挿話【Side:サスガス】報告会のその後に(1)
「サルガス殿…………少しいいですか?」
スハイル殿下への報告会が重苦しい空気の中で終わり、応接の間から出てすぐのことだった。
躊躇いがちにそうシェアトに声をかけられたのは。
当然私の答えが否となるはずもなく、私とシェアトはその足で王城の中庭にある庭園へと向かった。
夕暮れ時の庭園は、色鮮やかな花々で溢れていたが、西から差し込む夕陽に皆一様に茜色に染められ、どこか物寂しさを醸し出していた。
時間が時間なだけに、庭師の姿もない。
王太后陛下主催で頻繁に催されるお茶会に参加した、スハイル王弟殿下の婚約者候補と目されるご令嬢たちの姿もさすがになかった。
それでも念には念をと、中庭の最奥にある東屋まで来た私達は、男同士でその東屋に入ることに少々抵抗を感じたが、背に腹は代えられないと、そこで話すことにした。
といっても、恋人同士の逢引のように隣同士に並んで座るなんてことはしない。
シェアトは大して気にもしていないかもしれないが、私は断固として拒否だ。
そこで私は立ったままで、東屋の柱に背中を預けた。
対するシェアトも、西陽を背負う形で、東屋の柱に私と同じく身体をもたれさせた。
シェアトから「こちらにどうぞ」などと、ベンチに座ることを強要されなくて本当によかったと思う。
そうなったとしても、断固として拒否の姿勢を貫いただろうが…………
「それで、話とは?」
先程の報告会で受けた衝撃と動揺を引き摺りつつもそう尋ねた私に、シェアトはどこか泣きそうな顔で見つめてきた。
その顔を瞳に映しながら思うことは、あれ程無表情だった男が変われば変わるものだな…………ということで、もしかしたらその変化は、私にも訪れているのかもしれないということだった。
なんてことを考えている間に、シェアトの声が耳に届く。
「あ……あの、シャウラ嬢がお元気なられたそうで、本当によかった」
「今回はシャウラのことで、シェアトにも迷惑をかけたな。すまない。だが、スハイル殿下に報告した通り、シャウラにも思うところは色々あるようだが、すっかりいつもの調子を取り戻している。おそらく、そうすべきだと思っているのだろうな。まぁ、私としてはもう少し大人しくしていてくれても、いいくらいなのだが…………」
そう言って苦笑すれば、シェアトもまた苦笑で返してきた。
「しかし、今回の件でシャウラ嬢にも、ロー殿にも、何のお咎めもないようで安心しました」
「あぁ、すべてはスハイル殿下のご配慮のおかげだな。本来であれば、何かしらの罪に問われていてもおかしくはなかった。あれほどの被害を学園に出したのだからな。だが、今回の件はシャウラもロー殿も立派な被害者だと仰って、罪には一切問われなかった。本当に感謝しかない」
そう、学園の一部を瓦礫と化す原因となった例の魔道具が、魔道具師ロー殿によって作られたのは、元はと言えば、シャウラの依頼のせいだった。
手に余るほどの膨大な魔力のせいで、魔力あたりを起こしてしまうシャウラのために、定期的に私とウチのお抱え呪術師は、シャウラの過剰な魔力を吸い取っていた。が、シャウラはそのことに対し、私達に負担をかけていると思い込み、魔道具師のロー殿に魔力吸収のための魔道具を依頼したのだ。
だがそのことが、“魔の者”アリオトにユーフィリナ嬢を拐われる原因となってしまった。
言うまでもなく、貴族子女の誘拐の罪は重い。
それが“神の娘”の生まれ変わりとして国王陛下から認定された特別な身であるならば、尚更のことだ。
だからこそ、ある程度の罰は覚悟していた。にもかかわらず、スハイル殿下はシャウラも、ロー殿も、“魔の者”アリオトの立派な被害者だと主張し、お咎めなしを国王陛下及び議会からもぎ取ってくださった。
本当にスハイル殿下には、いくら感謝してもしきれない。
「それで……シャウラとロー殿のことは………」
