挿話【Side:サスガス】報告会のその後に(2)
「……………………」
「……………………」
落ちた沈黙。
夕陽は西の地平線に辛うじて引っ掛かっているが、それが落ちてしまうのも、もはや時間の問題だった。
魔道具の灯りがポツポツと庭園に灯り始め、私とシェアトの顔を仄かに照らし始めている。
会話が途切れ目が切り上げ時として、このままさっさと屋敷に帰ればいいだけの話なのだが、どうにも足が動かない。
というより、シェアトが報告会の後にわざわざ私を引き留めた本当の理由に触れていないような気がして、どうにもここで切り上げる気にはなれなかった。
庭園を吹き抜けていく風に、夜の気配が混じっている。
東屋から覗く空は、茜と濃紺のグラデーションとなっていた。
そして私の心もまた、諦観と激しい嫉妬の色に染まっていた。
セイリオス殿がユーフィリナ嬢の実兄ではなかった――――――――
その事実は、その後に聞かされたセイリオス殿と、まだ赤子だったユーフィリナ嬢の邂逅の話すら、私の頭から追い出した。
それほどまでにその事実は、私にとっての地雷だった。いや、シェアトたちにとっても――――と言うべきか。
正直に言えば、今の私はようやく自分の消した記憶を取り戻し、淡い初恋の少女がユーフィリナ嬢であったと認識したばかり。
確かに、ユーフィリナ嬢に対して恋心を抱いていたし、スハイル殿下やシェアトの気持ちを知りつつも、彼女への想いを諦めるという選択肢など私にはなかった。
だが、それがどうだ。
セイリオス殿が実兄ではないと知った瞬間、私の中に湧き起こった感情は、狂気さえも含んだ嫉妬と、残酷なまでの失意からくる身を裂くような痛みだった。
情けないことに、私の男としての本能が、セイリオス殿には敵わないと直感でわかってしまったのだ。
それでも、それはあくまでも男の本能としての話で、私の心は到底それを受け入れ難いものとして、今も無様に抗い続けるつもりでいる。
そしてそれはおそらく目の前のシェアトも同じで――――――――
「…………何なんでしょうね。この失恋したかのような敗北感は。セイリオス殿はユーフィリナ嬢と出会った瞬間から、彼女を“神の娘”だと知り、生涯をかけて守り抜くと決めていた。当時たった三歳の子供がですよ。本来なら、さすがにそんなことあるわけがないと、言ってもいいほどの話なのに、私を含めて誰も言わなかった。いえ…………言えなかった。頭では理解を拒むのに、何故かいとも容易くストンと腑に落ちるものがあって…………本当に残酷だ。これがただの悪夢だったらどれほど救われるか…………」
「……………………」
もはやシェアトに返す言葉も持たなかった。
そうだあれは悪夢であって現実の話ではないと、頭から否定してやりたい気持ちはあるが、否定できるだけの根拠もない。それをすればただの現実逃避だ。だからといって肯定するには、まだ私の心の整理がまったく付いていない。永遠に無理なような気もするが。
「でも…………ユーフィリナ嬢はそれを知らない。それどころかユーフィリナ嬢はセイリオス殿を実兄と思っている。それこそが私にとっても唯一の好機であり、勝算とも言えるのでしょうが…………まさか、スハイル殿下だけではなく、サルガス殿までとは………」
シェアトのやや剣呑の響きすらある声と口調に、私は居た堪れなさを感じたが、もちろんここで引く気はない。
こんなことであっさりと身を引くくらいなら、あんな報告会の席で、自分の想いを吐露するはずもないからだ。
だから、しれっと開き直ることにする。
「それは申し訳なかったな」
当然、口先だけの謝罪の言葉であり、多少の後ろめたさは見て見ぬフリだ。そもそも恋に落ちるのに、後も先もない。
最終的に誰の手をユーフィリナ嬢が取るかというだけの話だ。
