挿話【Side:スハイル王弟殿下】報告会2(1)
言わずもがな、私はこのデウザビット王国の王弟で、王位継承権第一位の身だ。
国王陛下が妻を娶り、子を成せば私の継承権の順位も下がるのだが、何故か陛下は―――――――兄上は、妻子を持つつもりはないと、頑なに言い張っている。
いやいや、そこは曲げて国のため、国民のため、隣国への牽制のため、そして何より可愛い弟である私のために持ってくれないだろうかと、切に願っている。
何なら、顔を合わせるたびに、『そろそろ身を固める気になりましたか?』と、ご機嫌伺いの挨拶代わりとして口にしている程だ。
その度に、ご機嫌伺いどころか、機嫌を損ねてしまうのだが、知ったことか!と、自分のことは棚上げにして思う。
だいたい兄上が妻を娶り、子を成せば、世継ぎの問題はあっさり解決するにもかかわらず、何故そのとばっちりが私の身に降りかかってくるのか、本当に納得がいかない。
今日も今日とて、現在の王の右腕である東の公爵と、王の左腕である西の公爵から、『早く婚約者をお決めください』だの、『そして一刻も早く世継ぎをお作りください』だの、これは一体何の拷問だ!と叫び出したくなるほど、あくまでも懇願という体の説教を長々とされてしまった。
すべては兄上のせいだ。
というか、お前らは国王である兄上の右腕と左腕だろうが!まずは、己の君主をどうにかしろ!
などと、思いはするのだが、兄上の気持ちがわからないでもないから厄介なのだ。
そう、すべては神より与えられし能力、“先見”が兄上をここまで頑なにしてしまっている。
その理由については能力者しか知り得ないことだが、ある程度の想像はできる。
“先見”は未来を見ることができる能力だ。
おそらく兄上は良からぬ未来を、すでに見てしまっているのだろう。
そしてそのせいで己の妻子を不幸にしたくないと考えているに違いない。
だったら、可愛い弟の私は不幸になってもいいのか――――――と、やさぐれた気持ちが湧いてくるが、賢明な私は日々その気持ちを呑み込み、ご機嫌伺いだけで済ませているのだから、我ながらよくできた弟だと褒めてやりたいくらいだ。
しかし、日々の鬱憤は溜まる一方で、ついついワインが進んでしまう。
もちろん私はアルコール依存症ではない。
予備軍ですらない。
そこだけは、譲れない。
とはいえ、これから例の件に関しての報告を受けなければならないと思うと、やはりワインは必須なような気がする。
到底理解し難い話を、腹の底まで落とし込むためには…………
いや、過去の経験から、彼らの報告はとてもじゃないが素面で聞いていられないため、ワインの準備はもはや仕方がないことだと、端から開き直ってもいる。
ただそうなると――――――――
「さすがだな。我々を饗すためのワインを用意するだけでなく、自らも出来上がっているとは…………なかなか準備万端なことだな、スハイル王弟殿下」
「ま、スハイルの気持ちもわからないでもないけどね。っていうかさ、そのワインそれなりに上等なものだけれど、前回と前々回に比べてちょっと格下なものになってない?まさか質より量ってこと?うわ、王弟殿下なのに、ケチくさい!」
――――――という嫌味が、早々ダブルできた(ほぼ直球の悪口のような気もするが)。
もちろんこんな嫌味を、私に対して遠慮もなく、歯に衣着せぬ口調で言えるのは、世界広しといえども、三人しかいない。
一人はもちろんこの王国の国王陛下である実兄だが、もう二人は私の御学友という立場にある南の公爵家嫡男、セイリオス・メリーディエースと、北の公爵家嫡男、レグルス・セプテントリオーネースだ。
そして前者の、飄々としながらも、しっかりと人の心の柔らかい部分をチクチクと刺してくるのがセイリオスで、後者の無邪気でありながら、暗に自分たちには量ではなく、質のいい物を用意しろと要求してきているのがレグルスだ。
ケチくさいなどと、悪口付きで。
しかし、私の私室の一つである応接の間に現れた顔ぶれを見て、すでに私は酷い頭痛に見舞われていた。
いつもより若干――――本当にいつもの極上品に比べれば少しばかりランクが下がるが、それでも当たり年にヴィヌム地方でつくられた高級品と謳われるワインに悪酔いしたせいではない。
そうだ、このワインは極上品ではないが、それでも高級ワインであることに変わりはなく、決して量産された粗悪品などではない。
なので、ケチをつけられる謂れもない。
