表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/150

ヒロインの登場です!どうやらヒロインはお兄様を攻略対象にしたようです!(1)

 南の公爵家の屋敷の一室。

 今朝も、制服に身を包んだ私と、貴族然とした衣装を身に纏ったお兄様との間で、ある攻防が繰り広げられていた。

「お兄様、そろそろ許可を出して頂けませんか?シャウラ様にもお会いしたいし、シェアト様やサルガス様、そして機会があればスハイル殿下とレグルス様にも直接お礼が言いたいのです。だから学園に…………」

「駄目だ。幾分薄くなったとはいえ、その制服ではその場所は隠せていないし、目を凝らせばまだ十分に見える。学園に行くのはその忌々しい跡がまったく見えなくなって、私とユーフィリナのは記憶から完全に消え去った後だ」

「無茶言わないでください!跡が消えるのはともかくとして、記憶はサルガス様に“忘却”の能力を使っていただかない限り無理です!それも、誰よりも記憶力が優れているお兄様の記憶が消え去るなんて、一生かかっても無理ですから!」

「なるほど………ということは、ユーフィリナは永遠に学園には行けないということだな」

「お兄様、真顔でそんなこと………ッ!」

 さらに言い募るために開こうとした唇が、柔らかいもので塞がれる。

 そう、お兄様の唇で。

 下唇を甘噛みされ、思わず開いた口へとお兄様の舌が入り込む。そして口内を蹂躙され、吐息さえも奪われながら、それを必死に受け止める。

 駄目なのに…………と、頭で何度も何度も繰り返しながら。

 なのに、まるで甘い毒に侵されたかのように、私はその口づけに溺れ、気がつけばベッドに倒されていた。

「ん…………んんっ…………」

「ユフィ…………」

 むせ返るような甘美な熱に翻弄されて、私の思考は曖昧になっていく。しかし、お兄様の唇が私の唇に熱を残したまま離れ、首元にチクリとした痛みが走った瞬間、私の思考は覚醒した。

「お兄様、駄目です!」

「でももうこれで、学園には行けない」

 してやったりとばかりに、悪戯な笑みを見せてくるお兄様を、火照った顔で睨みつけながら唇を噛んだ。


 また、やられてしまったわ…………と。


 あの日から――――――アリオトに連れ去られたあの日から、私とお兄様の関係は微妙に変わってしまった。

 といっても、主なる変化の原因は私の心のせいなのだけれど。

 おそらくお兄様はただ過保護がさらなる高みへと登り詰めてしまっただけで、根本的な気持ちの変化はない。いや、ないと思う。

 けれど、私の場合はその気持ちが根底から見事に引っ返されてしまった。

 今に思えば、ずっとその気持ちを抱えていたのだと思う。でも兄と妹という二人の絶対的関係を前にして、私は無意識の内にその気持ちに蓋をし、鍵をかけ、心の奥底に沈めていた。

 しかし、アリオトとの一件で、完全に箍が外れてしまった。

 鍵が壊れたのでも、蓋を自らから開けたわけでもない。

 本来開け口ではない箍が壊れ、外れてしまったのだ。

 つまり、ちゃんと蓋をし鍵をかけたところで、箍がない以上、閉じたはずの蓋は開け放題のガバガバで、これではどうしようもない。

 だからといって、これ以上この想いを自由にしておく気はない。

 お兄様は私の実兄であり、さらには想い人がいる。

 この状況的には、想い人がいるくせに、妹相手に何やってんだ…………となるのだけれど、というか、今すぐ突っ込みたい気持ちは山々でもあるのだけれど、お兄様が私にその想い人を重ねて見ていたことは知っている。

 ただわからないのは、その想い人がどこの誰かということで、お兄様はその方に対して、叶うことのない片思いをしているだけなのか、それとも永遠に会えない深い理由でもあるのか――――という点である。

 しかも今回はそこに、アリオトの所有印を大量に付けられた私からのキスのお強請りが重なり、たぶん……おそらく……私が勝手に推測するに、お兄様の想い人への恋情と、妹への庇護欲が一気に振り切れてしまったのだろうと思う。

 もしくは、拍車がかかったというべきか………………


“私に……キスをしてください”