そんな私のまったく身の入らない謝罪にシェアトは睥睨となったが、すぐに私から視線を外し、薄闇に染まり始めた東の空を見つめた。そしてそのまま、私に問いかけてくる。
「…………いつですか?サルガス殿がユーフィリナ嬢―――――白金の少女と出会ったのは…………」
やはりこれが本題か………
私の勘も捨てたものではないな、などと思いながら、私もまたシェアトの視線を追うようにして夜の帳を下ろし始めた東の空を眺めつつ、やおら口を開いた。
あれは私の“忘却”の能力が顕現した二日後のことだった。
シャウラの誘拐未遂事件は屋敷内に暗い影を落とし…………いや、正確に言うならば、シャウラ自身と母はその記憶を私に消されたことで怯え、家の者たちはそんなシャウラと母の扱いがわからず、未だ混乱の中にいた。
しかし、公爵家当主である父はその後の処理に追われ、私と屋敷の者たちに対し申し訳なそうにしながらも、シャウラの魔力暴走で亡くなった誘拐犯たちの件で王城へと上がるため、前日から領地を離れていた。
仕方がないことだということはわかっている。
こういうことは時間がかかるものだということも。
それでも、自分を苛み続ける罪悪感に堪えきれず、私は家令に頼み、領地内にある公爵家縁の教会へと連れて行ってもらうことにした。
ちなみにこの世界の神は不在だ。
そんなことは幼き頃から、古の御伽話として幾度となく聞かされ知っている。だから教会に行ったところで、その神がいないこともわかっている。
教会も形ばかりの建物だということもだ。
そもそもの話、私は神の存在を意識して生きてきたことはない。
もうこの世界にいないと、聞かされているものに対し、わざわざ意識して生きるほど、夢見がちな性格でもなかった。
そう、かつて神が与えたという“忘却”の能力が、自分に顕現するまでは。
もちろん、この能力は血によって引き継がれるものであるため、いつかは顕現するだろうと思っていた。その際に、暴走をしてしまうことも、現能力者であった父に教えられ、理解はしていた。
しかし、それがいざ我が身に現実となって降りかかってくると、それは想像以上に残酷だった。
思わず行方不明とされる神に縋りつきたくなるほどに。
もちろん、自分のこの行為がただの気休めであることも十分理解していた。それでも抱えきれなくなった罪悪感を一度どこかで吐き出してしまいたかった。
結局はまた呑み込むことになったとしても。
カタカタと一刻ほど馬車に揺られ辿り着いた教会は、さすが神はいないとされているだけあって、見事に閑散としていた。
一応司祭はいるが、完全なるお飾りで、なんなら結婚式の際の式進行係と呼んでも差し支えないほどの役職だった。
しかも、運がいいことに今日はその結婚式もないらしく、その式進行係―――――もとい、司祭は自ら教会の周りの草むしりをしていた。
神が不在の教会は、余程暇らしい。
私はその状況に呆れに近いもの感じなから、そんな教会に救いを求めにきた自分自身に自嘲した。
しかし、ここまで来て何もせずに帰るというのは、我が儘を言って連れてきてもらった手前よろしくない。
それに、今にも溺れ沈んでいきそうになる深い罪悪感から救われたいと思うと同時に、誘拐犯とはいえ、シャウラの魔力の暴走に巻き込まれ亡くなった犯人たちのことも祈ってやりたいと少なからず考えていた。
すべてを忘れてしまったシャウラの代わりに…………
それがただの偽善であろうとも、シャウラの記憶を消した私がそうすべきだと思った。
元々人がいないため、人払いを司祭に頼む必要もないが、私のような悩める人間が途中で乱入してくるとも限らない。そこで、草むしり中の司祭に承諾を取った上で、私に付いてきた護衛の者たちを教会の前に立たせ、私は一人教会の中に入った。
ひんやりとした空気。
