見せてねえのは言質とったから、疑いの余地はねえよな?

 

 ――なに、俺のいまの芸をネタにしたいのか?


 はは、これだけじゃ締まりが足りないだろ。むしろ俺の昔の体験のほうが、まだいいかもかもしれんぞ。

 その時の話をしてやろっか?



 この特技、小さいころからずっと発揮しているもんなのよ。

 やたらと見える。電車に乗っているとき、たとえそれが新幹線のような高速車両の中から、一瞬で過ぎ去るような、目と鼻の先にある標識さえもはっきり区別できるし、書かれているものだって一言一句とちらず説明できる。

 この動体視力ならさぞスポーツでも役立ちそうな気もするが、どうも実際に体を動かして、距離感やタイミングを合わせに行くのは苦手分野らしくてな。球技の成績はからっきしで、首をかしげられることしばしばだった。

 けれども、瞬時記憶力にくわえ空間把握能力には長けていた臭く、ケイドロとかの鬼ごっこなどでのポジショニングは得意だったな。


 そんなある日の鬼ごっこのこと。

 今回のルールは捕まった者が、どんどん鬼側へ回っていき、包囲がきつくなっていくバランスだった。

 しかも鬼側に目印がない。たとえ捕まって鬼側へ回った者であろうと、それを周知させてくれるものがない。

 人狼ゲームでもやるかのような、緊張感があった。身体能力に自信があろうが、先ほどまでの仲間にうっかり気を許せば、秒殺される恐れもある。

 ゆえに競技が始まったら、他は全部敵の認識。誰がどこにいるか覚えておけば、非常に有利になれた。俺の得意分野だ。


 その日はめぐりあわせが悪かったか、俺たち逃げる側がどんどん追い詰められていった。

 俺は視力そのものもよかったからな。遠目に先までの味方と鬼が慣れあっているのを見ては、「奴もおとされたか」と内心で舌打ちしていた。

 参加者はみな勝ちへのこだわりを持つ者ばかり。逃げるときは全力、捕まえる側に回っても全力。情報漏洩は誰でもする。俺でもする。

 同じところにとどまるなど愚の骨頂で、常に移動が求められた。

 意識が一方へ向くと、他方を向けず……では危ない。出会い頭の不意打ちで、あえなく御用もあり得る。

 そのような危険区域こそ、俺の力の出番。ぐるりとその場で一回転するだけで、360度の情報ががっちりはっきり手に入り、逃げ道もすぐ決まる。

 ときに奥へ逃げ、ときに包囲の緩いすき間を潜り抜けて、俺は定められたタイムリミットまで逃げ切ってやるハラだったのさ。


 そうして終了5分前あたり。

 包囲のすき間を抜けたと思しきところで、またぐるりと回る。

 これまでこの手のかくれんぼや鬼ごっこで、何度も使っている学校近くの森の中だ。並び立つ木々の幹の太さ、枝の分かれ方などでだいたいの位置は分かる。

 また近場に人がいないか確かめようとしたんだが。

 