 事実、あの私の台詞が、すべてを狂わせてしまった。

 屋敷に戻り、お兄様がまず私にしたことは、私を誰にも会わせず部屋に閉じ込めることだった。

 そのことにアカもシロも、さらには執事のムルジムや私の専属侍女であるミラとラナも反対の意を唱えたけれど、お兄様は無言でそれを退け、私を誰の目にも映すことなく部屋へと連れ込んだ。もちろん私の私室に。

 そして、“幻惑”の能力を解き、私をベッドに座らせると私の表情一つ一つを確かめながらアリオトとのことを聞いた。

『覚えている範囲でいい。すべてを教えてほしい…………」

 ―――――と、苦痛に歪む顔でそう告げて。

 当然のことながら、あの時の私は普通ではなかった。自分の意思があるようでまったくなかった。

 そもそも、このお兄様の存在さえ忘れていたのだ。普通であるはずがない。

 それでも、アリオトの熱に溺れ、心まで犯されて、『愛している』と、アリオトに囁いた記憶だけはしっかりと残っている。

 アリオトの指と唇と舌が、この身体を這い回った感触までも。

 けれど、それを赤裸々にお兄様に打ち明けるわけはいかないと、私は唇を引き結んだ。

 それがお兄様の心を守り、さらには私の矜持を守ることでもあると、そう思ったから。

 しかし、“幻惑”から解放された私の姿は、純白のブレザーを上から羽織ったシーツの簀巻き状態。

 お兄様が、器用にシーツを巻き付けてくれたおかげで、みすぼらしい簀巻き姿にはなっていなかったけれど、ちょっとおしゃれに巻かれた簀巻き姿であることに変わりはない。

 そしてその姿と、固く閉ざした口が、アリオトに何をされたのか雄弁に語っていた。

 というより、お兄様は私に付けられたアリオトの印を直接目にし、さらにはあの場で声に出して確認してた。


“身体は許していないと言ったな。では……唇は””


 そして奪われた唇。

 しかしそれはあまりに執拗で、私は罪悪感に苛まれながらも、与えられる吐息と熱に浮かされた。

 それは一時の幸せな夢でもあり、永遠に心を焦がし続ける残酷な夢でもあった。

 だから、忘れようと思った。今もそう思って足掻いているところだ。

 なのにあの日のお兄様は、私に着せたブレザーのボタンを外して脱がすと、固く結んだシーツの結び目をあっさりと解いてしまった。

『お、お兄様、何を…………』

『上書きだ』

『なっ………………』

 露わになってしまったアリオトの手によって無残に引きちぎられた制服。そこから覗くアリオトが蹂躙していった印。

 それらを必死に隠そうとする私の手を掴むと、お兄様は舌打ちとともに私をベッドへ組み敷いた。

『お兄様ッ…………』

『怖いか?』

 無機質にも見える眼差し。でもそれは必死に感情を押し殺しているようにも見えて…………

 私は小さく首を横に振った。

 怖くはない。ただ無性に、お兄様にこんな目をさせてしまった自分に憤りを感じるだけだ。

 しかしそれは、お兄様自身も同じだったようで………………

『傷心のお前に……最低なことをしていることはわかっている。だが、どうしても……許せないんだ。お前の身体に、アリオトの跡があるということが……だから、頼む。アリオトが触れたところ以外は絶対に触れないと誓うから…………私が上書きすることを許してほしい……………』