おそらくこれを厳かな空気と人は言うのだろうと、子供心に思いつつ祭壇へと向かう。
そして、祭壇の後ろの壁に悠然と嵌め込まれたステンドグラスを感嘆の吐息とともに見上げた。
初めて見たわけではない。
しかし、ここまで心が弱っている状態でそれを見たのは初めてだったからだろう。
外からの溢れんばかりの透過光によって、鮮やかな色彩を放つ色ガラス。その多種多彩な色ガラスが描きだす光景に、何故か無性に涙が零れた。
そこにあったのは、美しき幾何学模様などでも、宗教画のように厳格で崇高なものでもない。
どちらかというとほのぼのとしたとても微笑ましい一場面だった。
神と思しき男性に、一輪の白い花を差し出す少女。
ただそれだけの光景なのに、どういうわけか私の涙はどうにも止まらず、首が痛くなるのも忘れ、私はそのステンドグラスを食い入るように見つめていた。
どれだけの時間そうしていただろう。
しかしそれは前触れもなく突然やって来た。
ここへ来た目的さえも忘れて、さらには涙を拭うことさえもせず、魂を抜かれたように呆けていた私の耳に、突如愛らしい声が飛び込んてきたのだ。
『とても素適なステンドグラスね』
その声にぎょっとして振り返る。
ここには私以外はいないはずだった。教会の出入り口も護衛の者で固められている。
しかも二日前にはシャウラの一件があったばかりだ。たとえ今後、彼らの記憶を消すことになろうとも、それは国王陛下の許可を父が得てからの話で、彼らにはまだ事件の記憶がしっかりとある。
それ故に、私に付く護衛は普段以上の数で、今も蟻一匹通さないほどの厳重な守りが敷かれている―――――はずなのだが、これは一体どういう事だろうと、私はようやく戻ってきた意識で考えた。
しかし、私の隣に立っている存在を目に映した瞬間、そんな疑問はさらなる驚きで呆気なく霧散してしまう。
シャウラと同じくらいの歳の少女。
だが、私が驚愕のあまり声も出せなかったのは、その少女が目の前のステンドグラスの中の少女そのものに見えたからだ。
白金の髪は眩しく、空色の瞳は覗き込めば吸い込まれそうなほどに澄んでいる。
その横顔だけでも、心を奪われるほどに美しいのに、それでいてすべての思考が溶かされてしまうほどに無垢で愛らしい。
私の視線は、ステンドグラスと少女の間で何度も往復した。
言うなれば、二度見、三度見というやつだ。しかし、最終的にはその少女だけを瞳に焼き付けんばかりに凝視してしまった。
そんな私に少女は困ったように眉を下げながら、私へと視線を向けてくる。
ようやく重なり合った瞳に、私は息をすることさえままならず、ただ無様に唇を戦慄かせた。
そのせいで少女の顔が曇る。
『どうして泣いているの?何がそんなに悲しいの?』
鈴を転がしたかのような耳障りのいい声が鼓膜を揺らし、音としてではなく言葉として理解するまでに、私の頭はかなりの時間を要した。
もちろんこの時の私に、実際どれほどの時間がかかったかなどわかるはずもない。しかし、少女の言葉を理解した途端、私は忽ち狼狽した。
よりにもよって、ステンドグラスをぽかーんと見上げながら、滂沱の涙を流していたことをしっかり見られしまったのだから。
もしかしたら間抜けなことに、口も開いていたかもしれない。
涎はさすがに垂らしていなかったと思うが、鼻水は出ていたかもしれない。
ステンドグラスの神々しさに完全に魂が抜け出していたため(おそらく口から)、正直なところ何が垂れていたとしても、何ら不思議ではない。
最悪だぁ………………
その場で蹲りそうになった。
よりにもよってそんな姿を、この少女に見られたことが、私の矜持を木っ端と打ち砕き、羞恥に身悶えさせた。
まだ完全に制御できていない“忘却”の能力をうっかり使ってしまいそうになるくらいに…………