本当に人は変われば変わるものだと、シェアトを見て思う。
あれ程、人との付き合いも、己の感情さえも希薄だった男が、私に自ら声をかけ、あまつさえ人の恋路の心配をするとは、ユーフィリナ嬢の存在はあらゆるモノを覆すのだな…………と、感心とともに笑えてくる。
とはいえ、私自身もそれに関してはあまりシェアトのことを言えないため、表立って笑ったりはしない。
それでも、シェアトの片眉が怪訝そうに上がったところを見ると、多少漏れ出していたのかもしれないが………
「…………そうだな、他国とは違って我が国の場合、公爵家は権力争いに明け暮れる必要などなく、むしろ必要なのは協力だ。確かに、王家や公爵家同士の結び付きのための政略結婚もありだが、絶対にそうしなければならないというほどでもない。わざわざ大事な家族を犠牲にしてまで得る利権に、そこまでの価値はないからな」
「確かに、“王の腕”と呼ばれる宰相の座も、否応なしに回ってくるものですからね。父なんかは『領地のことに専念したいのに、なんでタヌキとキツネの巣窟に、自ら飛び込んで行かなければならないんだ。せめて、陛下が妻子を持たれれば、気苦労が軽減するのに…………』とぼやいてばかりいますよ」
「あぁ、うちも大抵そんな感じだな。しかしその陛下も、スハイル殿下も、まったく妻子を持つ気がない以上、婚約者最有力候補であるシャウラは完全に行き遅れとなってしまう。シェアトがシャウラをもらってくれるというなら、私としては喜んで差し出すのだが…………」
たっぷりと持参金を付きで…………なんてことをわざと付け加えてやれば、シェアトはあからさまに嫌そうな顔をした。
なんとも我が可愛い…………いや、小憎たらしいが一応可愛い妹に対して、その顔は失礼ではないかと思う。が、同じ女性を想う恋敵を蹴落としたい狭量な男の下心が、透けて見えていたことは私としても大いに自覚ありのため、ここはさらりと流しておくことにする。
「だが、シャウラに惚れた男がいるなら話は別だ。その想いを叶えてやれないほど、我が公爵家はそこまで落ちぶれてもいないし、懐が狭いわけでもない。たださすがに魔道具師でしかない男に嫁がせるわけにはいかないが…………」
さらにそう告げれば、シェアトは未だじとりとした目を私に向けながら、「えぇ、それはいくら西の公爵が寛大な方でもお許しにならないでしょうね」と、当然とばかりに返してきた。
それに私は頷き、改めて口を開く。
「しかし、まったく手がないわけではない。ただそのためには場を整える必要がある。実は、スハイル殿下はニウェウス・アンゲリー伯爵――――つまり雪豹のニクス殿のことについて色々遡って調べたらしい。そこでわかったことは、今から四百年前、闇の眷属に襲われた当時の国王陛下を救ったニクス殿に対し、謝礼と褒美として伯爵位を授けたこと。その後アンゲリー伯爵家はずっと養子縁組という形で伯爵家を継いできたということだった。といっても、ニクス殿自身がまたその養子となり、伯爵家を継続させていただけらしいが…………ちなみに、現在ニクス殿に養子はいない」
「まさか…………」
一瞬目を見張ったシェアトに、私は小さく頷いた。
「もちろんスハイル殿下から、正式に打診があったわけではない。しかし父にそれとなく尋ねられたそうだ。『シャウラ嬢が望むなら、伯爵家に嫁がせる気はあるか』と。つまり、スハイル殿下はニクス殿の養子にロー殿を考えておられるらしい。元々、伯爵家の三男だったからな。貴族の暮らしというものに戸惑うこともないだろう。それにあの屋敷には、セイリオス殿が施した転移魔法陣がある。それを守る人間が必要だ。そしてその人間として、魔道具師であるロー殿と、膨大な魔力を持つシャウラはうってつけらしい」
続いた私の言葉に、シェアトはすべてを察したらしく、小さく唸った。
それは納得と感心の意を込めて。