だいたい、今日のこの場は報告の場であって、決して高級ワインの試飲会でもなければ、セイリオスたちを客人として饗すための場でもないのだから。
何故か現状は、ただただ皆してワインを飲んでいるだけになってしまっているが……………
しかしだ。それはまぁいいとしよう。いや、よくはないが、報告をするにも、それを聞くにも心の準備は必要だ。だから、まずはワインで舌を滑らかにするのも結構なことだ。
だが、集った顔ぶれがなんとも腑に落ちない。ワインの力を借りたとしても、どうにもこうにも呑み切れない疑問が、競り上がってくる。
そう、今の私の頭痛を引き起こしているのは、この場に我が王国が誇る四大公爵家の子息であり、現能力者でもある彼らの他に、予想外の者がいるからだ。
私の専属護衛騎士であるエルナトがいるのは当然のこととして(その手に、剣ではなくワイングラスが握られているが)、守護獣である炎狼のイグニス殿と、お初にお目にかかるが雪豹のニクス殿も、まぁわかる。
だが、どうしても理解できないのが――――――
「………一つ聞くが、何故この場に、本件の首謀者と目される“魔の者”のアリオト………殿……がいるのかな?自分では酔っているつもりはないのだが、もしかして私は先程からすでに酩酊状態で、とんでもない幻が見えていたりするのかな?」
できれば、「その通りだ」と断言して欲しいところなのだが、世の中そうは甘くないらしい。
それどころか、幻としておきたい御本人が、自ら存在を主張してくる。それもかなり馴れ馴れしい口調で。
「ボクだってさ、別に来たくてこんなところに来たわけじゃないんだよ。だいたいさ、まだ回復中だっていうのに、この扱い酷くないかな。ねぇ、聞くところによると、この男よりのあんたの方が人間世界では偉いんだよね?だったらさ、ちょっと言ってやってくれないかな。ボクはユフィの傍にいられるからこそこの男の家にいるのであって、扱き使われるためにいるんじゃないってね。これじゃあ、あのウサギと一緒だ」
もちろん彼の言うところのウサギとはシャムのことである。
そして、この彼とシャムを扱き使う男と言えば、セイリオスしかいない。そのため――――――――
「セイリオス…………」
と、声をかければ、明らかに不服そうな顔をこちらに向けてきた。いや、そこはアリオトを連れて来た者として、申し訳なさそうにするのが筋ではないのか?と、思わないでもないが、何と言っても相手はこのセイリオスだ。その言葉はワインと一緒に呑み込んでおく。
しかし、セイリオスはワインを片手にしながらも、不服を呑み込むのではなく、吐き出すことにしたようだ。
何ともセイリオスらしい。
「何故そこで、私の名前が殿下の口から出て来たのか甚だ疑問でしかないのだが?だいたいアリオトに説明を求めたのは殿下であり、彼は彼なりに答えたに過ぎない。確かに内容的言えば私の悪口も多少含まれてはいたが、“魔の者”相手に目くじらを立てても仕方あるまい。私もそこまで了見の狭い男ではないつもりだ。とはいえ、殿下から向けられる視線の意図はどうにも解せない。昨日の今日で一体私にどうしろと?」
「……………いや、別に……どうもしなくていい」
私はセイリオスから目を逸しつつ嘯いた。
我ながら情けないが、相手が悪すぎる。
それでも一応、弁解をさせてもらえるのなら(内心で)、例の事件からすでに三日が経っている。
つまり、昨日の今日という言葉は、些かおかしい。
だが、アリオトの目覚めは事件の翌日の夕方だったらしく、セイリオスの言う昨日の今日という言葉にもギリ頷けなくはない。
あくまでも誤差の範囲内として。
だとしても、二日前に目覚めたばかりの者をこうして報告会に連れてくるのは、常識的に如何なものだろうか………
普通で言えば、むしろアリオトの主張の方に正当性を覚える。
人間でいうところの瀕死の重傷を負わせておいて、目覚めた翌々日にこうして連れ出しているのだから。
客観的に見ても、悪魔の所業である。
しかし、相手は“魔の者”で、その彼自身の言葉によると、その回復力は人間の約200倍あるそうだ。それを考えると、セイリオスは決して悪魔などではなく、全然問題がないようにも思える。
錯覚かもしれないが。
いやいや、それ以前になんで報告会の席に件の“魔の者”を連れてくるんだ⁉
っていうか、アリオトも回復中の身で、そんなにくいくいとワインを飲んで大丈夫なのか⁉
それは薬湯などではなく、一応高級ワインなんだぞ!もっと味わって飲め!レグルス、お前もな!