しかし、羞恥と動揺を綯い交ぜにしながら高速で動き始めた私の思考は、今にも不安と怪訝に染まりそうな少女の顔を前にして、思いつくままの言い訳を戦慄く口に告げさせた。
『し、し、心配ない!ちょっとステンドグラスが眩し過ぎて、目に痛かったたけだ!本当の本当にただそれだけだ!』
眩し過ぎて目が痛くなり号泣って、それはもはや目の病気で医者案件だ。
少女の顔が不安や怪訝から、心配へとシフトしていくが、はっきり言って居た堪れない。
そのせいで、ついつい聞かれていないことまで、口から零れ出てしまう。
『ここに来たのも、このステンドグラスを見たのも久しぶりで、ちょっと色々あったから、いつも以上に眩しく見えただけなんだ。べ、別に私の目が、おかしくなったわけでもなんでもないから。だから……えっと……その……だから…………』
君がそんな悲しそうな顔をすることはないんだよ。
しかし、最後の言葉は、声にはならなかった。
その言葉を口にする前に、少女が光の中で綻んでいく蕾のように、ふわりと微笑んだからだ。
その微笑みが瞳に映った瞬間、口を衝いて出そうになっていた言い訳がましい言葉も、目まぐるしく回るだけで、気の利いた言葉一つ思い浮かばない思考も跡形もなく消えた。
本日、二度目となる呆けだ。
なのに、私の心臓は早鐘のように打ち、身体中の血が沸き立ってしまっている。
しかも、その沸騰した血が全力で顔に向かって駆け上ってくるのだから、始末が悪い。
『あの……おにいさんのお顔が真っ赤だけれど、大丈夫?』
おかげで少女から新たな心配をされてしまった。
できることなら、本当にこのまま蹲ってしまいたい。今すぐ顔を隠すために。
しかしその願いは叶うことはなかった。
その理由は言うまでもなく、私自身が少女に視線も、心も奪われ、完全に呆けていたからだ。
ドクドクとうるさい心臓の音と、火がついてしまいそうな顔の熱を持て余しながら…………
しかしながら、この時の私の口は非常にいい仕事をした。
『だ、大丈夫だ。全然問題ないよ』
若干噛んだ上に、どの口が言うのかという話にだが、それくらいの取り繕いは許して欲しいと思う。
だが、その願いについては聞き入れられたようで、少女は少し首を傾げながら、『おにいさんが大丈夫なら、よかったわ』と僅かに目を細めた。
そしてステンドグラスへと向き直る。
教会は優しい光と、静謐に包まれていた。
その中で、私と少女は並んだまま祭壇の前に立っていた。
ふと俯瞰的にその光景を思いやって、ある思考が過る。
これじゃまるで……結婚式みたいじゃないか…………
もちろん私たちが祭壇の前にいるのは、偶々ステンドグラスを二人揃って眺めていたからに他ならないのだが、一旦そんなことを考えてしまうと、より一層胸が高鳴り始める。
ドクン……ドクン……ドクン……
喧しい心臓の音が、すぐ隣に立つ少女に聞えてしまいそうで、気が気じゃない。
しかし、少女の視線が自分から外れたことで身体の強張りが少し解ける。
にもかかわらず、それに安堵するどころか、少女の瞳を見つめられなくなったことに、少女の瞳に自分が映らなくなったことに、何故か淋しさが募り、私は内心で自嘲した。
私は一体どうしてしまったのかと…………
これは真剣に医者案件かもしれないと考え始めながら、私はこっそり盗み見るなんていうしおらしさもなく、堂々と少女の白磁の人形のように美しい横顔を見つめた。
この少女の前では、あれ程見入っていたステンドグラスさえも、今や色褪せて見えるのだから、やはり目も医者に診てもらったほうがいいのかもしれない。
なんてことを思いつつ、少女を私の瞳に一心に閉じ込めていると、不意に少女の口が開いた。
