挿話【Side:スハイル王弟殿下】報告会2(3)
“原祖の人間”――――――――?
初めて聞いた言葉に私の思考は一度固まり、それからすぐさま目まぐるしく回り始めた。
しかし、聞いたこともない言葉をどれほど転がしてみたところで、転がせば転がすほど理解は深まるどころか遠ざかり、その形が歪になっていくだけだった。
そしてその歪となったモノを眺めながら、ふとあることに気づく。
ここには歪なモノがもう一つあったと。
そのことに気づきながら、いずれ時がくればと………………と、見て見ぬフリを続けていたモノだ。だがそれも、もうできそうにない。
たとえそれを口にすることで、“今”が形を変えるとしても。
私はずっと心の底に沈めてきた澱を吐き出すように、声を絞り出した。
「セイリオス…………お前は一体何者なのだ?」
馬鹿げた質問かもしれない。
もちろん目の前の男が、南の公爵子息、セイリオス・メリーディエースで、子供の頃からの私の御学友であることは理解している。
さらに言えば、如何なる薬をもってしても治らない重度のシスコンで、誰もが危険だからと忌避する転移魔法を事も無げに発動させる、最強と謳われるほどの魔法使いだということも。
だが、この男が私やレグルスに見せる姿はほんの一部分にしかすぎず、それどころか私たちはほとんど知らないのではないかと、畏怖さえも伴った疑念が私の中にずっとあった。
しかし、それを口にする気はまだなかった。
いや、正確に言うならば、私の口からはそれを問いかける気はなかった。
いつの日か、セイリオスの意思で語られる日が来るのではないかと、どこかで期待と不安を抱え込みながら待っていたのだ。
でも、そんな日々ももう終わりだ。おそらく、私とセイリオスの関係も形を変えることだろう。
それが、新しくも程よく馴染んだ形となるのか、ただ歪なモノへとなるのか、それともその形すら失ってしまうのか、今はまだわからないが――――――
私はセイリオスを見つめた。
その私の瞳には間違いなくセイリオスへの興味でも、好奇心でもなく、怯えと恐れが滲んでいることだろう。
そしてそれをセイリオスが見逃すはずもなく、酷く乾いた笑いを零した。
「…………何者かと、改めて殿下に問われる日が来るとは夢にも思わなかったが、そうだな…………確かに私は非常に異質なモノに見えるかもしれないな。だが、これだけは最初に断言しておこう。私がセイリオス・メリーディエースという人間以外の何者でもない」
「だったらッ…………」
「何故、ユーフィリナのことを“原祖の人間”などと知っているか?そして兄妹ではないなどと、まるで血迷ったかような台詞を吐いたのか?そこが気になるということだな」
セイリオスはまるで自分の放った台詞を、もう一度自ら確認するように口にした。
そんなセイリオスを、ここにいる誰もがただただ用心深く、息を潜めるように見つめている。いや、守護獣殿とアリオトは、何故かジト目でセイリオスを見ていたが……………
それらの視線をすべて受け止め、セイリオスはゆっくりと息を吐き出すように、言葉を続けた。
「まず私とユーフィリナが兄妹ではないという話だが、それは事実だ。父親が違うわけでも、腹違いでもなければ、遠縁の者でもない。正真正銘、一滴の血すら混じり合わない赤の他人だ。ただ、ユーフィリナを守るためだけに、表向きは兄妹として育っただけだ。といっても、ユーフィリナ自身は知らないがな」
セイリオスの説明に、ゴクンと誰かの嚥下する音が聞こえた。それほどまでの静寂がこの部屋を支配しているのだろう。
しかし、今のセイリオスの説明では到底解決できない、少なくともレグルスと私だけが知っている事実があった。
「ちょっと待て……それはおかしい。ユーフィリナ嬢が生まれた当時、間違いなく南の公爵夫人は妊娠していた。そしてその時に生まれた子が、ユーフィリナ嬢のはずだ。もしユーフィリナ嬢とお前に血縁関係がないのだとしたら、南の公爵夫人が生んだ子はどこへ行ったのだ。それとも、もしかして…………」
「私が養子なのか……………かな?」
さすがに直接口にするのは気が引けて、口を噤むことで濁した台詞を、セイリオスは自らあっさり口にして、ワイングラスを片手にゆるりと首を傾げた。
本当にその様が憎らしいほどの絵になるが、今は負け惜しみではなく、本当にどうでもいい。
ただその仕草でさらりと揺れた紫銀の髪を眺めながら、そういえばかつては雪豹ニクス殿の髪色ような白銀で、瞳の色もアメジストではなくアイスブルーだったな…………と改めて思い出す。