 息をするのも苦しそうに絞り出された声。

 感情を押し殺しているにもかかわらず、お兄様の顔は今に泣き出してしまいそうに見えて、私はゆっくりと目を閉じた。

 お兄様のそんな顔を見たくなかったこともあるけれど、すべてを受け入れるという意を込めて。

 そして、すぐに降ってきた柔らかい感触と肌を焼く熱。さらには、きつく吸われて、身体に走る痺れと、チクリとした僅かな痛み。

 けれどお兄様は、自ら口にした通り、アリオトの残した印以外には一切私の身体には振れなかった。

 それを淋しいと思ったのは、私にとって永遠の秘密だ。


 でも、この日を境にして、何かが変わった。

 いや事実、具体的に変わったこともある。

 その一つが私に転移魔法陣を書き込むという、例のおまじないの後に追加されていた額へのキスが、唇に変わってしまったことだ。

 それも軽く触れるだけのキスを落としてから、今度は何度も角度を変え、貪るように口付けてくる。

 もちろん頭ではそれに抗おうとするけれど、その甘さに、熱に、私はすぐに翻弄されて、そのキスを許してしまうのだ。

 我ながら本当に流されやすくて嫌になる。

 しかも今日のようにおまじないに関係なく、私の意志を削ぐ手段としても使わてしまうのだから、敵ながら…………我が実兄ながら、本当にずるいと思う。

 けれど、この状況はいかがなものかと真剣に頭を悩ませる。

 聞き分けのない妹を諫める方法がキスだなんて、世間からすればまさに背徳でしかない行為だ。

 でも相手はこのお兄様。世間の常識なんてなんのその。

 そもそもお兄様自身がその世間の常識から、色んな意味でしっかりと逸脱していると言っても過言ではない。

 ならば、こう考えるのか普通だろう。

 お兄様の兄妹へのスキンシップがただただ過剰なだけで、お兄様にとってはこのキスも頭を撫でるといった程度のスキンシップに過ぎないのだと。

 実は、私の中にはもはや疑惑というより、ほぼ確信となって、どっしりと居座っていたりする。

 なんせ、妹のためには犯罪も、国家転覆も厭わないこのお兄様のことだ。

 決してあり得ない話でもない。

 それとも、単なるキス魔でその性癖があの瞬間に弾けてしまった…………だけとか。

「…………………………」

 私は自分の考えに思わず閉口してしまった。

 この見目麗しすぎるお兄様がキス魔。それも酔っているわけでもない、平常モードでキス魔…………ちょっと…………いや、かなり嫌すぎる。

 私はふと遠い目となってしまった。

 そんなことを、今日も今日とてベッドに押し倒され、新たに印を上書きされたこの状況下で呑気に考えていた私の顔を、お兄様が怪訝そうに覗き込んでくる。

「ユーフィリナ、どうした?」

 そのどこか甘さを含んだ声に、ベッドに倒されたままの身体がピクンと跳ねた。

「な、な、何も…………」

 さすがに、お兄様にキス魔疑惑をかけていました――――――とは言えない。

 でも、お兄様にとってこのキスは、どんな意味があるのか聞いてみたいという気持ちがないわけでもない。

 ただの妹にするには、あまりに甘く、溺れるほどに深いこの口づけの意味を―――――――――

 けれど、今の私はその答えを探すように、お兄様のアメジストの瞳を見つめるしかできない。

 仄暗い背徳の中で波立った淡い期待と、心を守るために巡らせた物分りのいい諦めという名の防波堤の狭間で、私は瞳を揺らしながらお兄様を見上げる。

 おそらく顔はお兄様に与えられた熱と羞恥で、真っ赤に茹だっているはずだ。

 しかし、どんなに顔を隠したくとも、ベッドに押し倒され、傍から見ればお兄様に組み敷かれているようにも見える体勢ではどうにもならない。

 顔を横に背けようにも、あまりに距離が近すぎる。

 辛うじて焦点が合う距離間ではあるけれど、お兄様の吐息が唇を擽るほどに近い距離間では、それをしたところでもはや何の意味もない。

 つまり、どんなに顔を背けたところで、真っ赤な顔は何一つ隠せないということで………………

 私は蛇に睨まれる蛙………もとい、俎板の鯉のような心境でお兄様を見つめた。

 そんな私に、何故かお兄様の困惑と焦燥の音を含んだ声が降ってくる。

「ユフィ…………頼むから、これ以上私の忍耐を試すのはやめてくれ。このまま激情に駆られて、滅茶苦茶にしてしまいそうだ」

「………………えっ?」

 何かお兄様の困らせるようなことをしたのだろうかと、私は目を丸くしながら考える。

 困らされているのはいつだって私の方だというのに。

 けれど、お兄様は本当に困っているらしく、私から離れるように身体を起こすと、どこか拗ねたようにそっぽを向いた。


 もしかして私、お兄様に勝った…………?