『ルークスはね、与えることしかできないの。それだけを聞くと、とてもいい人みたいでしょ?でも違うのよ。まったくいい人なんかじゃないわ。だからね、あのステンドグラスのように、わたしがそれを見せて、プレゼントして、教えてあげるの。花をもらうことはこんなにも嬉しい気持ちになるのよって』
どうして少女が突然そんなことを言い出しのかわからない。
そもそもこの少女の名前も何もわからない。
なのに、気がつけば大丈夫だと嘯いた口で、ずっと屋敷から後生大事に抱え込んできた罪悪感を吐露していた。
『凄いな……君は。私の妹くらいの大きさなのに…………でも、私は違う。奪うことでしか、大切な妹を守れなかった。それどころか母上まで苦しめて、壊してしまった。ただ、笑顔を見たかっただけなのに…………それでも、最初はこれでいいと思ったんだ。父上にもそう言った。だけど、何も持たない妹を見るのが辛すぎて…………私を見て怯える母上の目を見たくなくて、こうしてここに逃げて来たんだ…………』
言い終えた時には、私は少女から目を逸らしていた。
無意識のうちに、少女の顔に浮かぶ嫌悪を恐れたからかもしれない。
聞かせるつもりなどなかった。
でも何故か、この少女なら聞いてくれる気がした。
話している途中で頬を伝った涙の言い訳はもうできないし、今更それをする気もない。
少女の顔を見ることもできないくせに、話してしまったことに後悔もない。
そう、端から答えなど求めていない。同情を求めたわけでもない。ありのままの気持ちを曝け出して、ただ楽になりたかっただけなのだ。
少女にしてみれば、こんなことを聞かされて、ただの災難でしかないだろうけれど。
でも、このままただ隣にいてくれるだけでいいと、私はそれだけを望んだ。
顔は熱を帯び、ずっと火照っているのに、握った拳は氷のように冷たくなっていた。
心臓はずっとドクドクと音を立てて脈打っているのに、その血は指先までは回らないようだ。
感覚さえ失いつつある手に何かが触れる。それが少女の手だと気づくのに、数秒要してしまった。
『お兄さんの手、酷く冷たくなってるわ』
『い、いや、あの………その…………ごめん…………』
何故か謝罪の言葉を口にして、視線を少女に向ける。
その少女の顔に嫌悪の色はなく、心配の色だけが滲み出ていた。そんな顔をさせたくないと思う反面、自分のことを心配してくれることに喜んでいる自分がいる。
そして少女の温かい手を離したくないと思う自分もいて、私はこの初めて持った名前のわからぬ感情に戸惑った。
しかし少女は、私の戸惑いなど何のそので、私を見つめながら必死に言葉を紡ぐ。
『お兄さん、謝らないで。お兄さんはとてもいい人よ。だって、一生懸命守ろうとしたんでしょ?たとえその方法が奪うことであったとしても』
『そ、それはそうだけど…………』
煮え切らない言葉になるのは、その少女との距離があまりに近すぎるせいで、というか、手を握られるというゼロ距離と言ってもいいくらいの近さにあるでせいで、情けないことにまたもや思考が回らなくなっていたからだ。
それに乗じて………かは、わからないが、少女が一方的に捲し立ててくる。
『私はおにいさんが悪いことをしたなんてまったく思っていないけれど、大事なものを奪ってしまったなら、また何かをあげればいいと思うの。たとえ同じものを返せなくとも、前よりももっともっとたくさんのものをあげたらいいと思うわ。ルークスみたいに、期限付きの命とか、魔力を溜めるための器とか、ただ与えるだけで、あとはお好きにどうぞ……なんて、知らんぷりとかはよくないけれど、小さな花とかでも何でもいいの。大切な人を思いっきり笑顔にできるものを探して、いっぱいいっぱいあげたらいいわ。そうすればきっと、あげたおにいさんも笑顔になれると思うから』
『……………………』
さっきも言ったが、答えなど求めていなかった。
でも、少女は少女なりの答えをくれた。