「…………なるほど。その提案をしたのはおそらくセイリオス殿でしょうね。転移魔法陣を維持させる魔力を、魔力あたりを起こしてしまうほどの魔力を持て余すシャウラ嬢にさせることで、彼女の魔力の過剰分を効率よく定期的に消費させるつもりですか。そしてその補助を魔道具師であるローにさせようということですね。なんともセイリオス殿らしい考えです」
話しているうちに感心や称賛を通り越し、同じ男としての嫉妬が入り混じり始めたシェアトに共感しつつ、それを苦笑を濁す。
「そうだな。だからといって今すぐという話ではない。現在あの屋敷にはもう一人“魔の者”が頻繁に出入りしている。その者にアリオトが現在こちらの手にあることを気づかれるわけにはいかないからな」
「はい。そのために、ニクス殿にはもう暫くニウェウス・アンゲリー伯爵として留まってもらう必要があります。アリオトとともに」
「そうだな…………」
と、返しつつ、私は先程の報告会のやり取りを思い出し、遠い目となった。
『その件については嫌だと言ったはずです!どうして私が彼の者………いえ、アリオトの面倒を見なければならないんですか!私はユフィの守護獣であって、アリオトの守護獣ではありません!というか、ユフィのおかげでせっかくアリオトの隷属から解き放たれたというのに、なんでまたそんな面倒事を…………』
ぷいと横を向いた雪豹ニクス殿に、炎狼イグニス殿が即座に噛み付いた。
『わがまま言うな!だいたいアリオトの隷属になったのはお前が興味本位で魔獣を喰らったからだろうが!それにだ。よりにもよってあのフィラウティアがお前の屋敷に入り浸っているんだぞ!こんな好機を見逃せるか!』
『入り浸ってなどいません!気が向いた時に、アリオトの気配が当屋敷にあれば顔を出す程度のことです!それも、欲求不満解消のために』
しかしここで、アリオトが異議を申し立ててくる。
『言っとくけど、ボクは一度だってフィラウティアの相手をしたことはないからね。それにちょっかいを出されているのは、お前も同じだろ?』
『ひ、ひ、人聞きの悪いことを言わないでください!私だって一度として相手にしたことなどありませんよ!あんな色欲魔!』
『だよねぇ〜毎回さっさとボクを差し出していたもんね。まるで生贄みたいに。この薄情者』
『“魔の者”に薄情者なんて言われたくないでね。っていうか、ちょっと黙ってていただけますか!それよりもです。今の私はユフィのおかげで魔獣の血が完全に浄化されて、聖獣としての穢れなき状態を取り戻しました。今の私がフィラウティアに会えば、さすがに聖獣であることに気づかれてしまいます』
『だったら今すぐニ、三匹喰らってこい』
間髪入れずそう返した炎狼イグニス殿に対し、雪豹ニクス殿の目が獲物を見るように、すうっと細まった。
『ほぅ……わかりました。では早速、あっさりとアリオトの罠にかかり、無様に呪われたという間抜けな炎狼から喰らうことにいたしましょう』
『はぁッ!自分のことは棚に上げて何言ってんだ!』
『言っておきますが、私は間抜けな炎狼と違って罠に嵌まったわけではありません。強いて言うなら少し運が悪かっただけです』
『大差ないわ!』
それはまるで犬と猿…………もとい、犬と猫…………いや、犬も食わない夫婦ならぬ兄弟喧嘩のようだった。
四百年ぶりというブランクさえも物ともせず、周りの目を気にすることなく口喧嘩を始めた守護獣殿たちに、この国のナンバー2である王弟のスハイル殿下でさえ、顔を引き攣らせつつ見守ることしかできない。
なんせ相手は、神が特別に創ったという聖獣だからだ。
しかし、人間の世界にも強者はいる。
『いやはや、本当に微笑ましいほどに仲がいいですね〜』
なんて呑気すぎるコメントを、スハイル殿下の専属護衛騎士であるエルナト殿がニコニコと満面の笑みで口にする。
正直に言ってもいいだろうか。
彼らの会話のどこに微笑ましいところがあったのだろうか―――――と、私にとっては疑問でしかない。