それが変わり始めたのは、確かユーフィリナ嬢が生まれてからのことだったのではないかと、記憶を辿る。
といっても当時はまだ御学友ですらなく、直接話をしたことすらなかったが………
そんな熟考を私が一人重ねている間に、レグルスがいつになく真剣な表情でセイリオスに問いかけた。
「俺もさ、幼いなりに記憶にあるよ。南の公爵夫人が妊娠していたことはね。だとしたら、確かにスハイルの言う通り、その時に生まれた子がユフィちゃんとなる。でも、その感じだとそれも違うんだな。そうだろ?」
「さすが“読心”の能力者だな。私が答えるまでもなく、読み取ってしまうとは」
「よく言うよ。一度として俺に心を読ませたことなんてないくせにさ。ま、俺としてはそのおかげで、随分と助けられたし、付き合いやすかったんだけどね。でも、伊達に子供の頃からの付き合ってないからさ、セイリオスのそのとぼけた口調だけでわかるよ。セイリオスは養子ではなく、南の公爵夫妻の実子だってことはね」
「だとしたら……ユーフィリナ嬢が………」
レグルスの後に、そう呟いたのはシェアトだった。それからまた皆の視線が、セイリオスへと一斉に向く。
「そうだ。ユーフィリナは母の子ではない。そしてあの時母が宿していた子は――――――死産だった」
「死…………産………………」
「女の子だったと聞く。そして母は哀しみのあまり、生きる気力させ失ったかのように、食事も摂らず、三日三晩ただただ泣き続けていた。そんな母を元気づけたくて、私は領地内の森に花を摘みに行った。母の涙を止めたかった。寝る間も惜しんで、母に寄り添い続ける父に、少しでもいいから休んでほしかった。悲哀に沈む家の者たちの笑顔を取り戻したかった、だからこっそりと屋敷を抜け出し、領地内の森に花を摘みに行ったのだ。おそらく、幼いながらも過信があったのだろう。自分は当時三歳でありながら誰よりも魔力が強く、父が自慢するほどの魔法使いだから、一人でも大丈夫だろうと。だがその時、私の“幻惑”の能力が顕現した」
そこまで告げて伏せられた瞳。
長い睫毛に縁取られた瞳に宿る感情は、何一つとして見えてこない。
そもそもセイリオスの口調も一切の感情を削ぎ落したかのように淡々としていた。
まるで、自分以外の誰かの昔話でもするかのように。
だからといって、無理に感情を押し殺しているわけでもないようだった。
しかし何故かその事に、違和感とも、既視感ともつかないものを感じ、私は内心で首を捻りながら、セイリオスがワインを口に含むのを眺めていた。
セイリオスが“幻惑”の能力を顕現したのは、三歳の時。
確かにそうだったと私も記憶している。といっても、私がそのことを聞いたのは、風の噂のようなものだった。
“南の公爵家の能力が、三歳の息子に継承されたらしい”
そしてそれを直接セイリオスの口から聞いたのは、彼が私の御学友になった後だった。それも、すっかりその能力を使いこなしていた彼に感嘆したところ、『三歳の時から使っているのだから当然ですよ』と、それはもう可愛くない返事をもらっただけだ。
だから知らなかった。いや、能力の顕現時には必ずといっていいほど、能力の暴走が起こることは知っているが、当然彼の身にも起きたであろうことを、完全に失念していた。
今、こうしてセイリオスの話を聞くまでは――――――――
「森の中での突然の顕現、そして暴走。私は自らの“幻惑”の呑まれ、森の中ではなく、“幻惑”の中を一人逃げまどっていていた。だただた恐怖だった。今にして思えば、妹の死と、両親の深い嘆き、それらがすべて“幻惑”に反映していたのだろうな。『何故お前はのうのうと生きているのだ』『妹の代わりにお前が死ねばよかったのだ』と、命を狩る大鎌を持った黒い影に、私は“幻惑”の中でずっと追われて続けていた。実際は陽光溢れる森の中だったにもかかわらず、自ら作り出した“幻惑”に囚われてしまった私はとにかく必死だった。でもその時に、泣き声が聞こえたのだ。生まれたての赤子が泣くような声だった。それが亡くなった妹のような気がして、私は思わずその泣き声の方へと駆けた」
幼きセイリオスはそれはもうがむしゃらに走ったそうだ。
早くこんな悪夢のような“幻惑”から抜け出してしまいたいと。
もし泣いている子が自分の妹ならば、この命を差し出してでも助けたいと。
だが、その先には崖があった。正確に言うなら、現実世界の森の先には崖があった。