ただそれが嬉しくて、私は少女の手を握り締めながら、泣き笑いような微笑みを返した。
しかしそこで、開かれた教会の扉。
『そろそろ、屋敷に戻るお時間です』
そう告げてきた護衛の声に振り返る。と同時に、握っていたはずの少女の手は私の手の中から消えた。
それは、まるで幸せな夢から覚めるかのように―――――――
庭園の最奥にある東屋に男二人の影。
密談というほどでもないが、星がチラホラと瞬き始めた薄闇の下では、完全に企み事をする怪しい二人組にしか見えないだろう。
シェアトの望むままに話もしたし、私も一応可愛い妹を持つ身として、いい加減帰らなければならない。
そこで、話を切り上げようとしたのだが、その前に「やはり、おかしいですよね……」と、シェアトが呟いた。
「何がおかしい?」
帰る気満々だった気持ちが、シェアトの言葉にあっさりと踏みとどまり、私はそのまま疑問を投げかける。
するとシェアトは、庭園を照らす魔導具の灯りをパールグレーの瞳に映しながら答えた。
「おそらく……いえ、間違いなく私やスハイル殿下、そしてサルガス殿が出会ったのは、ユーフィリナ嬢の中にある“神の娘”フィリア様でしょう。私の時も、サルガス殿の時も“ルークス”という光の神の名前と思しきものを口にしていますからね。でも、もしそうだとしたら、腑に落ちないことがあります」
「腑に落ちないこと?」
「えぇ。セイリオス殿や守護獣殿の話からも、フィリア樣は二度、この世界に再生しながらも、絶望のために再生直後に死を選んでいます。しかし、私たちの前に現れたフィリア樣は絶望とは無縁のようでした。これは一体どういうことなのでしょう?」
確かにそうだ。
あの時の少女に絶望の影は微塵も感じられなかった。
むしろ私の方が絶望の影を纏っていたくらいだ。
「それにもう一つ。赤子の時にセイリオス殿の前に現れたことを含むならば、レグルス殿以外の全員の前に彼女は現れたことになります」
「そういえば、そうなるな…………しかも、スハイル殿下はともかくとして、能力者である私たちの前には、多少の時間差はあれ、能力の顕現直後に現れている。だとしたら…………」
私が顎に手を当てて、考えを巡らせ始めると同時に、シェアトがある可能性を口にした。
「…………これはあくまでも私の推測……というより勘ですが、レグルス殿の前にも彼女は現れていると思います。そしてレグルス殿はサルガス殿と違い、それを覚えているにもかかわらず、我々に隠している。もちろん私とスハイル殿下の気持ちを慮って…………と、都合のいい解釈もできなくはないですが、それだけではないような気がします」
シェアトの勘に内心で一票を投じながら、恋する男の洞察力は半端ないな…………などと、他人事のように感心する。
しかしそうなると、レグルス殿もまた、ユーフィリナ嬢に対して、恋心ではないかもしれないが、何か特別な感情を抱いているのはまた確かで………………
「恋に障害は付きものだと言うが、ちょっとこれは多すぎだろう」
思わずそうぼやけば、シェアトが「同感です……」と、肩を竦めて見せた。
そういうシェアトもまた、私にとっては立派な障害物でしかないのだが、今暫くは共闘関係も悪くない――――――と、勝手に決めておく。
そして私たちは夜の東屋で、盛大なため息を二人揃って吐いたのだった。
この先にある難攻不落な未来を予感して――――――――
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
サルガスSideが終わり
次はいよいよ本編に戻ります。
またまたバタバタしていきそうな予感しかありませんが
楽しんで頂けると嬉しいです☆
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