しかも、『『どこがだ(です)⁉』』と間髪入れず守護獣殿たちに返されている。
ある意味、息はぴったりだ。
確かに仲はいい。
だが、これではいつまで経っても収拾がつかないと、皆の視線が自然と一箇所に向かった。
我関せずとばかりに優雅にワインを楽しんでいる男のもとへ。
その男、こと―――――セイリオス殿は、皆から寄せられる“頼むからどうにかしてくれ!”という強迫に近い懇願の視線に、そっとワイングラスをテーブルに置くと、それはもうあからさまなため息を吐いた。
『まったく…………人型になっているというのに、まるで見世物小屋の獣のような騒がしさだな。もう少し行儀よくしたらどうだ?それとも、見世物小屋の獣らしく、躾としての晩御飯抜きにでもしてみようか』
『『誰が見世物小屋の獣だ(ですか)!』』
ここでもそれはそれは綺麗に声が揃い、セイリオス殿は軽く目を見張った。
しかしすぐに表情を整えると、今度は諭すような口調となる。
『ニクス…………いや、シロ。お前がユーフィリナの傍を片時も離れたくない気持ちはわかる。だが、そのユーフィリナを守るためにも、今はあの屋敷からお前が完全に離れてしまうのは得策ではない。それに、何も四六時中そこにいろと言っているわけではない。今、お前の屋敷の中には私が施した転移魔法陣がある。それを使って公爵家からアリオトとともにフィラウティアの動向を探りつつ、移動すればいい』
『転移魔法陣…………』
『そうだ。それとシロが聖獣だと気づかれないように、アリオトに一時的に闇の結界を張ってもらえばいい』
『なんで、ボクがそんな協力…………』
アリオトがすぐさま反論に打って出るが、セイリオス殿の視線が有無を言わさず黙らせた。
そしてセイリオス殿が続ける。
『アリオトは快楽と好奇心を満たすために生きている。それを得るためなら、非情にもなれるし、姑息な手段だっていくらでも使う。いざとなれば、同族だって平気で裏切るだろう。ならば、今回も協力を惜しまないはずだ。最もアリオトの好奇心を揺さぶるユーフィリナの傍にいるためにな』
アリオトはそれに対し否定も、肯定もしなかった。
だが、それこそが肯定だと、ここにいる誰もがわかった。
『今は、先程アリオトの話にあった、アリオトとフィラウティア以外に三十五いるという“魔の者”について考える必要はない。むしろユーフィリナを守るためにも、フィラウティアを押さえておければ、この世界は絶望という闇に染まることはないはずだ』
どこからそんな自信が湧いてくるのか、セイリオス殿はやけにそうきっぱり断言すると、改めてニクス殿に向き直った。
『シロ、守護獣と“神の娘”の絆は、離れた距離と時間の分だけ薄くなってしまうようなものではないだろう?』
『当たり前です!そんなことは言われなくともわかっています!!ただ私は…………』
思わず唇を噛み締めたニクス殿にセイリオス殿は、優しげにも哀しげにも見える笑みを浮かべた。
『お前たちは千年待った。そしてユーフィリナに会えた。だが、ユーフィリナを脅かす存在は千年経った今でもここにいる。再び、ユーフィリナを絶望で葬るために。しかし、千年前と同じ轍を踏む気はない。ならば今度こそ、どんな手を使ってでも排除するべきだろう。そのためなら、私は悪魔にだって魂を売ることができるし、シロのようにこの身を穢すことだって厭わない。絶望は一度味わえば十分だ。だから、この私の命にかえても――――――――
――――――ユーフィリナは死なせない』
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
あぁ、思ったより長くなってしまいました。
そして次回ももう一度だけサルガスSideです
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