 

 もちろん勝ち負けの話ではないし、この場面でそんな思考になる私もどうかと思うけれど、いつもしてやられている側としては、たとえ理由がさっぱりだとしても一矢報いた気になるのは当然のことだと思う。

 しかしそう思ったのも束の間で、お兄様は私の腕を痛くない程度に掴むと、そのまま私をベッドから引き起こした。そして、私の乱れてしまった制服を正し、きちんとベッドに腰をかけさせると、お兄様は私を見下ろすように立ちはだかった。

 有無を言わさず、こんこんと説教を始めるために。

「ユーフィリナ、お前は少し警戒心がなさ過ぎる。アリオトの件では、付けられた“真紋”のせいで、やむを得ない状況だったということもわかる。お前の自我はあってないようなものだったからな。だが、私以外の男にそんな顔を見せるのは絶対に駄目だ。アカやシロ相手でもしてはいけない。たとえユーフィリナにその気はなくとも、誘っていると思われかねない」

「誘っ…………」

「この私でさえこうなのだ。他の男ならば、間違いなく無事ではいられない」


 こうなのだ…………って、お兄様は一体どういう状況なの?

 それに無事ではいられないって、今の私だって十分無事ではないのだけれど……………

 

 私の頭の中では、疑問符が華麗なステップを踏みながら乱立していく。

 いや、私も一応前世の記憶持ちで、今世でもすでにデビュタントをした身だ。なんとなくだけれど、お兄様が言いたいことはわかる。

 さすがにそこまで初心でもない。

 たとえ、前世と今世において恋人と呼べる人が一人としていなかった身であろうとも。

 けれど、今一度思い出してほしい。

 すっかりお忘れかもしれないけれど、私はこの世界における悪役令嬢なのだ。

 嫌われてなんぼの悪役であって、皆に愛されるヒロインでは決してない。

 しかもこの私は、前世から引き継いだ最強の隠密スキル持ちで、学園でもほとんど空気のように扱われている身でもある。

 いえ、はっきり言いましょう。

 華やかさの欠片もない、存在すら気づいてもらえないほどの超地味で魔力も枯渇寸前の底辺オブ底辺の公爵令嬢なのだ。

 無色透明と言えば聞こえはいいかもしれないけれど、まったくもってオリジナルカラーがない“無”なる存在。

 まかり間違っても私にこんなことをするのは、シスコンを極めすぎてしまったお兄様と、“魔の者”であるが故に、どうやら“神の娘”の生まれ変わりである私に好奇心が擽られるらしいアリオトくらいなもので――――とまで考えて、ふと思い出す。

 そういえば、トゥレイス殿下に求婚されていたことを。しかしあれは、少なからずアリオトの闇の影響を受けていたからであって、本心ではないはずだからと、すぐさま物好きで変わり種枠からあっさりとトゥレイス殿下を外すことにする。

 そして改めて、そんな心配は微塵もいらないのに…………と、上目遣いでお兄様を見つめれば、お兄様からは盛大なため息を頂いた。

「やはり……私の育て方は間違っていたらしい………………」

 なんていうぼやき付きで。

 思わず眉を寄せた私に、お兄様は困り顔のままで苦笑する。

 でもその顔は私の知るいつものお兄様で、私は内心でそっと安堵の息を吐きながら、切なさと痛みに気づかぬふりをして願った。

 

 名前を持ってしまった気持ちを封じる代わりに、お兄様とずっと兄妹として穏やかに過ごしたいと――――――


 けれど、変調をきたした未来は、穏やかさとは無縁で、新たなひずみを生みながら突き進んでいくものらしい。

 お兄様は、ベッドでのあれやこれやなど、一切なかったかのように表情を消すと、何故か話を最初まで一気に引き戻した。

「ユーフィリナ、学園には行くな」

「どうしてそんな…………」

 先程よりも強い口調に、私はベッドから立ち上がった。

 そしてそのまま、お兄様へと詰め寄ろうとしたところで、お兄様がさらに告げてきた。


「数日前、スハイル殿下が“先見”の能力を顕現させた……」


 突如、脈絡なく放たれた事実。

 しかしそれこそが、残酷な未来への幕開けだった。






 

 

こんにちは。星澄です☆ 

たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪


またまた新章突入です。

そしてヒロインの登場です。

ほんとようやくですね〜

でもお話のメインはスハイル殿下かなぁ……

ということで、新章にどうぞお付き合いくださいませ



恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。

何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。


どうぞよろしくお願いいたします☆



星澄

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