シェアトは………さっきからずっと苦笑だが、それでもかつての無表情より遥かにいい。
サルガスは、ずっと固まっていないで、いい加減ワインを飲んだらどうだ?
乾杯を待っているのだとしたら、それは一生待っててもないぞ。もう皆、飲んでるしな。遠慮の欠片もなく………って―――――
あぁ~~~~~~~ッ!もう考えるだけ、馬鹿らしくなってきた!ここは流されるに限る!
この国を支えるべき王弟殿下としてあるまじき決断をすると、手元のワインを一気に飲み干し、思考を散らした。
あの日、私は自分の専属護騎士であるエルナトとともに、学園の医務室にいた。
その理由は、崩壊した学舎の修繕を取り仕切るためと、医務室のベッドで眠るサルガスの妹君、シャウラ嬢と、魔道具師であるロー殿の護衛も兼ねた見張りと、何より医務室に展開されたセイの転移魔法陣を守るために――――である。
言い換えるなら、体のいいお留守番だ。
前回の守護獣、炎狼殿の時は蚊帳の外で、今回もまた留守番という名の蚊帳の外。
確かに私は、それなりに優秀な魔法使いではあるが能力者ではない。しかも、私の表向き王位継承権第一位という立場が、現国王陛下の次に私をより安全な場所へと追いやってしまうことは、十分に理解している。
だとしてもだ。他でもないユーフィリナ嬢の危機に、留守番をしなければならない己の立場など、私にとってはただの足枷にしか思えなかった。
そのため、あの日も最後の最後まで食い下がったのだが――――――――
『この転移魔法陣は、我々の生命線とも言えるものだ。だからエルナト殿とともに、スハイル殿下はここでこの魔法陣を守っていてほしい』
『ちょっと待て、セイリオス!エルナトの魔力は即戦力のはずだ!そのエルナトを私の護衛騎士だという理由で置いていくなら、私も行く!これでもそれなりの魔法使いだ!問題はない!』
だが、セイリオスは首を縦に振るどころか、そういうことではないと聞き分けのない子供見るような視線を私に向けた。
『別にエルナト殿を置いていくのは、殿下の専属護衛騎士だからという理由だけではない。それはエルナト殿自身が一番わかっていると思うが?』
『そうですよぉ~。私の魔力は光属性に特化したもので、それも攻撃ではなく癒しや浄化に適しているんです。もちろん殿下の護衛騎士ですからね、いざという時はちゃんと戦いますよ。攻撃魔法だって仕掛けます。でも、相手が“魔の者”では、はっきり言って私は戦力にはならないでしょう。だから、彼らのミッションが失敗した場合や、彼らがすっかり闇に呑まれてしまった場合を想定して、癒しと浄化のために待機しておくのがベストなんですよ』
『………………………』
セイリオスだけでなく、エルナト自身からもそう言われてしまえば、それを受け入れざるを得なかった。
せめて私が能力者であればと思ったが、王家が継承する能力は“先見”だ。
戦闘の場で未来予知し、それを伝えることもできなくもないが、回避できる未来ならまだしも、絶対的未来をその場で教えられてどうするのだ…………という話だ。
ろくでもない絶対的未来を伝えて、味方の士気が下がる恐れだって十分にある。
つまり、“先見”なんて能力を持っていたとしても、戦場ではほとんど役に立たないどころか、時に絶望を与えるだけかもしれないのだ。
あぁ…………本当に立場だけあっても、愛しき人を助けにもいけないなんて、私はなんて役立たずなんだ………………
私はやさぐれていた。
有り体にいうなら、いじけていた。
どれだけ、目の前に展開された転移魔法陣を守ることが重要だと説かれたとしてもだ。
そのため、ユーフィリナ救出に向けて着々と作戦が練られていく中で、私は大人げなくも不貞腐れていた。
レグルスからは『スハイル、拗ねた子供みたいな顔になってるよ。そこは一応王弟の仮面を被っておこうか』と、指摘されるぐらいには。
しかし、いくら不貞腐れているとはいえ、これはユーフィリナ嬢を助け出すための作戦だと思えば、自然と身は引き締まってくるもので、最終的にはこのお留守番という役目も、ユーフィリナ嬢を救う一端になるのならばと快く引き受けた。
王弟という立場に物を言わせなかっただけ、我ながら理性的だったと自画自賛したくらいだ。