しかし“幻惑”に囚われていたセイリオスは、それに気づくことはなかった。
そして――――――――――
「私は崖から落ちた。その衝撃と激痛で、私は“幻惑”から抜け出すことができたのだが、正直言って瀕死の重傷だった。意識は朦朧とし、私もこのまま妹の元へいくのだと、回らない頭で漠然と考えていた。身体の血が地面に流れ、染み込んでいくのがわかった。しかし、どれほど膨大な魔力をもってしても、その血を止めることもできず、ただ私は崖下から残酷すぎるほど蒼い空を見上げていた。でもその空がやけに眩しくて、目を開けていることさえ億劫で、だからもうこのまま目を閉じてしまおうと私は思った。それが死を意味するのだとしても…………だが、その時、空から光の塊がゆっくりと落ちてきた。泣き声…………いや、産声と一緒に…………」
「光の塊………まさか、それがユーフィリナ嬢……ですか?」
思わず前のめりとなってそう尋ねたサルガスに、セイリオスはしっかりと頷いた。
「そうだ。つまりユーフィリナは人の胎から生まれたわけではない。創造主である神自身からこの世界に生み落とされたのだ」
普通なら、なんて馬鹿げたことを……………と、思ったことだろう。
だが、それを語る相手がこのセイリオスとなると、いとも簡単に、とまではいかないものの、それを信じられるだけの説得力があった。
そしてそれは私だけではなかったようで、ここにいる者すべてが、そうすることが当然であるかのように鵜呑みにした。
それでも、落とし込んだ内容の重みと衝撃に、いくつかの疑問が波紋となって広がっていく。
「み、南の公爵はすべてをご存知なのか?」
まずそう問いかけたのは私だった。
セイリオスはゆらゆらとワイングラスの中で揺れるワインを眺めながら答える。
「あぁ、知っている。もちろん母もだ。あの日、空から降りてきたユーフィリナに無我夢中で手を伸ばした。今にも死にそうな身体で…………そこからのことはよく覚えていない。だが、気がついた時には私の身体の癒えており、私はユーフィリナに顕現したばかりの“幻惑”をかけてその姿を隠すと、屋敷に向かって森を駆けていた。そして人払いをし、父と母にユーフィリナを見せた。白金の髪を持つ、それはこの世のモノとは思えぬほどに美しい赤子を」
一瞬、守護獣殿の視線がセイリオスの横顔に刺さった気がしたが、セイリオスは顔色一つ変えることはなく続けた。
「私が連れ帰ったユーフィリナを見た時の父の動揺は、本当に酷いものであった。しかし、母は亡くなった娘が帰ってきたのだと涙して喜んだ。それはもう、ユーフィリナを抱いて離そうとしないほどに。そんな母からユーフィリナを引き離すことは無理だと判断した父は、ある決断をした」
「それは……ユーフィリナ嬢をメリーディエース家の娘として育てるということですか?」
シェアトの言葉に、セイリオスをチラリと視線を上げたが、また手元のワイングラスに視線を落とすと、「少し違う…………」と、首を振った。
「あくまでも状況とその見目だけではあるが、“神の娘”と思しき赤子を、さすがに人の娘にするわけにはいかない。そこで父は、前国王陛下にすべてを話した上で、対外的には自分の娘として育てながら、“神の娘”を己の生涯をかけて守るという誓いを立てた」
「ちょっ、ちょっと待て!父上はご存知だったのか?だったら現国王である兄上は…………」
「ご存知ないだろうな。だからこそユーフィリナを“神の娘”の生まれ変わりとして認定されたのだろうしな。実際は認定がなくとも、ユーフィリナは事実“神の娘”であるのだが」
「いやいやいや、ほんとちょっと待て!そもそもお前が前回の報告会の時にそう言ったんだろうが!ユーフィリナ嬢は“神の娘”の生まれ変わりに違いないだろうと。そして“神の娘”自身ではなく、ユーフィリナ嬢はあくまでもユーフィリナ嬢だから、そのように見るようにとな」
「あぁ、確かに言ったな」
「“あぁ、確かに言ったな”ではない!セイリオス、お前言っていることが滅茶苦茶ではないか!」
悪びれるどころか、飄々と宣うセイリオスに思わず目を剥いて声を荒げた。
そもそもの話、国王陛下がユーフィリナ嬢を“神の娘”の生まれ変わりであるとそう認定したのも、セイリオスの言葉があってこそだった。
にもかかわらず、ここにきてしれっととんでもない爆弾発言を落としてくるセイリオスに、物申したい気持ちになるのは当然のことだと思う。だが、目の前の男は、やれやれとばかりに盛大なため息を吐いてみせた。さも、文句をつけられて遺憾だと謂わんばかりに。