 いま現在の天気。曇りではあるが、雨はなし。あたりに光が多分に満ちて、見渡す空もほぼ白色。

 その中にあって10時の方向。ちょうど俺の目線の高さで、Y字に分かれる枝を持つ木があるんだが、そことこずえの間の空間が、真っ赤だったんだ。

「ん?」と思いつつも、つい慣性に任せてひと回り。ぐっと踏ん張り、もういちど例の木へ首を向ける。

 白い。あのY字の空間は他と変わらない、明るい色の空が浮かんでいた。

 見間違い? そんなわけない。当時の俺は自分の力に絶対の自信を持っている。


 すぐ首を限界まで動かす。

 びきっと筋の鳴る音と痛みも構わず、ほぼ真後ろを振り返った。

 いた。木の幹から幹へ、身を隠すように数十センチの空間が、わずかに赤く染まったのち、すぐ白へ戻る。

 それにわずか遅れて。

 ぴっと、生地の裂ける音。見ると着ているトレーナーの右の二の腕に、カッターで切られたような切れ目ができている。

 ふちには元の黒い生地色を上塗りする赤がにじむも、痛みはないし、血にしてはいささか赤みが目立ちすぎる。ケガじゃない。

 だが臭いがきつかった。天気風にたとえるなら、ぎんなんときどきカメムシといった感じで、一秒だって嗅いでいたくはなかったが、俺はそのまま逃げるのを優先する。


 第二針が、顔のすぐ左横を飛んで行ったからだ。

 持ち前の視力で、反応こそできなかったが、軌道ははっきり見えた。

 彫刻刀のうちの三角刀。その刃先部分に似たものが翔んできたんだ。トレーナーをちぎり取ったのも、おそらくこいつだ。

 そして、木から木へ身を隠すまでのわずかな間で、あの赤の正体も悟れた。


 一番近いものは、すいかの1ピース。

 扇型に切り分けられた一切れの皮が取れ、逆三角形で連れ下がっている。

 赤い果肉の奥には黒い点が見えるが、そいつはタネなんかじゃなく、先ほど顔の横を通り、おそらくは腕をかすめたのとも同じ。

 彫刻刀の刃先が群れを成して、中におさまっていたんだ。しかも、そいつはおのずから木々の間を飛び回ると来ている。


 文字通り、タネも仕掛けもない未知の相手に、俺は三十六計なんとやら。

 ちょうど身体が向いている、先ほどまであいつのいたY字型の木へ突っ込む格好に。


 ――そういや、射撃で狙われるときにはジグザグに走った方がいいんだっけか?


 どこで仕入れたかも思い出せないにわか知識のまま、俺はいったん横に跳ねてから大きく幹を回り込むルートをとる。


 正解だった。

 またしても針が、顔のすぐ横を通る。直線なら命中コースだった。

 回り込もうとした幹が、刺さった端から赤くしみ始めるが、より近づいたから分かる。

 あのY字の分かれ目にも、同じ針が突き立っている。もうだいぶ赤みが広がっていて、例の臭いも強い。

 おそらく最初に見た時に、奴は撃っていたんだ。それがへたくそエイムで、発射まもなく枝へあたり、今まで突き立っていたと。


 だが、笑う暇を与えてくれない。

 大きな鳥のような声がしたかと思うと、次の瞬間には枝がこずえの一部ごと、もぎ取られていったんだ。

 その変化は、飛んでくる針より更に速い。だが、とらえることはできた。

 鳥の足だ。枝もこずえもひとまとめにしてひっつかむ、黄色く大きい三本の爪のみが、横からそれらを強引にもぎ取っていったんだ。

 針と、その赤みがさしたところも、もろともに……。

 

 ――あの針、刺されるだけじゃなくて、色とか臭いとか残すとやばいんか?

 

 悟るや、俺はトレーナーの切れ目に指を突っ込み、無理やり生地をちぎり取る。

 間一髪、俺が生地を放るのと、あの黄色い手がそれを瞬時にさらうのは同時。ほんの指の先のことで、俺は肝を冷やす。

 もしちぎらなければ、俺は腕ごと……。


「あーっ、見っけ!」


 声にびくつく俺の前に、参加者の女子のひとり。

 あの手がさらう様子を見ていないのか、のんきに俺を指さしている。


「見っけ、じゃねーよ! ばか!」

「へっ? きゃあ!」


 自分から体当たりをかまし、彼女を押し倒す形で回避行動。

 危ないところだった。倒れ込みかけて、背がわずかに低まったところで、新たな針が飛んでいく。彼女の頭すれすれ、髪数本をちぎりながら針が通り過ぎていく。

 ちぎれた髪のそば、無事に頭から生えている数本にも赤色が付着しているのを見て、つい「ちっ」と舌打ちしたところで。


「何が『ちっ』よ! バカ! ヘンタイ! あっち行って! バカっていう方がバカって知らないの!」


 足を引っ込めた彼女のキックが、もろに胸と腹を蹴り上げてくる。

 正直、えずきそうだが、余裕がない。


「こらえろ!」


 彼女のわめきもきかず、俺は無理やり色のついた彼女の髪をつかみ、無理やり引き抜いた。

 なお悲鳴をあげられたが、俺はかまわず少しでも遠くへ放る。


 今度の手は、いささかゆっくりだった。

 彼女の顔もそちらへ向いた瞬間に、紅く染まった髪数本を器用に爪の中へ抱え込むと、宙に浮く手はぐんと速さを増し、かなたへ消えてしまったんだ。


 ノルマでも足りたのか、あのスイカのピースに似た飛行物体はもういない。針も飛んでこない。

 最後の数瞬で肝をつぶした彼女からの誤解は解けるも、後から声を聞きつけてやってきたみんなをごまかすのは大変だったな。


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