だが、この時セイリオスたちが立てた計画は、正直言って酷く曖昧なものであった。
打ち倒すべき相手が、我々人間からしてみれば得体の知れない“魔の者”であるということが、堅実な計画を立てる上での障害となっていた。
しかも、連れ去られたユーフィリナ嬢の行方も定かではない。
さらに言えば、我が国へ留学中であるトゥレイス殿下までもがこの一件に深くかかわっており、下手をすれば即外交問題へと繋がることは容易に想像ができた。
とはいえ、時間がなかった。
だからこそ我々は可能性にかけた。
そのまず第一歩が、ユーフィリナ嬢の居場所の特定で、セイリオス曰く―――――――
『アリオトは確かに影や、闇の中を移動できるスキルを持っている。だが、それはどんな影や闇であっても、可能というわけではないはずだ。もしそれが可能ならば、わざわざロー殿の店にこんなからくり魔道具を持ち込む必要はなかっただろうからな。つまり、アリオトが影や闇を使って移動したなら、予め自分の闇を展開しておける場所となる』
今回の事件の発端となるシャウラ嬢の魔力暴走事件の裏側で、アリオトはわざわざ“魔の者”専用とでもいうべき転移魔道具であるからくり魔道具を、ロー殿の店に持ち込んでいた。
あたかもからくりが解けずに困っているなどと嘘の依頼をしてまで。
だが、セイリオスの話によれば、そのからくり魔道具は、からくりでもなんでもなく、単純に箱の中からでしか開かない造りとなっているそうだ。
そこで―――――――――
『この転移魔道具を、作戦に使わせてもらうことにしようか。というより、ユーフィリナが光結晶を発動できれば、私はすぐにユーフィリナの元に転移できるが、恐らくユーフィリナの魔力量と今の状況から想像するに、それは難しいに違いない。それに、アリオトのことだ。何かしらの結界を張り、たとえ居場所がわかったとしても、正攻法では入れないようにしているはずだ。だったら、利用できるものは使うべきだろう?』
『セイリオスの言うこともわかるが、そのからくり魔道具なるものは“魔の者”専用の転移魔道具なのだろう?普通の人間である我々が使える代物なのか?』
私の至極尤もな問いに、『俺たちはともかくさ、セイリオスをただの人間の括りに入れるのはどうなんだろうねぇ~』などと、すかさず茶々を入れてくるレグルスに睨みを利かせつつ、セイリオスの答えを待つ。が、どうやらレグルスの意見に軍配は上がったらしい。
『闇属性を持たない人間なら使えないだろうが、都合がいいことに私はその闇属性を持っているからな。条件さえ満たせば問題なく使えるだろう。そのためにはシャムが必要となってくるのだが………………』
なんてことをさも当然のようにセイリオスが告げると同時に、噂をすれば影で、そのシャムが帰ってきた。
それはもう文句たらたらで。
『――――――セイリオスはほんとウサギにもっと優しくするべきにゃ!もうヘトヘトにゃ!っていうか、なんで医務室の使役獣のシャムが医務室の外で働かなきゃいけないにゃ!なんか色々おかしいにゃ!』
おそらく幻獣となってあらゆる建物をすり抜けつつ、王都の街を文字通り飛んできたシャムは、セイリオスの前で実体に戻ると、器用に毛繕いを始めた。どうやら、文句とこの毛繕いまでが、シャムにとっての一連の流れらしい。
その様子をアメジストの瞳に映しながら、セイリオスはシャムに問いかける。
『それで、ユーフィリナはいたのか?』
『いたにゃ!やっぱり花屋の娘が連れ込まれた屋敷だったにゃ!』
シャムは毛繕いの手を休めることなくそう断言した。
『結界は?』
『あったにゃ!でも幻獣のシャムなら通れるにゃ!』
その瞬間、セイリオスの顔に笑みが浮かんだ。
それはもう味方でよかったと、思わず身震いしながら神に感謝したくなるほどの不穏な笑みだった。
こんにちは。星澄です☆
たくさんの作品の中から、この作品にお目を留めていただきありがとうございます♪
はい、今回はスハイル王弟殿下Sideのお話です。
ただただワイン飲みながら愚痴ってますね(笑)
次回もまたスハイル殿下の愚痴です。すみません……
恥ずかしながら誤字脱字は見つけ次第、すぐに修正いたします。
何卒ご容赦のほど………。:゜(;´∩`;)゜:。
どうぞよろしくお願いいたします☆
星澄