「では逆に聞くが、もしあの時点でユーフィリナは“神の娘”そのものであり、人の胎から生まれたものではないと告げて、殿下はあっさりとそれを受け入れられたか?」
「そ、それは…………」
「無理だろう?特にあの時は突如の出てきた守護獣炎狼と“魔の者”アリオトのことだけでいっぱいいっぱいだったはずだ。それに、人に理解を求めるならば、それを理解できるよう段階を踏んでやるべきだ。それが想像以上の真実であれば尚更にな」
間違ってはない。
セイリオスの言うことは決して間違っているとは言えないが、それでも腑に落ちない。
それはレグルスたちも同じだったようで、皆一様にして眉を寄せ、考え込んでいる。
しかしセイリオスは、いけしゃあしゃあと続けた。
「それに私は、嘘を吐いたわけではない。ユーフィリナがどれだけその容姿と色合いが千年前の“神の娘”のフィリアと似ていようが、ユーフィリナはユーフィリナであって、フィリアでないことは厳然たる事実だ。そう、千年前の“神の娘”自身ではない。たとえ同じ能力を有していたとしても、ユーフィリナとフィリアでは必ずしと同じ結果になるとは限らない。そもそも同じ魂を有していても、完全なる別人格なのだ。だからいつか、ユーフィリナが完全に覚醒しようが、フィリアとはならない」
「つまりさ………魂は同じでも、それを入れる器がまったく違うっていう解釈でいいのかな?えっと…………光の神は千年前の“神の娘”とそっくりな器を、ユーフィリナちゃんのために新たに用意したってことで」
珍しく疲れが滲み出ている口調でなされたレグルスの確認に、セイリオスは「そういうことだ」と頷いた。
「それで……その事実をユーフィリナ嬢は、まだ知らない……で、いいんですよね?」
どこかおっかなびっくりといった体でのシェアトからの確認に、セイリオスは「そうだ、ユーフィリナはまだ知らない」と、頷いた。
「この事を知っているのは、私と、両親以外に、前国王陛下と、今日ここに集った貴殿たちだけだ。死産の届出をする前だったので、外部の者には一切知られていない。うちの家の者たちには父と私で“幻惑”をかけ、母が無事に出産した思わせた。死産はただの悪夢であって現実ではないと。もちろんユーフィリナの髪の色と瞳の色を“幻惑”で変えてだが」
「そ、そうか…………」
もう私はそれしか言えなくなっていた。
当然、すべてを納得することはできていないし、理解することも無理だった。
それよりもどうして父上はそのことを、私はともかくとして、兄上にも伝えなかったのだろうか。
そして、父上がわざわざ墓場まで持っていった、世界がひっくり返ってしまうほどの秘密を、セイリオスはどうしてこの場で明かすことにしたのだろうか。
いくらサルガスの想いに男として応えたとしても、この応え方は度が過ぎている。
もちろん、心のどこかでは気づいていた。
セイリオスのユーフィリナ嬢の気持ちは、決して重度のシスコンという言葉では片付けられないものだということは。
だからこそ、セイリオスとユーフィリナ嬢が実の兄妹ではないと聞いて納得している自分もいるが、それ以上に先程からずっと嫉妬の業火が、我が身を焦がし続けている。
しかも、ユーフィリナ嬢自身に振られたわけでもないのに、失恋したような気分になるとは、これまた一体どういうことだ。
お前らはどうだ?と、おそらく私と同じ気持ちを抱えているでだろう(私の勝手な思い込みかもしれないが)シェアトとサルガスを見やれば、案の定というか、唇を噛み締めながら苦々しい顔をしていた。
だろうな…………と、心底共感する。
彼女の傍にいる出来過ぎる男が実兄だと思うからこそ、どれだけ魔力で優劣があろうが、知識で敵わなかろうが、妹に対して犯罪者一歩手前…………いや、片足がどっぷり浸かった溺愛ぶりだろうが、なんとか自分の心に折り合いをつけることができていたのだ。
だが、セイリオスもまた一人の男としてユーフィリナ嬢を想うのであれば、とてもじゃないが勝てる気がしない。
我ながら情けないことに………
唯一の望みの綱はユーフィリナ嬢が、この事実を知らないということだけだが――――――――
「エルナト…………」
「はい。ワインの追加ですね」
「…………………あぁ」
エルナトの読みは正しい。
さすが私の専属護衛騎士だ。いや、ワインの追加は専属護衛騎士の仕事ではないのだが、そこはもう阿吽の呼吸ということでいいだろう。
だがどうしても解せないのは、今の話を一緒になって聞いていたくせに、エルナトにはまったく動揺も混乱も見えないことだ。
まぁ、護衛騎士なのだから常に冷静沈着で然るべきなのだが、なんとなくだが釈然としない。
しかしそれをここで問い質すこともできず、いそいそとワインの用意をし始めたエルナトの背中にため息をぶつけて、私はセイリオスへと向き直った。
「確かにお前は頃合いを見ながら、情報を小出しにしていたことは間違いない。それが段階を踏むということなら、そうなのだろう。しかしだからといって、今回のことはさすがに一足飛びすぎやしないか?しかもだ。先程お前はアリオトに言っていたな?『自分がここに連れてこられた理由を思い出せ』と。つまり、本来であれば、まだ秘匿しておきたい事実を、わざわざこの場で話さなければならないような事態が起こっている―――――もしくはこれから起こる可能性が大いにある――――――ということではないのか?」
胸のあたりがずっとむかむかして不快なのは、なにもワインの飲み過ぎだけが原因ではない。
ユーフィリナ嬢とセイリオスの関係を思えば、確かにむかむかもモヤモヤもするが、ただそれだけでもなさそうだ。
そう、これは胸騒ぎ。
明確な根拠すらない嫌な予感が私にずっと纏わりついている。
そしてそれはアリオトがここへ連れてこられた理由に起因するのだろう。
目を逸らしたほうが負けだと謂わんばかりに、私は瞬きすらせず、セイリオスを見つめた。
そんな私を暫し無言で見つめ返していたセイリオスだったが、突然ふっと身体の力を抜くように、眉を下げ肩を竦めた。
「これはこれは、案外殿下も鋭いな。アリオト…………」
セイリオスは私の視線をさらりと受け流すと、そのまま視線をアリオトへ向けた。
その流れてきた視線に、今度はアリオトがうんざりとした顔になる。
「ほんと、ウサギじゃないけど、“魔の者”使いが荒いよねぇ………………」
なんて愚痴を零しながらアリオトが話し始めた内容は、またもや驚愕と混乱に満ちており―――――
私達に絶望だけを植え付けた。
だが私にとってこの日は、これで終わりではなかった。
ぼんやりとした光に包まれた寝室。
酷く長かった一日がようやく終わり、なんとかベッドに横になったものの、私は面白みもない天蓋のレリーフを見るともなく見ていた。
とりとめもなく回る思考。
身体と心は疲弊しているのに、頭がずっと興奮状態で、とても眠れそうにない。
「ワインでも飲むか…………」
と、独り言ちたものの、身体はもう動きたくない、限界だと、訴えてきている。確かに、ワイングラスを手に取るためだけに、身体を起こすようなことはしたくないと思った。
というより、心が鉄塊を呑み込んだように重い。
失恋をしたわけでもないのに、まるで失恋した気分だった。
未来は、希望よりも絶望の色がずっと濃いように思えた。
でも、今の私がすべきことはやはりユーフィリナ嬢を守ることで…………
そのことだけは、たとえセイリオスであったとしても譲りたくないのだと、痛みに叫び続ける心の声に、私は固く目を閉じることで蓋をした。
が――――――――――
「な……なんだこれは…………」
突如、割れるように痛みだした頭。
胃の中のモノがひっくり返って出てきそうなくらいの吐き気。
固く目を瞑り、あまつさえ横になっているのというのに、ぐらぐらと身体が揺れるような感覚。
荒れ狂う暗黒の海原へ突如放り込まれたかのような状態だった。
駄目だ…………
このままでは気が狂いそうだ…………
全身から滲み出す冷や汗。
救いを求めるかのように、ベッドのシーツを鷲掴む。
もしかして私は死ぬのか………………
ふとそんな思考が過ぎった刹那、それは見えた。
瞼の裏側に私の意思とは関係なく、一方的に流れていく光景。
まさかこれは………………
未来の光景。
残酷で救いのない絶対的未来の姿。
そう、私はこの日―――――
“先見”の能力者となった。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
すっかり投稿が遅くなってしまいました。
すみません………
さて今回も苦悶のスハイル殿下でした。
今後、色々大変そうですね。
ただその前に、次回はサルガスSideを少しだけお届け予定です。
楽しんでいただければ幸いです。
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




